その259 新教官
2020/6/8 本日1話目の投稿です。ご注意ください。
◇◆◇ サッチの場合 ◆◇◆
おう、こいつは驚いた。
まさかスポンサー直々のお出ましとはな。
ミケラルド・オード・ミナジリ……またの名をミケラルド・ヴァンプ・ワラキエル。
ヤツは魔族四天王の一人、スパニッシュ・ヴァンプ・ワラキエルの一人息子だっていうから尚驚きだ。
とまぁ、驚いたのは遥か昔の話。
今はすっかりヤツの剽軽な性格にも慣れたものだが、いかんせんこの授業前に来るとは思わなかった。
「あ、サッチさん、こちらメアリィ殿です」
「エルフの新入生はここじゃ珍しくないんだが、流石にエルフの子供は初めてだな。……ん? メアリィ殿?」
仮にもミケラルドは元首だ。そんな地位にいる者が相手に対しそれだけの敬意を払うという事は……?
「もしかして例の大使ってやつか?」
するとミケラルドは小さく頷いた。
なるほど、政治が絡んでるって顔じゃねぇな。
つまりはこの嬢ちゃんの意思。なら、こちらが気にするのはヤボってもんだ。
「サッチだ、ここの教官を務めている。よろしくなメアリィ」
そんな俺の応対に、ミケラルドは親指を立てながらニヤけた。
まったく、相変わらず締まりのない表情をしている。
ヤツが全力を出せば、ここら一帯が一瞬で廃墟になるとは思えない程には、締まりのない表情だ。
ま、アレを見たらその顔も変わるだろうよ。
俺がそいつに目をやると、ミケラルドも俺の視線を追った。
新兵に似た目をした冒険者のヒヨッコたち。
人間、エルフ、ドワーフまで数人いるこの状況下、メアリィ以上に異様な存在。
それこそが、ガッチガチに緊張しながらも誰よりも強い瞳を宿す一人の少女。
ドゥムガの親分であり、クロードとエメラの娘。
「ナタリー……ちゃん?」
そんなメアリィの声が聞こえた。
顔見知りという程度ではあるんだろうが、この反応は違う。
何より、新入生の中にいるエルフたちが一番驚いているだろう。
このミナジリ共和国には多くの異種族が存在する。
やがて、異種族間で多くの夫婦が誕生する事になるだろう。
誰もがそう思っているはずだ。
だが、先んじてそんな存在がいるのだ。驚かないはずがない。
「ハーフエルフ……だったんだ……」
なるほど、流石シェルフの大使に任命されるだけはある。
いち早く驚きから回復し、誰よりも好奇の視線を向けたのがメアリィだった。
エルフたちの困惑が、シェルフ代表の笑みによって緩和されていく。
さて、ミケラルドのヤツは……って、何してんだアイツ?
腕で顔を覆って……もしかしてアイツは泣いてるのか?
「くぅ~~~~っ……!」
確かに泣いてるな。
そうか、ヤツは知っていたのか。
最近ナタリーが自分を鍛えているという事に。
そして、今日この場でナタリーという存在がハーフエルフであると広めるのを。
はっ、まるで父親か兄か、それとも弟か。
なんたってミナジリ共和国だ。創設メンバーの晴れ舞台なんだからヤツが嬉しくないはずがないんだ。
「ち~~ん!」
鼻水垂らす程かよ。
ミケラルドは何度も頷きながら目元を拭い、鼻を拭い、また頷いていた。
「よ、よろしくお願いします!」
さぁ、ドゥムガ曰く鬼教官。
そんなナタリー相手の最初の講義だ。
こちらも負けないように頑張らなくちゃな。
なんたって、こっちにも娘の聖騎士学校の学費がかかっている。
これはビジネス。プロフェッショナルに対応しなくてはいけない。
「おう、改めてサッチだ。よろしくな」
「はい!」
新人アドバイザー業務開始の時刻までそう遠くない。
だが、冒険者ギルド内の一室であるこの教室に駆け込む冒険者の多い事多い事。
ん? …………何か変なのが入って来たな?
でかい。とりあえずでかい。
体躯だけは一人前だ。それに、動きからしてもそう弱くはない。
何かに似ている? これは獣か?
そうに違いない。俺の見立てではこれは獣だ。おそらく人間じゃないだろう。
「あれ、クマさんも来たの?」
ほら、ミケラルドのヤツもクマって言っている。
「クマじゃねぇよ! マックスだよ!」
マックス、それがクマの名前らしい。
「そう言ったじゃん」
「俺の耳にはそう届いてねぇよ!」
「ミナジリ共和国の言語は特殊だから」
「そんなんで騙されるか!」
「何? シェンドの警護やめて冒険者デビューするの?」
「サマリア公爵様からのご依頼だよ。研修だ研修」
「堂々と技術を盗みに来たのか」
「おうよ! 冒険者ギルドは自由なんだろ? そこと提携してるなら誰が教わっても自由だっ! ハハハハハハハッ!!」
何ともふてぇ野郎だな、クマめ。
「って、サマリア公爵様が言ってたんだ」
何ともふてぇ公爵もいたもんだな。
溜め息を吐くミケラルドの気持ちが少しはわかるものだが、確かにサマリア公爵の言う通りだ。
ミケラルドはここに冒険者を呼ぶため、人を呼ぶためにこの事業を始めた。
ならば、隣国の視察なんて当たり前の事だ。
あぁやって溜め息こそ吐いているものの、ミケラルドだってわかってたはずだ。
「ま、頑張って成長してくれ」
「おう!」
ミケラルドはマックスの肩にポンと手を置いた後、端の席からそんなミケラルドをチラチラと見ているナタリーに親指を立ててみせた。
さぁ、そろそろ時間だ。
二日空いてしまったので、本日は2~3話更新するつもりです。
次回:「その260 新人教育」




