◆その346 大誤算
「何だ……これは……?」
リプトゥア国の王――【ゲオルグ・カエサル・リプトゥア】は眼前に映る光景を理解出来ずにいた。閑散とした城下町。普段賑わいを見せる市場でさえも人がまばら。ゲオルグ王の横を通り抜ける馬車、人、冒険者。
殆どの者が大きな荷物を持ち、ゲオルグ王や騎士たちから目を反らし、隣を抜けて行く。
「くっ!」
ゲオルグ王は馬を走らせ、すぐに王城へと向かった。
リプトゥア城は慌ただしく、文官たちがゲオルグ王を見つけるなり目を伏せ控える。
「……何があった」
配下の一人が近寄り、震え怒るゲオルグ王に言った。これまでの経緯を。
ミナジリ共和国による魔法【テトラ・ビジョン】により国は大混乱。その夜中に無数の奴隷が行方不明となり、現在リプトゥア城どころか国に奴隷を見かけた者が一人もいない事。
奴隷に頼り切っていた仕事が山積みとなり、対応に追われる者多数。
そして何よりも大きな問題が――、
「国から奴隷商人が消えただと!?」
「ド、ドルルンドの町と連絡がとれない状態です。これにより市場は閉鎖。城にいた唯一の奴隷商も行方を晦ませております。つまり……その……」
「何が言いたい?」
「我が国は奴隷契約という術を封じられたという事です。他国へ渡る事を恐れ、その契約魔法を知る者はごく少数。秘伝を記した蔵書からも情報が消え――――」
その後も配下から被害情報が並べられていく。だが、それらの言葉はゲオルグ王の耳に入る事はなかった。怒りを通り越し、ゲオルグ王はただ茫然としていた。そして思い出したのだ、尖塔に秘めた自身の秘密を。
「へ、陛下っ!?」
ゲオルグ王はいきなり駆け出し、息を切らしながら尖塔へと駆けた。
そして、扉の前に立つ前に気付いてしまった。
開けられた扉。中に見えた何もない空間。扉の前に立ち、奥歯を噛みしめ歩を進めるゲオルグ王。ぎぃと開いた扉の中は正に空っぽ。眼前に映るただの石畳。家具一つに至るまでが全て消え去っていたのだ。
そこでゲオルグ王は初めて知る。自分が手を出した存在の大きさを。自分の力は全て借り物だったという事を。そして、自らの欲が招いた結果を。
聞こえる足音。足早に、慌てふためくような荒い足音。
「ゲオルグ王っ!!」
目を点にしたゲオルグ王が聞いた言葉とは――。
◇◆◇ ◆◇◆
「漁夫の利もいいところでしょう」
そこは、ミナジリ共和国ではなかった。
ミケラルドが呆れながら言葉を吐いたのは、かつての主。
転移してくるのは多くの兵。更に冒険者も多くいた。
ここはリーガル国、ギュスターブ辺境伯領。
「証人は揃い、世界に仇なす背信棄義の輩を討つ準備は整った。ご助力感謝致す、ミケラルド殿」
「まぁ、確かに。貴方にはそれをするだけの理由はある……ブライアン殿」
そう、ミケラルドの前にいたのは、リーガル国の王――【ブライアン・フォン・リーガル】。リプトゥア国に復讐を誓い、これまでずっと苦痛と苦渋に耐えてきた男。
「陛下、全部隊揃いました」
ギュスターブ辺境伯が騎乗しながらブライアン王に伝える。
「正に電光石火ですねぇ」
肩を竦めるミケラルドに、ブライアン王がニヤリと笑う。
「ならば代わるか?」
「ご冗談を。代わると言っても代わる気ないじゃないですか、そのお顔」
「ふふふふ、後程サマリア公爵から食料も届こう。向こう半年は安心せい」
「ふっかけすぎましたかね?」
「問題ない、彼らの紹介もあったしな」
ブライアン王がちらりと見るのは、先の戦争でミナジリ共和国に協力した二人。剣神イヅナと剣鬼オベイルだった。
「……ご武運を」
「帰ったら、話がある。ローディ殿と、余、それとミックでな」
「わかりました」
「出陣!」
リーガル国軍が目指すは、敵国の首都リプトゥア。
ブライアン王はゲオルグ王を追うようにリプトゥア国に侵入した。
この情報がリプトゥア国に届いた時、ゲオルグ王は王城の尖塔にいた。
◇◆◇ ◆◇◆
「ゲオルグ王っ!!」
「……何だ?」
「物見から連絡が! リーガル国が! リーガル国が攻めてきます!!」
歯をギリと鳴らしたゲオルグ王。
「くっ! き、騎士団長を呼べ! 騎士団を再編して立て直すのだ!」
「そ、それが先程から探しているのですが騎士団長のお姿が……」
「何っ!?」
「それどころかほとんどの騎士の方の姿が」
「いないと言うのか!?」
「は、はっ!」
瞬間、ゲオルグ王の怒りは尖塔の内壁に向けられた。
石を砕き、怒りを露わにするゲオルグ王。すると、配下が気付く。
「へ、陛下……お首に何かが……?」
その一言で気付いたゲオルグ王は、自身の首元に手をやる。
光の反射により徐々に姿を表したソレは、どこかで見た覚えのあるマジックスクロール。
わなわなと震えるゲオルグ王の魔力に反応し、マジックスクロールが起動する。
『お、ようやく気付きましたか』
「この声は――っ!?」
マジックスクロールには、やはり【テレフォン】の魔法が付与されていた。
『先日戦争していたゴミですよ』
(ミケラルドっ!!)
声の主は確かにミナジリ共和国の元首であるミケラルドだった。
だが、その雰囲気はこれまでと打って変わったものだった。
『あなたがトンネルから出た時、貼っておいたんですよ。これ』
(馬鹿な? そんな気配――!?)
『あの戦争で本気を出したのはあの時くらいでした。SS相当の実力者に気付かれずにこれを貼り付けるなんて中々できませんからね。ま、出来ましたけど。あぁそうだ。あなたに技術を渡すつもりは一切ないので、このマジックスクロールはもうすぐ消滅します。ですが、これだけは伝えておきたくて。……これでハッキリわかったろう? お前は自分で何をしたか。間もなくリーガル国がリプトゥアに着く。理由も大義名分も揃ってる。口を出す国もいないだろう。お前の慌てふためく姿を見られなくて残念だ。あぁそうそう、この後の事は気にするな。ブライアン王の統治は確かだ。どこの誰かと違ってな。さぁ、もうすぐお別れの時間だ。最後に一つだけ。お前はウチの国民に手を出し、ウチの国民を危険に追いやった。その報いは受けなければならない。はははは、ゲオルグ王、お前は俺をゴミと呼んだが、そのゴミに負けるお前は一体何だ? あぁ、答えなくていい。それを決めるのは俺でも、勿論お前でもないんだからな……』
ゲオルグ王の手から滑り落ちるように塵と化すマジックスクロール。
やがて聞こえてくる。怒号の声。
それは、リプトゥア城の外から聞こえてくるものだった。
「ゲオルグ王を出せ!」
「ゲオルグを許すな!」
「国を滅茶苦茶にしやがってっ!」
「ゲオルグを殺せ!」
「そうだ殺せ!」
怒れる民の声は尖塔の先まで届いた。
慌てて逃げ始める配下を前に、ゲオルグ王は遂に王ではなくなった。
ゲオルグは膝から崩れ落ち、無数の民が城内に進入し、尖塔を駆け上る音を聞いていた。ゲオルグには、最早何も残っていなかった。
そう、目の前に映る空部屋のように。
次回:「その347 残った謎」




