その252 剣聖と剣神
◇◆◇ レミリアの場合 ◆◇◆
「くっ!」
左肩から流れる私の血。
その切傷こそ剣によるものだとわかるものの、動きが全く見えなかった。
悠然と佇む姿は正に剣の頂。
剣聖と謳われた私が一歩も動かす事が出来ない。
剣神イヅナ、彼の剣筋は本当に生きているかのよう。
「……ふむ。軸足に頼り過ぎてるな。力自慢じゃないのだ。それ程の剣、なぞれば斬れるものだ。もそっと力を抜いてみなさい」
「は、はい! では今一度!」
「いつでも」
真っ直ぐ走り、下段からの斬り上げ。
「迷いのない良い太刀筋だ」
まただ。私の剣はまるで空を斬ったように彼の身体をすり抜けた。
「ならこれは、どう!?」
剣撃の勢いを利用し、低い位置からの足払い。
だがそこには――っ!?
「くっ!?」
ピタリと止まる足。
止めたのはイヅナ殿ではない。この私。
蹴り足の前に立てられた刃先。そう、イヅナ殿は、いつの間にか大地に剣を刺していた。
「そこ、危ないぞ」
「嘘っ!?」
足払いの体勢を支えていた腕。その腕を置かれた地面が弾ける。
「ぐぅ……!」
「面白いだろう、今度使ってみるといい」
彼は大地に剣を刺し、私の足払いを止めたのではない。
それはイヅナ殿による、まぎれもない攻撃だったのだ。
「と、遠当て……!」
「ただの手品だ」
大地を弾けさせて何が手品か。
「聖剣、光翼!」
「怖いな。裏に何が隠れてる?」
「なっ!? 裏光の一撃を読んだ!?」
「ほらあった」
一撃目の真後ろに隠れた更なる遠距離攻撃。
彼はそれすらも読んで一撃目を上段から撃ち落とし、二撃目を下段からかち上げた。
「聖剣、閃光!」
「それをやるならまずは風を隠すべきだな」
この光の中、動きを追ったっていうのっ?
直後、彼は私の眼前に顔を見せた。そして、絡めとるように腕を取り、私の重心を一瞬にして奪ったのだ。
「レミリアさん、軸足。これで二回目だ」
「あ、ありがとうございました……」
◇◆◇ ◆◇◆
強い。
どうしようもない程に強い。
剣の頂――剣神イヅナ。
私のこれまでを全てを否定するかのような圧倒的強者。
やはり軸足なのだろうか。彼のアドバイスが間違っているとは思えないが、それで彼に届くのだろうか。
…………わからない。やはり実力がある程度見える相手に挑んでみるべき……か。
「あん? ジェイルならいねぇよ」
「何故だ、ドゥムガ?」
「なんでもリプトゥアのダンジョンに潜って来るみてぇだぞ」
「なっ! あそこは危険だぞ! ランクSの冒険者でさえパーティを組む!」
「その程度なら訳ねぇだろ、ジェイルなら」
「いやしかし、彼の実力では……」
「はっ、ジェイルの何を知ってるのか知らねぇが、アイツは生ける伝説だ。俺たちとの訓練なんざ実力の半分も出してねぇよ。ま、認めたかねぇがな」
「まさか……彼がそれ程の実力者だったとは……」
「現に一週間攻撃当てられなかったじゃねぇか」
「ミケラルド殿の師だという事は知っている。しかし、既にミケラルド殿の方が強いのかと……」
「ん~……まぁ、もうそうかもしれねぇな」
ドゥムガのこの言い方。
普段見せないジェイル殿の本気の剣、一体どれ程のものだろう。
「そういやSSSのイヅナってのが最近ここにやって来ただろ? リプトゥアでガチンコやったって話だぜ?」
馬鹿な、SSSの剣神イヅナと同格っ?
ジェイル殿の潜在能力はそれ程のものだというのか。
「ミケラルドに聞いてみな。ヤツは訓練じゃ実力を見せねぇからな」
一体何なのだ、このミナジリ共和国は……?
◇◆◇ ◆◇◆
「やぁあああ!」
響く剣の音。甲高い音が耳に届く。
両者、凄まじい剣の使い手だとわかる。
けれど、今の掛け声……どこかで聞いたような?
そんな剣の音に釣られ、私はミナジリ邸の裏庭までやって来ていた。
かち合った一合…………あれ?
おかしい。彼女がここにいるはずがない。彼女はここにいちゃいけないはずなのに。
「エメリーよね? 何でこんなところにいるの?」
私は平静を装いながら言った。
汗をかいたミケラルド殿と金髪で大人っぽいエメリー殿は見合い、再び私を見た。
「「……チガイマス」」
示し合わせたかのような酷い嘘。
「姿形は誤魔化せても太刀筋はそうもいかないの。その剣はエメリーのものよ」
そう言うと、ミケラルド殿とエメリー殿は観念したかのように剣を納めた。
「……ねぇ、何があったの?」
私の問いはミケラルド殿の制止によって止められた。
手を前に出した彼は、そのまま口元に指を持っていく。
そして、彼は自らの頭をトンと指差したのだ。
『この事は内密に願います、レミリアさん』
届いたのは彼の声ではなく、テレパシーだった。
特殊能力をいくつも持っている人間だとは思っていた。
しかし、過去テレパシーが使えた人間の話など聞いた事がなかった。
『エメリーさん、話せますよ』
『あ、はい! レミリアさん、お久しぶりです!』
彼女の反応に負の感情は見られない。
これは、彼女が合意の上このミナジリ共和国にいるという事に他ならなかった。
『…………ミケラルド殿、詳しくお聞かせ頂きたい』
するとミケラルド殿は、神妙な面持ちで私の問いに答えてくれたのだった。
次回:「その253 新たなる町」




