◆その338 ミケラルドの怒り
あっという間にエメリーを庇うようにサブロウの前に立ったミケラルドが、サブロウに鋭い視線を向ける。
「酷い事するじゃないですか」
「ふん、見てわからぬか? 幾分か手心を加えておる」
それを聞き、ミケラルドは横目に映る勇者エメリーの無残な姿を今一度見る。
顔は変形し、手や腕は歪に曲がり、全身に無数の切傷。
目を背けたくなるような事実が眼下に広がり、それを振り払いながらサブロウに視線を戻す。
(酷い……が、まだ死んでいない。だからこその不可解。闇ギルドが勇者にここまでする理由は何だ? 戦時下にあってこれだけ手間暇かけてるんだ。殺そうと思えばいつでも出来たはず。だが、それをしなかった理由は一体? ……いや、答えを出すのは後だ。今は目の前のサブロウに対処する事だけを考えろ)
「おぉ怖い怖い。何という目だ。がしかし、お主が勇者に肩入れしている事は間違いではなさそうじゃのう」
「目的は何だ?」
「お得意の催眠術でも使って聞き出せばよかろう。まぁ、ワシはここで消えさせてもらうがの」
「出来ると思っているのか?」
ミケラルドの魔力が静かに、しかし確かに膨れ上がる。
その魔力が気付けとなったか、剣聖レミリアが目を覚ます。
「ミ、ミケラルドさん……」
「動けますか?」
「は、はい……!」
よろよろと立ち上がるレミリアが、ゆっくりとエメリーに下まで歩く。
「出来ればエメリーさんを連れてオードの町へ」
悔しそうな表情をしながら、レミリアがエメリーを担ぐ。
持っていたテレポートポイントを使い、消えて行く二人を見て目を丸くするサブロウ。
「転移魔法……やはり法王国であげられた情報は正しかったか。ぬかったわ」
「エメリーさんを痛めつける前に探しておけばよかったと?」
「ちと急ぎじゃったが、余裕はあったからのう」
「だが、今はない」
言い切ったミケラルドの言葉は正しかった。
事実、サブロウはミケラルドの【威嚇】によって拘束されていたと言っても過言ではない。
(絶対強者が使う【威嚇】がここまでとはのう。気を抜けば腰すら抜かしてしまうじゃろうに。まったく、こんな化け物がいるならばワシもそろそろ引退かのう……)
ミケラルドがこれ以上の情報収集は難しいと見た時、攻撃に移ろうとした。
だが、超高速で迫る魔力がそれをさせなかった。
「っ! くっ!」
咄嗟に腕を交差させ、防御の姿勢をとったミケラルド。
大地が抉れ、土煙が舞い上がる。それを機と見たサブロウが後方へと駆け始める。
「逃がすかっ!」
ミケラルドが動くも、新たに飛んで来た魔力弾がそれをさせなかった。
「くそ、どこからっ!?」
「ワハハハハハハッ! ワシが消えると言ったら手段があるという事じゃ! 覚えとくんじゃな! 化け物めっ!」
土煙の隙間から、豆粒のように見えていたサブロウが、姿と魔力を消す。
追跡を断念するしかなかったミケラルドは、腕を振り払って土煙を吹き飛ばす。
サブロウが逃走を終えた瞬間、ミケラルドへの攻撃も止んだからだ。
ミケラルドが周囲を見渡すも、それを見つける事は出来なかった。
(【探知】に反応しないって事は地下か上空か。だが何だ? リィたんに近づく強い反応がある。リィたんも気付いてるはず。これは一体?)
ミケラルドを狙ったのではない、明らかに別の反応。警戒こそするものの、当該人物を見つけられない。
すんと鼻息を吐いたミケラルドが、肩を落とし騎士団の下へ戻ろうとした瞬間、それはまたやって来た。
「どーん♪」
かつてない勢いで向かってくる魔力。
背に迫るソレは、いかにミケラルドと言えどただでは済まない威力を有していた。
だが、ミケラルドはこれを予期していた。
即座に振り返り、ソレを蹴り上がると共に、魔法の使用者を特定したのだ。
睨むべき敵は空にいた。
不敵な笑みをし、眼下のミケラルドを見下すように見るのは、かつて会った男。
「出たな、ガキんちょ……!」
上空からゆっくりと降下して来る男の名は【パーシバル】。
冒険者ギルドを離れ、闇ギルドに渡ると予想されていた男である。
剣神イヅナと同じくSSSの称号を持つ、若き鋭才。
「あれれ? 気付かれちゃったかー」
無邪気な笑みに染められた表情は、奇襲が失敗したところで変わる事はない。
「降りて来いよ」
「久しぶりだね、ミケラルドさん♪」
「降りて来いって」
「この魔法凄いでしょ? 【エアリアルフェザー】っていうんだ」
「なぁ、降りて来いよパーシバル」
「で、さっきのがアサルトマジックっていってね。魔法じゃなく魔力だけで撃てるロングレンジの技術なんだ♪」
「仕方ない、じゃあおじさんがそっちに行こう……」
「っ!?」
一向に会話が成立しなかった二人だったが、パーシバルの口を閉じさせたのはミケラルドだった。そう、ミケラルドは怒っていた。
大事な仲間であるエメリーとレミリアが傷つき、重傷である。
そうしたはずのサブロウは逃げ、それを手伝ったのがパーシバル。戦争に死は付き物だが、ミケラルドは今回の戦争で身内を失う予定はなかった。だからこそ、サブロウに怒り、死に瀕するまで追い込まれたエメリーに申し訳がなく、何より自分の浅はかさに怒っていたのだ。
大地が軋み、ミケラルドが立っていた一帯が宙に浮かぶ。
不愉快そうな顔を見せたパーシバルは、向かい合ったミケラルドを睨みながら言った。
「凄いね、【サイコキネシス】で地面ごと浮かぶなんて」
「闇ギルドに入って知らなかったんだろ。最近大流行してるんだよ、この技」
「頭だけは相変わらずハッピーみたいだね」
「何故サブロウを逃がした? 実力を考えればお前が足止めを買って出る程じゃないだろう?」
「あのお爺ちゃんは何だかんだでギルドに長いらしくてね。加減や調整が上手くて重宝されてるんだよ。あそこの拳神とかだと、何でもかんでも壊しちゃうらしいし」
「なるほどね」
「それに……僕が足止めなんかするはずないだろう?」
パーシバルがニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべた瞬間、ミケラルドの後方で轟音が響いた。
「援軍は僕だけじゃない」
全ての種明かしをするかのように言うパーシバル。
要塞の壁を突き破り土煙があがる。
中から出て来たのは……ミナジリ共和国最強の矛――リィたんだった。
(リィたんが、吹き飛ばされた!?)
血の交じった唾を吐いたリィたんが見据えるは……新たなる強者。
次回:「◆その339 詰めの一手」
 




