その427 美女と吸血鬼
神聖騎士シギュン……あれは化け物の類だな。
警戒させていたナタリーまでおめめがトロンとしていらっしゃる。心の隙を衝いて相手の心に入り込む催眠魔法……か。
おそらく、光と闇の複合魔法。
効果は対象の魔力量に応じて変わるが、重ね掛けをする内に、いつの間にかシギュンの術中にハマっているって感じか。いや、まぁ解除するけどな。
シギュンがどれだけの手練手管で人を取り込もうとも、俺には解析があり、自分に掛けられた魔法がどのようなものか知る事が出来る。
…………よし、解析完了と。
「さぁ、次はリィたんさんと、エメリーさんです」
水龍対勇者か。
シギュンのヤツ、とんでもない対戦を仕組むものだ。
ゲラルドでさえもシギュンの術に抗えなかったようだから、リィたん以外には警告も無駄だろう。エメリーには申し訳ないが、ここは様子を見させてもらおう。
緊張露わにするエメリーと、シギュンの狙いが気になるであろうリィたん。
昨日の夜、リィたんに「的になる可能性がある」と伝えたはいいが、いかんせん、ヤツが何をしてくるのかまでは読めない。
リィたんの視線がシギュンから一瞬俺へと移る。
そして、ふと笑ったかと思うと、エメリーを前に木剣を構えてしまった。
…………リィたんめ、考えるのを俺に任せて放棄したな?
まぁいい、頭脳労働は俺の仕事だって信頼してくれたって事だろう。
この模擬戦、いかに勇者であろうとエメリーに選択の余地はない。
あらゆる攻防を掌の上で転がすのはリィたんである。
模擬戦が始まっても、エメリーは吸い寄せられるようにリィたんに向かった。いや、向かわざるを得なかった。
「やぁああああっ!」
全力で突っ込み、リィたんに軽くいなされる。
それは、先のジェイル、オルグ戦のように、両者の力による激突で、木剣が破壊されるのを防ぐためである。
そもそも木剣の硬度が冒険者仕様じゃないんだよな。
正規組に合わせているから仕方ないのだが……まぁ、予算の関係上難しいか。
しかし、聖騎士学校に入ってわかったけど、ずっとハルバードを扱ってきたリィたんが剣を持っているのを見ると、中々に新鮮だな。
達人は武器を選ばないとは言うが、リィたんの剣術はイヅナやジェイルに近い。それでいて龍族の剛力が加われば……、
「あいちちち……」
覚醒前の勇者エメリーなど相手にもならない……か。
「あ、ありがとうございました!」
リィたんに頭を深く下げるエメリー。
そして、それを見ていたシギュンは――、
「流石は勇者、流石は水龍リバイアタンですね。私も参考にさせて頂きます。ただ、エメリーさんは勝てない事を前提に動いていたので、それは減点です」
「うぅ……はい」
「そしてリィたんさんは……いえ、やめておきましょう」
なるほど、上手い言い方だ。
「何か問題があれば是正する。遠慮なく言え」
あぁ言えば、リィたんから聞いた事になるからな。
「かしこまりました。リィたんさんは少々……ご自身の強さに胡坐をかいているように見受けられます。現時点ではエメリーさんの実力は下でも、どの戦闘においても確実はありません。傲慢が己が身を滅ぼす事もあるという事をお忘れなきよう」
凄いね、俺でも言わない事をつらつらと。
確かにリィたんは傲慢とも言えるだけの強さを持っている。シギュンの言葉も間違いではないのだろう。だが、こと今回においてリィたんは模擬戦という状況を利用し、勇者エメリーの実力向上を図っていた。
つまり、リィたんはリィたんなりにエメリーの訓練をしていたのだ。
それが傲慢ととられたなら仕方ないが、シギュンにもそれがわかっていたはず。
……もしかして、わざとリィたんの気分を害するような事を?
「…………そうか、確かにそうかもしれないな。以後気を付けるとしよう」
リィたんが……リィたんがどんどん大人になっていく。
嬉しいような、悲しいような。
が、少々解せない。今回シギュンは催眠魔法の行使をしなかった。
相手がリィたんだからというのもあるだろうが、エメリーにならば通用するはず。それをしないって事は…………なるほど、わからん。
まぁいい。そういう面倒な事は追々調べていけばわかる事だ。
それに、この後シギュンからの呼び出しもある。
そこでシギュンの狙いもわかるかもしれない。
なるほど、蠱惑的な美女との密会……か。
鼻毛は……出てないな。口臭は大丈夫だろうか? そうだ、香水でも付けていこうか?
にへへと笑いながら、俺は授業終了時間を楽しみに待っていた。
当然、催眠魔法の解除法を完成させた後にだがな。
◇◆◇ ◆◇◆
「シギュン様、ルークです」
『入ってください』
皆の催眠解除を行うも、皆は自分が催眠状態にあった事を知らなかった。
本当によくできた魔法だが、皆が無自覚ならばと思い俺とリィたんはそれを口外する事はなかった。
寧ろ口外すればシギュンの動きを妨害しているのが俺たちだと特定されてしまうからな。
講師室――といっても特別講師用の個室へ入ると、シギュンは妖しい笑みで俺を迎えた。
なるほど、とてもイケナイ雰囲気である。
たとえ相手が敵だろうと、魔性の女だろうと、おじさんは男なのだ。そんな言い訳を頭に浮かべながら、俺は扉を閉めたのだった。




