その390 神聖騎士シギュン
◇◆◇ アリスの場合 ◆◇◆
リィたんさんの「護衛」という言葉を聞き、ほんの一瞬、シギュン様の目元がピクリと反応しました。
「はぁ、護衛……ですか。聖騎士団が日夜目を光らせているこのホーリーキャッスルで、でしょうか」
怒気こそ見えませんが、シギュン様はお困りのご様子。
「あぁ、そう言ったつもりだが?」
何故リィたんさんは、シギュン様を煽るようなマネを?
対峙した二人の間に介入出来る存在は、この中で一人しかいませんでした。
「これ二人共、妾を前にそのような睨み合いはやめるのじゃ」
「これは失礼致しましました」
とても美しい笑顔です。……が、リィたんさんの目が少し怖いです。
「私の身内にも人前で仮面を被るのが得意な者がいるが……お前もそれに秀でているようだな」
今の笑顔が……演技?
「あら、何の事でしょう? それに、我々は初対面。少々不躾ではなくて?」
「ふん、扉を開けた瞬間、我らを品定めするような目をしておいて不躾を語るのはどの口だ?」
「神聖騎士としてアイビス様の周囲に目を配るのは当然の事です」
す、凄いです。
初対面同士でここまで対立するのも珍しい……というか、おかしいです。
リィたんさんはともかくとして、シギュン様もまるでアイビス様の事を……――、
「やめるよう言ったはずだがのう?」
アイビス様のその言葉で、シギュン様は静かに目を伏せました。
けれど、リィたんさんは押し黙ったシギュン様を嘲笑するように鼻で笑ったのです。これは一体……?
いくらお優しいシギュン様でも、ここまでされて黙っているとは思えません。
……あぁ、微笑みを見せていても目が笑っていません。
「シギュンをここに呼んだのは他でもない」
「と、仰いますと?」
「アリスの事じゃ」
「アリスさんの……事、でしょうか?」
「わ、私っ?」
一体、アイビス様は何を考えていらっしゃるのでしょう?
「そこの冒険者の名はソフィア。妾は『いらぬ』と言ったのじゃが、アーダインが勝手に手配したのじゃ、気を悪くしないで欲しい」
「ソフィアさん……ですか。聞かない名前ですね」
ちらりとリィたんさんを見る視線がもう怖いです。
おうちに帰りたいです。いえ、ここがそうなのですけど。
ラッツさんも、ハンさんも、キッカさんも完全に蚊帳の外状態です。
「それがアリスさんとどのようなご関係が?」
「今回の護衛、妾としても不本意じゃ。護衛者としての態度もこの通りだしのう」
嘘です、アイビス様が意図せずリィたんさんを貶めるような言い方をするはずがありません。相手は水龍リバイアタン。そんな事をすれば――!
「だったらどうだと言うのだ?」
リィたんさんの気当たりが……物凄いです。
……意図せず? いえ、意図がない訳がありません。
もしかしてこれは……お二人による演技?
「妾には聖騎士団がいる。本来であれば護衛など不要。しかし、その護衛もアーダインの厚意によるもの。無下には出来ぬ。そこでシギュン、其方じゃ」
「はぁ」
「アーダインが用意した護衛じゃ。それなりに腕が立つのであろう。その高い鼻をへし折るために、一つ神聖騎士の力をこのソフィアに見せてやってはくれぬか?」
「それでアリスさんの事だと」
「うむ、アリスたちの勉強にもなるしのう」
「ふふふ、私は構いませんが、そこのソフィアさんがどう言うか……?」
これは完全にシギュン様からの挑発。
「願ってもない事だ」
ニヤリと笑うリィたんさんは、これが狙いだった……?
もしかしてこの戦いのため、リィたんさんとアイビス様は演技を?
「結構。もし妾の満足いく結果を見せなければ、ソフィアには帰ってもらうが、問題はないじゃろう?」
「構わん。もしそうなれば、冒険者ギルドには私から違約金を支払おう」
「うむ、どうじゃな? シギュン?」
「この後、訓練の予定がありましたのでちょうどいいかと」
リィたんさんは何故シギュン様と戦いたかったのでしょう。
そしてアイビス様は何故、リィたんさんの狙いに便乗したのでしょう。
けれど、これで水龍リバイアタンと神聖騎士シギュン様の試合が観られます。
これは、つまりその……とんでもない事なのではないでしょうか?
「練武場でお待ちします」
「うむ。すぐに向かう」
「では、失礼致します」
微笑んでから去っていったシギュン様の背には、一瞬の隙もありませんでした。
「ソフィア殿……お詫びを」
やはり、今のはアイビス様の演技。
「問題ない。シギュンとの試合を取り付ける事が出来たのだからな」
「え、今のってやっぱりそういう事だったんですかっ?」
キッカさんは薄々感付いてらっしゃったという事ですね。
「ソフィア殿の雰囲気がガラっと変わりましたからね。成り行きを見定めていましたが、そんな狙いがあったとは」
ラッツさんも?
そっか、元のリィたんさんを知っていれば、わかるものですよね。
「うぇ、全然わかんなかったぜ?」
「ハン、アンタは鈍過ぎ」
「そりゃひでぇだろ!?」
ハンさんとキッカさんは相変わらずですね。
「しかし、こうまでしてシギュン殿と戦う意味とは?」
ラッツさんの言葉に、リィたんさんはただ目を伏せていった。
「我が主からの命令だ。『神聖騎士シギュンの底を見定めろ』とな」
やはり現れましたね、存在X……!
次回:「◆その391 シギュンの底」




