その365 四階層
「四階層はムシュフシュと、ゴブリンチャンピオンが出現しますね」
ムシュフシュはキマイラに似た特徴をしている。
毒蛇の頭を持ち、上半身はライオン。そして下半身は鷲で尻尾は蠍といった具合の贅沢三昧なモンスターである。
「ムシュフシュは吐く毒液に警戒し、牙に注意し、爪を用心し、尻尾に傾注すれば簡単です。まずはファーストアタックでかわしざまに尻尾を潰すなり切断するなりしましょう。こうなれば脚の生えた毒蛇なので、簡単に……っ!」
俺がムシュフシュの首を蹴り飛ばすと、ウルトの口はポカンと開いたままだった。
「まったく、アーダイン氏は何故あなたのような実力者を隠していたのか」
エイジスは肩を竦め、俺を称賛する。
それはホルンもアッシュも同じだった。
だが、闇人と思しきタヒムについては俺を見る目つきが違った。
別に殺意や敵意、警戒を見せている訳ではない。それ以上に獲物を見つけたようなニヤリとした表情を見せたのだ。
「どうしました、タヒムさん」
「おや、これは失礼。これまで表舞台に立って来なかった貴方様の武勇伝、いつか聞いてみたいと思いまして」
「ん~、まぁこの査定が終わった後でよければ、お話するのは制限されてませんので、機会はあるかもしれませんね」
「おぉ! それは何よりです!」
な、る、ほ、ど。
段々と彼の意図が読めてきた。これまで行動に移すか迷っていたところだが、確かに法王国に長居する時期になってはちょうどいい頃合いかもしれない。
タヒムの狙いはおそらく……俺の引き抜き。
言い換えれば、闇ギルドへの勧誘。
俺が闇ギルドに入れば……ふふふふ、内部からの破壊も夢じゃないし、地龍テルースの情報も手に入る。面白くなってきたな。
その後、青雷は難なく四階層を突破し、五階層へとやってきた。
「さて、エイジスさん。五階層の出現モンスターは何でしたっけ?」
「ダブルヘッドセンチピード、ゴブリンチャンピオン、マスターゴブリン、ムシュフシュが揃って襲ってきます」
「素晴らしいですね。つまり、一階層から四階層のオールスターです。ダンジョンではこのようにまとめてモンスターが現れる階層がよく見られます。しかし、一つ注意点があります。それは何でしょう、ホルンさん」
俺がホルンに向くと、彼女は目を丸くした。
「注意点? ……あー、それって四階層にゴブリンチャンピオンが出現した特殊事例の事かしら?」
へぇ、流石ランクS。
よくわかってるな。
「その通りです。ゴブリンチャンピオンは二階層と四階層に出現します。しかし、この五階層でも現れるとなると、これまでのダンジョンの特性とは異なります。だからこそ、この五階層は注意が必要です。わかりますか、アッシュさん?」
「全てのモンスターが出現するのは名目上。ここで見かけるモンスターの多くはゴブリンチャンピオン以外の四種、だな」
「その通り。つまり、この階層は速度重視のモンスターが多く出現します。しかし、忘れた頃にゴブリンチャンピオンが現れるという事を忘れてはいけません」
その説明に皆が頷くと、早速食事の匂いを嗅ぎつけたモンスターたちの足音が聞こえ始めた。
だが、これまで同様青雷のメンバーたちは上手く立ち回った。
完成された連携、練達された武技。どれをとっても一級品。
モンスターの波が静まるも、彼らの息はあがっていなかった。
まだ余裕が見える……が、
「さて、次は六階層ですが……?」
「いえ、デューク殿。我らはここで引き上げようと思います」
やはりか。
「そうですか、それでは戻りましょう」
確かに六階層で出現するモンスター【エルデッドウィザード】は危険だ。
アンデッドの高位魔法使いであり、自分に能力向上魔法を掛け、素早く動き回りながら魔法攻撃、遊撃、共闘攻撃、果ては接近戦までこなす。
いうなれば、全員が優秀な魔法戦士。引き返すという判断は間違いじゃない。
だが、それ以上に気になる事もある。
まぁ、それはアーダインに報告するべき事だろう。
「デューク殿、本日はありがとうございました」
「「ありがとうございました」」
途中からウルトも俺に反抗的な態度を見せる事もなかった。
リーダーであるエイジスの目もあるだろうが、それ以上に俺に逆らうのは自分の不利益に繋がると理解したのだろう。ランクSを続けるだけはある。実に強かである。
去り際、タヒムが俺に耳打ちをした。
「今夜十時、ご都合はいかがでしょう?」
「構いませんよ」
「ではギルドにて」
それは当然、食事の誘い。
闇ギルドの人員調達も大変だなぁと思いつつ、俺はその場を去ろうとした。
だが、別のパーティが俺の前に現れた。
彼らはパーティというにはあまりにも少なかった。
何故なら以前の俺とアリスのように二人しかいなかったのだから。
「ぜってぇ攻略してやる」
「だからと言って儂を連れて行くか」
「つるつる爺は黙って見てりゃいい」
「少しは目上の者を敬う事をしたらどうかのう」
「はっ、目上に立ってから言いやがれ」
それは、俺がよく知る二人だった。
剣鬼オベイルと、魔帝グラムス。
彼ら二人は俺を横切り、ランクSダンジョンへと入っていく。
やはり彼らは俺の事を気付いていない。
オリハルコンズとの合流前にダンジョンに潜るとは、何ともタフな連中だ。
とも思いつつ、俺は彼らと青雷を比べてしまった。
……やはり、アーダインには報告するべきだな。
次回:「その366 ご報告」




