その280 配達日和
「朝だ! 太陽だ! 配達だぁ!」
「おはようございます、ミケラルド様」
……そうだった。シュバイツしかいないんだった。
ナタリーがいれば、「はいはい、さっさとご飯食べて行ってらっしゃい」とか言ってくれるのだが、相手がシュバイツだとそうもいかない。
「昨日はイヅナ殿と戦い、勝利なされたとの事。コリンが焼き立てのパンを用意して待っていますよ」
「おぉ! コリンのパン!」
◇◆◇ ◆◇◆
「シュッツ、ナニコレ?」
「……パンでございますね」
食堂に着くなり、俺とシュバイツは小声で話していた。
「まず、黒いよね? それと焦げ臭い。パンって大体茶色だったと思うんだけど、その部分すら見えないよね? どうしたの? ミナジリ共和国に炎龍でも来たの?」
「……あちらをご覧ください」
シュバイツの視線の先には、きらきらと顔を輝かせるコリンの姿が見える。
「後程叱責を受ける覚悟ではございます。が、あの笑顔を向けられて失敗とは言えませんでした。申し訳ございません」
「……でも黒いよ?」
「笑顔で薄めれば、何とか」
「黒は白で薄めても茶色にはならないんだけど?」
「そうだ、いいアイディアが」
「聞こう」
「主としてコリンに注意を」
完全に逃げたな。
「シュッツの役目では?」
「後程叱責を受ける覚悟ではございます。が、あの笑顔を向けられて失敗とは言えませんでした。申し訳ございません」
話し終えたNPCみたいに振り出しに戻ったぞ?
「あ、お兄ちゃん! バターもあるよ!」
「コリン、ミケラルド様とお呼びなさい。それと、「バターもございます」ですよ?」
「は、はい!」
そこは注意するのかよ。
が、確かにコリンの努力の結晶を無下には出来ない。
口の中に闇空間を作って食べないという手もあるが……、
「へへへ、失敗しちゃった」
シュバイツの言う通り、あの笑顔を向けられて失敗とは言えん。
「……てぃ!」
「「おぉ!」」
シュバイツ含む、屋敷の者たちの称賛ともとれる感嘆の声があがる。
一口で一気に焦げパンを頬張り、口の中でジャリジャリ音を響かせ、強引に嚥下する。
「ミ、ミケラルド様……どう?」
俺は今一度シュバイツを見る。
シュバイツはまるで「まだ仕事が残っています」と言わんばかりに頷いて見せた。
「美味しかったよ」
「「おぉっ!」」
まぁ、スケルトンの骨粉とかマミーの血を舐めた俺にとっちゃ、それ程苦でもない。ただ味としてはグリーンワーム亜種の体液とどっこいどっこいである。
「コリン、ジュースを頼めるかな? ピッチャーで」
「はーい!」
早いところこの苦みを口内から消したいところだ。
「はい、ミケラルド様!」
「ありがとう、今後も料理はナタリーやジェイル、エメラさんに沢山習うといいよ」
「うん! 頑張る!」
完璧だ。
一度の失敗を文字通り呑み込み、次なる改善は全て俺の舌を理解している者に託す。これがあれば次回はこれ以下という事にはならないだろう。
微笑むコリンを見ながら、ピッチャーのジュースを全て飲み干すミケラルドだった。
◇◆◇ ◆◇◆
ミナジリ共和国のミケラルド商店、その応接室でくつろぎながら俺は腹をさする。
「うぅ……腹がタプンタプンだ……」
「ごめんなさい、ミケラルドさん。私が厨房にいれば」
「あいや、エメラさんが謝る事じゃないですよ」
「今朝は売上計算が大変だったのですよ」
謝罪するエメラをフォローするようにカミナが言う。
「あー、そんな時期だったね。どう? 収支に誤差はあった?」
「ふふふ、完璧でした」
カミナはエメラと見合った後、ニカリと笑って俺に言った。
「おー、流石二人とも優秀ですね」
そんな雑談の後、俺たちは転移をした。
エメラとカミナと共に歩く町中。ここはリプトゥア国の首都リプトゥア。
人妻と美女。まぁエメラも美人なのだが、二人を侍らせて歩きたい訳ではない。いや、ないと言えば嘘になるが今回は違うのだ。そう、この三人でリプトゥアに来たのには理由がある。俺の配達は勿論だが、今回はこの三人でリプトゥア視察に来ているのだ。
「うーん、やっぱり嫌な雰囲気ですね、リプトゥア……」
カミナがこう言うのも無理はない。
中央市場は賑わってこそいるが、店頭で働くのは奴隷ばかり。
いつも通り平静を装ってはいるが、他国の経験がないエメラにとっては衝撃的な光景だろう。
「どうでしょう、この国の需要って何だと思います?」
「雇用ですね」
間髪容れずエメラが言った。
ついに商品じゃないものまで需要に入ってきたな。
「売れますかね?」
「売りましょう。考えはあります」
いつになくエメラが強気である。
「カミナ、アレ出して」
「あぁ、これ?」
闇空間からカミナが取り出したのは、分厚い本。
「分厚っ! それ高かったのでは?」
「経費で買いました」
「あ、はい」
まぁ、エメラが買うものに間違いないしな。
そもそも、エメラが買うと決めたのなら、後々数字に変換出来る買い物なのだ。
間違いなどあろうはずもない。
「で、これは?」
「書いてあるじゃないですか、そこに」
本の表紙を指さすエメラ。俺はひっくり返してそれを見る。
「これ、リプトゥア国の法律とか書かれてません?」
「「正解です!」」
美女二人には何やら考えがあるようだ。
ただ、これだけは言える。
それはきっと、リプトゥア国の法の抜け穴を通る考えだ。
次回:「その281 リプトゥア国の法」




