その386 アイビス皇后の護衛
◇◆◇ リィたんの場合 ◆◇◆
冒険者ギルドからの依頼は至極単純なものだった。
アイビスの護衛。元聖女といえど戦闘能力が高いとは言い難い。
魔法の扱いこそ巧みなものの、人間にしてはもう高齢。
ミックが言うには、アイビスは冒険者換算で言えばSS程だとの事だ。年齢により衰える力。それが自然の摂理とは言え、何とも虚しいものだ。
アイビスと会うのはこれで二度目。
一度目はガンドフで会った事があった。ミナジリ共和国がまだリーガル国のミナジリ領だった頃、魔族四天王【スパニッシュ・ヴァンプ・ワラキエル】率いる魔族の軍と、ガンドフとの間に起きた戦争時に会った時以来である。
その時からは想像出来なかった今回の依頼。
まさかアイビスがこう出て来るとは思わなかった。
「何のマネだ?」
眼前で跪くアイビスに私はそう言った。
「水龍リバイアタン様、此度は妾の我儘にお付き合い頂き、ありがとうございます」
「私は依頼を受け、それをこなすだけだ。それにお前がそうしていると……その、体裁が悪いだろう」
「お気遣い痛み入ります。皆の手前、不遜な態度があるやもしれませぬ」
「構わん。態度如きで気分を害したりはしない」
アイビスの自室での、アイビスと私による事前打ち合わせといったところか。
私の気分を害すれば、国の存亡にかかわる。未だそう思われているとは心外ではあるが、人間からしたらこの態度は当たり前なのかもしれない。
そんなやり取りの後、アイビスがすっと立ち上がると同時、部屋にノック音が響く。
……この魔力はもしかして?
『アイビス様、アリスです』
私とアイビスが見合う。
私が一つ頷き、部屋の扉を開けると、そこにはやはり聖女アリスがいた。
すると、アリスは私の顔を見るなり目を丸くした。
「す!?」
とても口がとがっている。
「すすすすっ!?」
まったく、何が言いたいのやら。
「水龍リバイアタンッ!?」
「何だ、私の名前を言うのにそんなに時間が掛かったのか」
先日、ナタリーと一緒に、グラムスと訓練をしているアリスを見たが、あの時は気付かなかったのか。まぁ、訓練でそれどころではなかったと見るべきか。
「アリス、中へ」
「は、はいっ」
アイビスがアリスを自室の中へ誘う。
「安心しろ、聞いていた者はいない」
私がそう言うと、アイビスが頷きアリスを見る。
「ア、アイビス様、何故水龍リバイアタン様がここへ……?」
「リィたんだ。二人共、今後私をそう呼べ」
「え、あ……はい」
皆して私を「水龍水龍」と呼ぶのは理解し難い。
私には、ナタリーから貰った「リィたん」という名前があるのだ。
「クルスが【真・世界協定】に際してしばらく法王国を留守にする。クルスがおらぬ間に、この法王国で何が起きるかわからぬ。冒険者ギルドが各国の要人に護衛を付けただけの事。無論、ミナジリ共和国の防衛力も懸念事項故……リィたん殿」
「うむ」
「……わぁ、【歪曲の変化】ですね。確かにリィたんさんの魔力なら、護衛がリィたんさんってわからないです。……まぁ、実力でわかっちゃうかもですけど」
「案ずるな。いざという時にしか力は使わん」
私がそう言うと、アリスは「ですね」とほほ笑んだ。
「そうだ、これからは何とお呼びすればいいですか?」
「偽名というやつだな。安心しろ、ミックからとっておきの名前を貰った」
と言ったところで、アリスがピクリと反応した。
もしやミックの名前で? ふっ、懐かれているではないか、我が主よ。
「【ソフィア】と呼べ」
確か、勇者エメリーがリプトゥア国に隠れてミナジリ共和国で活動してた時、ミックから同じ名前を貰っていた。二人に名付けるという事は、ミックお気に入りの名前という事だ。ふふふ、どんな想いが込められているのだろうか。
「ではソフィア殿、この部屋を出る前に一つだけお伺いしたい事があります」
「ほぉ、聖女が私に質問を?」
やけに神妙な面持ちだ。
何か思い悩む事でもあるのだろうか。
「何故、貴方はミケラルドさんに付き従うのですか?」
何とも予想外の質問だった。
確かに、外から見れば私がミックに従う理由が見えないのだろう。
アリスの疑問は尤もではある。……アイビスも気になるようだな。
「ふむ、では私とミックの出会いから話すべきか」
瞬間、アイビスの耳がピクリと動いた。
「これは、腰を落ち着けて話を聞くべきであろう、アリス?」
「ですね! お茶入れて来ます!」
さてどこから話したものか。
私が、怯えるミックをからかっているところからか?
それとも、対峙したところからか。
もしくはミックが大地に額を擦り付けてるところからか。
「あ、先に聞いておきますけど」
部屋を出る前、アリスが言った。
「何だ?」
「弱味を握られているとかじゃないですよね?」
……まぁ、常日頃のミックを見ていればそう思うのも無理はないか。
「ミケラルドさんなら或いは……」
変な懐かれ方をしているな、我が主よ。
だが、ミックは私の大事なパートナーだ。少しばかり嫌味でも言ってやるか。
「……お前が信じた男は、そのような男だったのか?」
と私が言うと、しばらく考えたであろうアリスが、言葉を選ぶように言った。
「……ちょっとだけ」
なるほど、選んでソレだったか。
次回:「その387 ギュスターブ辺境伯領」




