◆その335 闇人
ミケラルドがゲオルグ王に種明かしをしている頃。
「お前たち、死にたくなければ下がっていろ」
それは、振り返ったリィたんが騎士団にかけた言葉だった。だが、騎士団も知っている。ゲオルグ王の怖さを。それでも目の前にいる水龍は抗い難い存在。答えが出ずにおろおろとする騎士たち。だからこそ最初に戦線離脱を決めたのは――、
「「ヒヒーンッ!!」」
騎士団が跨る馬だった。暴れ馬の如く主を落とし、より安全な方へと散って行く。安全な場所とは即ち、要塞側。
「ふっ、彼らの方が自分に正直なようだ」
すぐに体勢を立て直し、剣を構える騎士たちの前に、五人の勇士が立つ。
「ボンに手柄をとられてしまったな」
「俺と爺で二千ずつやりゃいいだろ」
「出来るだけ生かせという依頼だ」
「……じゃあ千五百ずつだ」
右を向けば、軽口を言い合う剣神イヅナと剣鬼オベイル。
「腕の一本や二本、覚悟してからいらしてください」
「ごめんなさい。でも、これが私の決めた道です!」
左を向けば、強き意思とそれに見合う剣気を放つ剣聖レミリアと、勇者の剣を構える勇者エメリー。
そして……、
「リ、リザードマン……!」
黙したリザードマン、勇者殺しのジェイルが静かに剣を構える。
騎士団長は歯を食いしばり、震え、しかし言うしかなかった。
「と、突撃ぃいいっ!!」
「「うぉおおおおおおおおおおっ!!」」
それは最早訓練で染み込んだ条件反射とも言えた。
それを利用し、信じなければ前に進めないという事態。
リィたんがくすりと笑って彼らを迎える。
「ふっ、忠誠心では向かえないか。さて、もういいだろう、ミック?」
『うん、戻って大丈夫だよ』
当然、六人にもミケラルドと繋がる【テレフォン】が持たされている。
だからこそ彼らは、ミケラルドとゲオルグ王の会話が終わった後、怒りを露わにしていたのだ。
リィたんはミケラルドの許可をもらうと、また人間の姿へと戻った。
「あの姿だと殺してしまうからな」
『お手数おかけします』
「なあに、援護は任せたぞ」
『お任せを!』
直後、六人へミケラルドから指示が飛ぶ。
『『迎え撃てっ!』』
「「おうっ!」」
まずは意気揚々とオベイルが走った。
跳び上がり、着地すると共に鬼剣を発動。
「鬼剣、穿岳!」
地面に叩き込んだ一撃は大地を穿ち、その衝撃破が騎士団へ向かう。穿った分の衝撃が大地から突き上がり、騎士たちを吹き飛ばす。
「「ぐぁあああああああ!?」」
「竜剣、咆哮っ!」
続きジェイルが重き斬撃を飛ばす。
それは騎士の武器へと向かい、一瞬で切り裂く。
「……嘘だろ?」
「聖剣、千雷!」
次に放ったのは剣聖の無数の斬撃。
一撃の威力こそ低いものの、格下の騎士にとってはそれでも脅威的な威力だった。
「ぐぁっ!?」
「勇剣、閃弾!」
勇者エメリーが放ったのは、剣の切っ先に集めた極少量の光魔法。
百にも及ぶ高速の突きは十数の騎士を倒していく。
「ぐぅううっ! ゆ、勇者殿!? くそ、本気か!」
「ほっほっほっほ」
静かにまるで剣の内すら見せようとしないかのような剣神イヅナ。
するりと騎士団の中に入り、的確に騎士たちを気絶に追い込んでいく。
「爺、適当過ぎんだろ!」
「いんやぁ?」
オベイルがイヅナの怠慢に憤りを見せるも、イヅナは突き立てられた剣の上に立ち、リプトゥア軍を遠目に見る。細められた目の先にいたのは、三人の闇人。
「……ここからのようだな」
「あぁ!? どういう意味だよ!?」
「鬼っ子、死ぬなよ」
「っ!」
イヅナのその一言だけでオベイルは理解した。
イヅナは手を抜いていたのではない。これから迫る脅威のため、力を温存していたに過ぎないのだ。
「リィたん殿、ここは任せても?」
「助けがいれば呼べ」
「ほっほっほっほ!」
同時にイヅナが騎士団から離れる。
そして、離れると同時、迫っていた闇人が一人イヅナへと向かう。
対峙するは、剣神イヅナと一人の老婆。
「久しぶりじゃないかぃ? イヅナちゃん」
「【ナガレ】か。かれこれ三十年ぶりか」
イヅナに【ナガレ】と呼ばれた老婆は、武器を持たず、ミケラルドのように手甲と脛当てのみを装備した、戦争には似付かわしくない軽装と言えた。
「相変わらず剣のみ。昔のままだねぇ」
皺こそ多いが、背筋は伸び、年齢を感じさせない姿勢。
剣神を前に緊張の見えない五体。それだけでナガレの実力を理解したイヅナ。
「腕を上げたな。まさか闇人になったとは思わなんだ」
「そっちのが動きやすいんだよ。カッとなって殺してもこっちなら融通が利くからねぇ」
薄気味悪い笑みを浮かべるナガレをイヅナが睨む。
「冒険者としての矜持は捨て去ったという訳だな」
「アタシにそんなものがあると本気で思ってるのかぃ?」
「では遠慮なく斬らせてもらおう」
腰を落とすイヅナ。
「アンタと違って昔のままのアタシじゃない。【拳神ナガレ】の実力、その身に刻みな……イヅナちゃん」
言いながら腰を落とすナガレ。
時を同じくして、剣鬼オベイルに巨大な拳が振りかぶられていた。
「うぉっ!?」
辛うじて受けたオベイルが宙を飛び、何とか着地する。
騎士団の中から分断されたオベイルは、その男を睨む。
「デカいな。俺が見上げるなんざ、アーダインのおっさんくらいかと思ってたんだが、何者だ?」
長い手足と隆起した筋肉。スキンヘッドの頭と獣のような瞳。
「……名はない。人は私を【拳鬼】と呼ぶ」
「なるほど、闇人か。……その図体でか?」
オベイルが煽るも、拳鬼の表情は些かも揺るがなかった。
構えた拳鬼を睨むオベイル。
(強ぇな……)
大剣を担ぎ、腰を落としたオベイルが呟く。
「面白れぇ、来いよ……!」
次回:「◆その336 冒険者たち」




