その359 ルナ王女
「これはこれはルナ王女、遠路はるばるようこそミナジリ共和国へ」
茶のポニーテール。目は大きく、気品溢れる正に王女様。
だが、王女がポニーテール? これは俺の中で違和感を覚えた。
しかし、その疑問はルナの軽やかな下馬ですぐに解けたのだった。
なるほど、悪くない動きをしている。身分以上にじゃじゃ馬娘の気配ビンビンである。
「ミケラルド様とお見受けする。私はルナ・フォン・リーガル。調査中の事件の事でお伺いしたい事がございます」
言葉は丁寧だが、やや粗雑な言い回し。
どうやら形式上仕方なく……というよりは俺と似て効率至上主義か。
「ミケラルド様!」
背後から馬を駆けて来たのはギュスターブ辺境伯の息子であり子爵。そして、このミナジリ共和国のリーガル大使であるアンドリュー。
「ルナ王女!? これは一体どういう事でしょう……?」
当然、子爵であるアンドリューはルナ王女を知っているが、
「貴方がギュスターブ卿か。大使館まで私を案内して頂きたい」
子爵とは言ってしまえば木っ端貴族。いくら辺境伯の子といえど、王女と顔見知りのはずがないのだ。歳の頃合いは十三、四。ナタリーとエメリーの間くらいだろうか。お供の兵の苦労が窺える。
とは言え、今回の目的は盗賊調査。はたして彼女がどうしてこの国に行き着いたか、確かにそれは知りたいところである。
大使館に向かう道中、前を歩くアンドリューが小声で俺に話しかけて来た。
「一体どういったご用なんでしょう。こちらの【テレフォン】には何の連絡もありませんでした」
「ナタリーが言うには、格安になったギルド通信を早速使っての連絡だという事です。もしかして【テレフォン】の存在を知らなかったのでは?」
「確かに、リーガル国の宝とは言え、ミナジリ共和国から提供されたもの。たとえ娘と言えど、陛下も開示しなかったのかもしれません。それにしても一体何の用で」
「彼女、調査団のリーダーらしいですよ」
「調査団?」
「この前、ドマーク商会の輸送隊が襲われたでしょう。アレですよアレ」
「確かに報告を受けていますが何故ミナジリ共和国へ?」
「ブライアン殿の協力により、私が頂戴したからですよ」
直後、アンドリューがピシリと凍り付いたように止まった。
「どうした、アンドリュー殿?」
ルナ王女が固まったアンドリューを気に掛けるも、彼が動く事はなかった。
まぁ、既に大使館の敷地内。彼が動かなくても彼の配下がルナ王女をもてなすだろう。
アンドリューの執事により貴賓室へ連れられた俺とルナ王女。
互いに腰かけるなり、ルナ王女は俺に言った。
「ミケラルド様、単刀直入にお伺いしたい。ドマークおじさんの輸送隊を襲ったのは、ミケラルド様でしょうか?」
この清々しさは尊敬に値するが、一国の元首に対してこういった言葉を使うのは危ういな。
「違います」
この返答にムッとした表情をするルナ王女。
「それは、ミナジリ共和国の総意ととってもよろしいでしょうか?」
「結構です」
さて、時間を掛けて調査をし、行き着いたミナジリ共和国で収穫がない場合、彼女は一体どんな反応を示すのか。
「こちらに証拠がある、と言えばどうでしょう?」
おぉ、それは凄いな。
「参考までに、その証拠とやらは何でしょう?」
「ドマーク商会の積荷と馬車の轍です。シェンドにいたリプトゥア軍への大規模輸送。積荷の中身には彼らを助ける物資や食料です。これが綺麗に盗みとられていた。争った形跡もなく」
「轍というのは?」
「それだけの積荷を盗むのに、盗難の現場にはドマーク商会の馬車の車輪痕しか見つかりませんでした。これには理由があります」
「どのような?」
「闇魔法【闇空間】」
おぉ、凄いな。そこまで行き着いていたか。
「【闇空間】は特殊な魔法です。特殊故に希少。だからこそ、ミケラルド様が第一容疑者として浮上しました。よもや【闇空間】が使えないとは申されますまい?」
「確かに、私は【闇空間】を使えますね」
ニヤリと笑ったルナ王女のドヤ顔。きっと俺を追い込んでいるつもりなのだろう。だが、そうは問屋が卸さないのだ。
「それで、証拠というのは?」
「は?」
「いえ、ですから私が犯人だという証拠は?」
「たった今、【闇空間】を使えると自白なさったではありませんかっ?」
「【闇空間】を使える、だけでは証拠にはなりません」
「ですが貴方には動機があります!」
「ありますね。何といっても敵国への支援物資ですから」
「なら――」
「――ですから証拠を」
「苦し紛れの言い逃れにしか聞こえません!」
「……ふむ、では少し歩きましょうか」
「……はい?」
大使館に来て早々だったが、俺たちはミナジリ領を歩いて回る事になった。
ムスっとするルナ王女が何とも可愛らしい。でも、きっとアレを見たらその顔も歪んでしまうのだろうな。
「あらミケラルドさん、そちらの方は?」
「リーガル国の姫君、ルナ王女です。ルナ王女、こちらミケラルド商店の代理店長の一人、エメラさんです」
やって来たのはミケラルド商店。
「ルナ王女殿下、遠路はるばるようこそおいでくださいました」
エメラの丁寧な対応も、
「ふんっ」
今のルナ王女には何も響かない。
「エメラさん、彼女に裏倉庫チェックを見せてあげたいのですが、皆さんお手すきで?」
「かしこまりました。すぐに皆さんをお呼びします」
エメラが連れて来たのは、ミケラルド商店の従業員。
本店だけに務めている人数も多く、この時間帯は十五人の従業員が集まった。
「これは一体?」
ルナ王女の疑問も次の瞬間には消えていた。
「裏倉庫チェック開始!」
エメラの号令により、皆が発動するのは――【闇空間】。
「なっ!?」
「聖薬草、在庫良しです!」
「聖水、在庫良しです!」
「木材、発注お願いします!」
「吸魔のダガー、在庫切れですが発注済みです」
などなど、従業員全てが闇空間を使える状況を見せられては、ルナ王女も黙るしかない。
「あ、因みに、闇空間の魔法所持者はミナジリ共和国だけで三百はいます。申し訳ありません、当国においては、そこまで希少という訳でもないんですよ」
「う、嘘ぉお~っ!?」
ようやくルナ王女から年相応の少女らしい声が聞こえたな。
嘆きの声だけどな。
次回:「その360 ご帰宅」
 




