その320 警告
『久しいな、ミック』
【テレフォン】越しの声の主は、かつての主であるリーガル国の王。ブライアン・フォン・リーガルの開口は、非常に落ち着いたものだった。それはまるで、俺を気遣っているかのようだった。
『お久しぶりです、ブライアン殿』
『……どうやらそこまで慌ててはいないようだな』
『お気遣い痛み入ります』
『では早速だが本題だ』
『お伺いします』
『先程ギルド通信を介して、リプトゥア国のゲオルグ王から要請があった。主な内容は二つ。ミナジリ共和国への侵攻に伴い、リーガル国の南部が戦地となる故、ギュスターブ辺境伯領へ足を踏み入れるという事。勇者奪還という名目、相手が魔族国家という理由も相まって、我がリーガル国はこれを拒否する事は出来なかった』
当然、人間が住むどの国も魔族との交友を明らかにしていない。
現状ブライアン王がこれを断る事は出来ないし、しては世界的に問題である。
『もう一つは?』
『無論、戦争への参加要請だ』
『ブライアン殿とは矛を交えたくはないですねぇ』
『馬鹿、無論そんな事は断ってやったわ』
『っ! それは、ブライアン殿の立場を悪くされるのではありませんか?』
『ところがそうはならない』
『へ?』
『忘れたのか? 我らには相互不可侵条約が締結されている』
『あ……』
【ふむ、まぁよい。早速だが書面上の手続きだ。これのこことここにサインしろ】
――何という事務的な国の譲渡。
――そして、契約書の書面には不可侵条約も記載されている。
――相変わらず抜け目のない人だ。
『条約の更新までは手が出せぬ旨説明したところ、ゲオルグめ黙りおった』
きっと【テレフォン】用のマイクの前で、したり顔をしてるんだろうな、ブライアン王は。少なからずリプトゥア国に仕返しするチャンスだ。的確にジャブを放ってるな。
『しかし、それで終わらないのがリプトゥア国でしょう?』
『無論、後方支援という名目で戦争には関わる事になっている。物資や食料、金銭がこれに該当する』
『やはりそうですか』
『輸送任務に就いたのは我がリーガル国が信頼する王商ドマーク』
『ん?』
『明朝五時にリーガル国を発つ予定だ』
『……ん?』
『どうしたミック?』
心無しかブライアン王の声が笑っているように聞こえる。
『……襲撃しろと?』
『怪我人は出すなよ』
なるほど、ブライアン王は心からリプトゥア国を嫌っているようだ。
つまりブライアン王は、後方支援するリーガル国の物資を、俺たちにかっさらえと言っているのだ。
『相互不可侵条約がどうとか仰っていたような?』
『それはあくまで軍の話だ。ミナジリ共和国には強力な個がいると聞いたが?』
『……情報感謝致します。こちらの大使館についてはいかがしましょう?』
『ギュスターブ子爵には高々と国旗を掲げる旨説明してある。ないとは思うが、万が一の場合は保護を頼みたい』
『かしこまりました』
『ミック』
『はい』
『注意しろ。リィたんの存在を知って尚、ゲオルグ王が戦争を仕掛けるという状況だ。あやつは何の勝算もなく戦争を仕掛けたりはせぬぞ』
『……はい』
『各国から冒険者も集まっている状況と聞く。努々、注意を怠るなよ』
『ありがとうございます』
リーガル国としても重要なポイント。
ミナジリ共和国が墜ちれば、それは同時にリプトゥア国がミナジリの地に足掛かりを掴むという事。リーガル国は勿論、シェルフにまで被害が及ぶ可能性がある。これ以上リプトゥア国を強大にさせないため、俺たちがここで食い止めるしかないのだ。
俺はその後、シェルフの族長ローディと情報を共有し、ラジーンにドマーク商会の積荷を奪取するよう指示を出した。
周囲の準備が着々と進む中、俺は屋敷の研究室でうんうんと唸っていた。
「うーん、多分これでいいと思うんだけど上手くいったかどうかは実際の効果を見るまでわからないなぁ。ん~……あ、そうだ。アイツがいたな」
俺は早速転移をした。
行先はそう、リプトゥア国。
リプトゥア国の首都リプトゥアにあるミケラルド商店候補地である俺の家。転移した場所にこそ人はいなかったものの、外ではこの家を見張る警備がいた。とは言っても、警備はたったの二人。家の扉の前に立っているだけだ。そそくさと血を吸って、仕事を続けてもらうだけである。
俺は【チェンジ】を使って姿を変え、リプトゥアの裏路地へ向かう。
そこにある小さな雑貨屋。値札には相場を無視した高額な商品ばかり。
店に入り、店員が鋭い目つきで俺を見る。
「私ですよ」
「……これはミケラルド様」
そう、店員の男は俺がかつて血を吸った者の一人。
これから会いに行く男の部下である。
店の奥にある隠し通路を使い、更に地下へ進み先へ行く事数分。
「いらっしゃいませ、ミケラルド様」
「久しぶりだな、コバック」
そう、その人間の名は闇奴隷商のコバック。
かつてダイモンの娘コリンや、ダイルレックスのドゥムガを奴隷にしていたリプトゥア国の闇の一つである。
「何やら大変な時期だとか」
「ここへは?」
「探りにすら来ませんな」
「それはよかった」
「本日はどのようなご用件で?」
コバックの質問に、俺は一つ間を空けてから答える。
「……奴隷を都合してもらいたい」
次回:「その321 奴隷の王の再来」




