その426 シギュンの授業
2020/11/23 本日二話目の投稿です。ご注意ください。
先日は法王クルスのサポート役という事で教室に来ていたが、彼女一人となると、その存在感に圧倒されてしまう。
法王国に二人しかいない聖騎士団の象徴――神聖騎士【シギュン】。
先日血を吸った【失われし位階】の三人から得た情報により、シギュンは闇ギルドの中枢組織【刻の番人】の一人だと判明した。
あの魅惑的……いや、あの蠱惑的な女は、俺たちにどんな授業をするのか。期待半分、不安十二分ってところだろうか。
そんな十七分の思いを前に、彼女は終始笑顔で言った。
「先日の法王陛下の授業では余りお話が出来ませんでしたが、今日は皆さんとの対話を軸に、皆さんは勿論、私も前に進めたらと思っています」
相変わらず皆と共に歩む発言が鼻につくが、これは俺に限った事ではないだろう。多くの冒険者は、このシギュンに対し良い感情を抱いていると思えない。
冒険者は歩みだす一歩から警戒をする。その隣に置くのは信用した仲間でないといけない。そんな簡単だが重要な事を、彼らはよく理解しているからだ。
とはいえ、悪感情を抱いている訳でもない。皆、シギュンに対しては様子見という段階だろう。
だが、正規組はそうもいかない。そろそろ泥水くらいは啜れそうな精神力になってきたかもしれないが、いかんせん経験が少ない。
シギュンの甘い言葉に惑わされて、彼女の信者にでもなられては困る。
この特別授業、最初は法王クルスのように座学だった。
そして後半になり、木剣を持ち寸止め形式の一対一の模擬戦。
試合終了後に互いの弱点、そして強みを指摘し、実力向上を図る。
傍目から見ればとても素晴らしい授業である。
だが、あれは何だ……?
「ふふ、そしてこう。そうそう、とても筋がいいですね」
「は、はい!」
シギュンから生徒へのさりげないソフトタッチ。
微笑み絶やさぬ美しい顔。思春期の男児には一瞬でスリーアウトコースだ。
「とても元気なお返事ですね。その調子で強くなって、是非法王陛下は勿論の事、私も守ってくださいね」
法王クルスを立てているのにも拘わらず、法王クルスがおまけみたく聞こえるのは気のせいだろうか?
「あの野郎、シギュン様のあんな近くに……!」
「後でシめてやる……」
なんて声も聞こえてくるが、
「凄い才能ですね、もう少し剣速を伸ばして体幹を鍛えれば更によくなります。部下に欲しいくらいです」
と、シギュン様が一言アドバイスをすれば、あっと驚き。
「俺、シギュン様の部隊に入る……」
「私もだ……」
なんてトロンとした顔で戻ってくる。
が、これは余りにもおかしい。男子はともかく女子までこうも簡単に堕ちるとは、一体どんな魔法だ? ん? 魔法?
瞬間、俺は身内に対して【テレパシー】を発動していた。
『リィたん、ナタリー。シギュンに近付かれたら魔力を高めて警戒を』
『なるほどな』
『わ、わかったっ』
と、警戒させたはいいが、あの二人より俺の方が先に順番が回ってきてしまった。
「次、ルークさんとゲラルドさん」
しかも、相手は元ゲオルグ王の子息。
さて、どうしたものか。
ゲラルド君の強い視線と共に、俺は広場の中央へと向かう。
「ルークー! 頑張ってー!」
頑張る訳にはいかないのだよ、レティシアさん。
今ここで手を抜かなければ、後々面倒な事になりかねないしな。
まぁ、ルナ王女とレティシアの護衛なんだし、ランクSくらいの実力に抑えておくのが正解か。実際、自分の授業では分裂体にそれくらいの実力を出させたしな。
「構えて……始め!」
無言で飛び掛かってくるゲラルド。
なるほど、しなやかな筋肉だ。振り下ろされる剣を受け止め……中々の剛腕。
力だけじゃないキレも備え、腰を軸に上手く剣を振り、俺の挙動もしっかり捉えている。
剣聖レミリア、勇者エメリーとタメを張るだけの実力は持っている。
対してミケラルド君は、剣を受け止めた瞬間に顔を歪め、膝を折り、辛うじてかわしたものの、大地に転がり、ゲラルドの追撃の蹴りをなんとか剣で受け止めるも吹き飛ばされ、着地した瞬間に攻撃しようとしたら、着地点に先回りしていたゲラルド君の剣先が首元にあるという流れで負けが確定したのだった。
我ながらとても良い演技だったと自負している。
「くっ……!」
悔しさ百パーセントを演じたところで、
「それまで」
シギュン大先生のストップがかかる。
「ゲラルドさん、素晴らしい太刀筋でした。けれど、少々殺気が強い嫌いがありますね。殺気は武器にもなりますが、時には弱点にもなり得ます。使いどころを間違えないよう心掛けてください」
「……わかった」
「『わかりました』、でしょう?」
可愛らしくシギュンが言うと、一瞬ゲラルドの表情が歪んで見えた。
「っ! わ、わかりました……」
「はい、それ以外は文句なしでした。戻ってください」
ゲラルドのヤツ……今?
額を抱えながら戻って行くゲラルドを横目で見送ると、シギュンが俺の手を握ってきた。
「貴方はとても素晴らしかったです」
近付かれた瞬間に匂ってくる微かな香り……これは麝香?
それと共にまぶされた微量の魔力。魔素とも言うべきか。
……なるほど、匂いと美貌、そしてソフトタッチ。これで心の油断を生ませ、油断させたところでこの魔法か。現代のマジックのようだ。
まぁ、あらゆる耐性を持っている俺には効かないけどな。
だが、これはシギュンの懐に潜るチャンスだ。
「ありがとうございます」
耳元にシギュンの声が優しくとどく。
「後程、二人きりでお話があります。授業後に講師室へ」
甘く優しい艶のある声。
正直……ごちそうさまです。
「……はい」
鼻の下を伸ばした俺は、ナタリーの突き刺すような視線を浴びながらルナ王女とレティシアの隣へ戻るのだった。そう、スキップで。




