その453 デューク・スイカ・ウォーカー
「へっくし!」
いきなりクシャミとは、今日は嫌な予感がする。
きっと誰かがどこかで勝手に俺を持ち上げているに違いない。
オベイルと炎龍が法王国に住み着くようになったのはありがたい事だが、これは結果論だ。
しかも、俺が起こしてしまった不始末の結果とも言える。結果オーライではある。あるのだが、法王クルスは『狙ってやってないか?』と探りを入れて来たくらいだ。
「……おやおやおやー?」
ルークの自室に手紙が届いている。
「ジャンプ・ワープ氏からだな」
差出人はバラエティ番組お馴染みのジャンプワープの名称をそのままパクったものである。
これを行った相棒は後にも先にも、俺を闇ギルドに紹介したランクSパーティの優秀な魔法使い――【タヒム】のみである。
つまり、このジャンプ・ワープの名前は偽名であり、俺への密書みたいなものである。
俺は手紙を開封し、中を読んでみる。
「…………なるほど、面白くなってきたな」
◇◆◇ ◆◇◆
夜、俺はタヒムが知らせてくれた集合場所へと向かった。法王国の領地なのかもわからぬそこは、自然に出来た閉鎖的な場所だった。岩肌に囲まれ、中央にはやたら整った広場。
指定されなかったら見つけるのは困難な場所と言えよう。ここで刻の番人を決めるのか。
多くの闇人がいる中、俺は中央へと向かう。視線を感じるのは気のせいではない。
その視線の中に拳鬼を発見した。彼はこの数ヶ月でまたハンドレッドに上がったのだ。
「デューク殿、お久しぶりです」
「足の具合はどうですか?」
すると、拳鬼は俺に耳打ちした。
「義足と偽るのに一苦労しております」
そう、俺は拳鬼の足を天使の囁きを使い完全に治したのだ。足を固定用兼プロテクターで隠し上手くやっているようだ。
「っ、どうやら始まるようです」
拳鬼の視線の先に現れたのは、幾度も目にした男だった。
「なるほど、粒が揃ったものだのう」
刻の番人――【サブロウ】。
一度目はドーム状の岩壁で退路を絶ったのに、ぶち抜いて逃走。
二度目は勇者の剣の完成時に的確な判断により撤退。
三度目はリプトゥアでの戦争に参加し、勇者エメリーの心に恐怖を刻んだ。
エメリーの前には、あの後何度も刺客が現れた。俺が呼ばれた事もあったっけか。恐怖を脱出していなければ、危うかった場面もある。
闇ギルドはエメリーに恐怖の楔がない事を知り、以降手を引いたのだが、これからも油断は出来ない。
サブロウとは、これが四度目の邂逅か。
後ろ手に歩くサブロウが、ジロジロと周囲を見渡す。
そして、サブロウが通る声で言った。
「これより皆には殺し合ってもらう」
「「っ!?」」
さっすが闇ギルド。
殺害大会で代表者を決めようってのか。
「命が惜しい者は参加を諦め、ここを去るがいい。頂を目指す命知らず、力を渇望する修羅はここに残り戦え」
なるほど、そこまで酷ではないのか。
だが、残った者は殺し合わなくてはならないというのがおじさんはとても怖いです。
サブロウがしばらく待つも、この場においてここを去る者はいなかった。
「では――」
サブロウが言いかけた時だった。
「――サブロウ殿」
そう言ってサブロウの口を止めたのは、俺の隣にいる拳鬼だった。
サブロウの鋭い視線が拳鬼に向けられる。
たとえ実力が秀でていようとも、相手は闇のトップの一角。殺されても文句は言えないだろう。
「……その口、いらぬと見える」
部分破壊で許してくれるだけありがたいのか、それとも残酷なのか。
「では、我が発言の後にいかようにでも」
サブロウの片眉が上がる。
「ほぉ、それ程の価値があると?」
「十二分に」
微笑みすら見せる拳鬼に、サブロウが目を見張る。
おそらく、こんな事は闇ギルド史上、類を見ない事なのだろう。
しかし、目の前に死すら覚悟している者がおり、その者が命を賭して発言するとなれば、サブロウも耳を傾けざるを得ない。
「比武において、決着は様々です」
「お主にしては大袈裟な言い回しだな……」
「ある者は相手の降参を機に、ある者は相手の死を機に勝利します。そして、今回においては後者が該当する」
「その通りじゃ」
「しかし、本当にそれだけなのか」
「……何?」
サブロウの耳には、拳鬼によるルール変更の提言に聞こえた事だろう。
「拳鬼、【刻の番人】が定めた事は絶対。それを捻じ曲げると言うのか?」
拳鬼が静かに首を横に振る。
「違います」
「…………ワシを甘く見るでないぞ」
「確かに刻の番人が定めた事は絶対。しかし、ここは新たな刻の番人を決める場。ならば申し上げましょう、サブロウ殿」
直後、サブロウは知る。
「既に新たなる刻の番人は決まっている」
「何だと……!?」
そしてその異質な空間を知るのだ。
「なっ!?」
拳鬼が跪き皆に示す。
そして皆が跪きサブロウに示したのだ。
「今日この場において、我らが王は一人」
拳鬼の言葉は、サブロウに向けられたものではなかった。
「「我らが王は一人!」」
闇ギルドと接触し、半年以上が経った。
俺の地道な闇人狩りは、着実に成果を見せた。その集大成とも言えるモノこそ、今サブロウが見せている驚きに他ならない。
「デュ、デューク……【デューク・スイカ・ウォーカー】……!」
そう、ようやくここまで来たのだ。
俺に対し跪く皆を横切り、俺はサブロウの下へと歩く。
「我らが王は……一人」
言いながら、拳鬼がサブロウの腕を掴む。
「な、何をするっ!?」
「我らが王は一人」
慌てるサブロウの足を他の闇人が掴む。
「くっ!?」
一人、一人とサブロウの動きを止めていく。
「は、放せっ!」
焦りを見せるサブロウを前に、俺は人差し指の爪を伸ばした。
「っ! 魔族だと!?」
「お久しぶりです、サブロウさん」
【チェンジ】を解いた瞬間、サブロウの顔が蒼白に染まる。
「き、貴様は……!?」
「エメリーさんにした事を考えたら、ボッコボコにするくらいじゃ飽きたりませんが、そういう訳にもいきません。あなたには利用価値がある」
「ミケラルド・オード・ミナジリ……!」
「ようやくここまで来ました。後はあなたを使って追い込むだけ」
「化け物めっ!!」
「是非とも、私の礎になってください♪」
額に線を入れるように傷を付ける。
「あ、あぁ……っ!」
これまでの苦労が報われる瞬間。
意識が途絶え、俯き、また顔を上げた時、サブロウは拳鬼たちと同じく俺に頭を垂れていた。
念願の時である。
そう、その日俺は【刻の番人】へと昇格したのだった。
次回:「その454 闇の王」




