◆その398 Z区分
嵐のような魔力の暴風。
ナイフを突き立てられるような感覚に、ナタリーが自身の肩を抱く。
「うぅ……」
そんなナタリーの頭にポンと手をのせるジェイル。
ジェイルの手から、ナタリーを包むのは温かき炎の魔力壁。
「こちらに殺意を向けないにしても、リィたんの本気がビシビシと伝わってくるな」
「うん、ミック大丈夫かなぁ……」
「心配するなナタリー。アイツの目を見てみろ」
優しく言ったジェイルだったが、
「……凄く、怖がってるね」
ジェイルは憶測でモノを語ってしまったようだ。
「………………そうだな」
「残念なミック」
「まぁ、いつも通りとも言える」
「だよね、ここで強く逞しい目を見せてたらミックじゃないもん」
と、ナタリーの指摘が【超聴覚】を発動していたミックの耳に届く。
(あの二人め、言いたい放題だな? こんな魔力を前に強く逞しい目をしている方がおかしいだろ。……まぁ、リィたんを前に土下座決め込んだあの時よりかはマシになったか)
地上に降下したミケラルドが、リィたんを見る。
リィたんがハルバードを構えると、ミケラルドは自分の爪を鋭利に伸ばし腰を落とした。
「ふっ!」
同時にリィたんが駆けた。
その速度は、ミケラルドにかつての雷龍シュガリオンを思わせた。
だが、ミケラルドはリィたんを見失わなかった。
「はぁ!」
リィたんの攻撃を、爪を交叉させ受けたミケラルドの顔が歪む。
「ぐぅ!」
なんとかリィたんの本気を受け切ったミケラルドだが、攻撃がそれで終わるはずがなかった。
「はぁあああああっ!」
幾度も撃ち込まれる強烈な一撃。
爪の先に込めた魔力は、その一撃毎に霧散する。
「どうした、ミック! それでは私を倒す事など出来ないぞ!」
(だよね、全能力が向上したと言っても、これまでと同じでリィたんを倒せるはずがない。なら、これで……どうだ!)
「っ!?」
直後、リィたんの足が止まる。
ミケラルドがリィたんのハルバードを片手で掴んだからだ。
「……まるで魔力の海だな。静かだがそれは嵐の前の静けさ。私の攻撃により乱れていた魔力が嘘のようだ。これは……ダブルヘッドセンチピードの【超調整】か」
「正解」
「そして私の力を片手で抑えるその膂力は……ゴブリンチャンピオンの【超怪力】といったところか」
「それと、マスターゴブリンの【鋼拳】も使ってる」
「道理でビクともしない訳だ」
と、リィたんがハルバードを持つ手から力を抜くと、それは大きく甲高い音を立てて割れ、飛散してしまったのだ。
「そのハルバードを砕かれたのは地龍テルース以来だな」
「オリハルコンより硬い素材、見つけなくちゃね」
「人の身ではオリハルコンで十分なんだがな」
「Z区分だとそうもいかないでしょう」
「なるほど、ミックもこちら側に足を踏み入れたか」
「いやー、ここまで長かった……」
「一年だぞ?」
「めでたく四歳になりました」
「子供の成長は早いとエメラが言ってたが、ミックが異常だという事は私も気付いてたところだ」
「私も、って他に誰が?」
「ミナジリ国民の総意だと思え」
「はははは」
乾いた笑いを見せたミケラルドが、リィたんを前に手を開く。
「受けてくれるかい?」
「初撃はな――っ!?」
直後、リィたんの身体が後方へ吹き飛ぶ。
宙で体勢を立て直したものの、リィたんがミケラルドを見る目は驚きに満ちていた。
(エルデッドウィザードの【魔法強化】を施し放った風魔法【突風】。まるでオリハルコンの板を叩きつけられたかのような衝撃だ)
着地したリィたんがミケラルドを睨む。
「もう絶対に受けん!」
無数の大地を踏み抜き、ミケラルドの背後へと移動したリィたん。
後頭部に向かって放たれた一撃は、ミケラルドの後ろ手によって受けられてしまう。
「っ! ムシュフシュの【死角の瞳】か!?」
「よっと!」
リィたんの手を受けたミケラルドは、そのままその手を掴み、リィたんを背負い投げる。
「いやぁ、ランクSダンジョンのモンスターはくれる固有能力が一つな分、強力なのが多くてさ。使いどころに困るよね」
「確かにその通りだ。だが、ランクSダンジョンは全部で十一階層。七階層の【ジャミングバード】、八階層の【ヌエ】、九階層の【キングスケルトン】、十階層はモンスターが混合で出現するが、十一階層の【ヒドラ】がいるだろう? これらの能力を見せずに私に勝つつもりか?」
するとミケラルドは頭を掻き、思い出すように言う。
「七階層から下は能力が地味なんだよね。まぁ、まずは【ジャミングバード】の【ジャミングビート】から」
「っ!」
驚きを見せたリィたんがミケラルドを見つつも、周囲に警戒を敷く。
(確かにミックは正面にいる。だが、周りからもミックの気配がするのは【ジャミングビート】の能力のせい。ジャミングバードの児戯を、ミックが使うとここまで厄介になるのか。魔力で動きを追えば、それはミックの狙い通りの動きとなってしまう。視認のみとは、制限を掛けられたものだ……!)
「で、これがヌエの【神速】」
「なっ!?」
振り返るリィたん。
そこにいたのは、今の今まで正面にいたはずのミケラルドだった。
「【ジャミングビート】と併用するとかなり有効でしょう?」
「どこが地味な能力だ……?」
「キングスケルトンの【骨強化】はただの骨太能力だし、ヒドラの【極回復】はダメージ喰らわないと発動しないしね」
「ミックの爪は骨だぞ? 防御力も攻撃力も上がり、更には回復能力だ。どこが地味なのか私には見当がつかないな」
「あ、ならこれはどう?」
ニコリと笑うミックに、リィたんが鼻息を吐く。
「これ以上何があると?」
「これこれ」
瞬間、ミケラルドの身体が発光する。
身体から溢れるこの光を、リィたんは以前目撃していた。
「神聖騎士の秘技【光の羽衣】!? っ! いや、これは違う……?」
「そうそう、俺は神聖騎士の血は吸ってないからね。これは【光の羽衣】になる前の能力だよ」
「…………なるほど、先のリプトゥア国との戦争時、イヅナがあんな事を言っていたのはこういう理由か」
そう、ミケラルドが見せたのは正しく剣神イヅナが持つ秘技――【剣神化】だったのだ。
調べるとわかると思うので、先に書いておきます。
リィたんの言う「あんな事」ってのは「◆その339 詰めの一手」の中でイヅナが言ってますね。
次回:「◆その399 ミナジリの王」




