その225 騎士の首? クビ?
「えぇ……」
ミナジリに帰る直前、俺はガンドフの門で法王国の騎士に止められてしまったのだ。
騎士の一人が俺を発見したという報告をしに行ったのだろう。
そして、もう一人は俺をここで止めている。いや、これは見張っているというのが正しいのだろう。
こんな事なら宿の中か路地裏から転移してしまえばよかった。
まぁでも、安全を期した方がいいからガンドフの外に出ようと思ったんだけどな。
「これ、あなたを振り切って逃げたらどうなるんでしょう?」
「と、特に何の罰則もありません……ただ」
「ただ?」
「私の首が飛びます……」
「それは物理的に? それとも解雇ですかね?」
「後者で済めば……」
それきり気まずい雰囲気になり、俺は観念する他なかった。
「わかりましたよ、待ちます。待ちますよ」
「おぉ! 感謝します!」
そんなやり取りがあり、俺は門の前でいかつい騎士を待つ事にした。
ガンドフの町並みを眺めながら歩くドワーフたちが視界に入る。
ドワーフは初めてなのだが、俺の知っているドワーフとは少し違う印象だ。
何故なら平均身長こそ低いものの、そこまで人間と変わらないからだ。
特徴といえば、肌が浅黒い程度。勿論、中には「いかにも」なドワーフもいるけどな。
十数分待つと、騎士がストラッグを連れやってくる。
「ミケラルド殿、お待たせしました。どうか今一度大使館へ」
是非最初の段階で連れて行って欲しかったものだ。
騎士たちに隠すように溜め息を鼻で吐いた俺は、ストラッグと共に法王国大使館へ向かった。
◇◆◇ ◆◇◆
「ほっ、存外早い再会だったな」
「よ、やっぱりお前も呼ばれたか」
昨晩オベイルと話したゲストルームには、オベイルの他にもう一人の男がいた。
【剣神イヅナ】……まさかこの人まで呼ぶとは思わなかった。
豊かな白眉に隠れた優しくも鋭い目。まるで老齢を偽装するかのような杖。
曲がった腰は本当に曲がっているのか、それともこれも偽装なのか。
まるで、絵本の中から現れた仙人みたいな風貌である。
「イヅナ殿、お初にお目にかかります。ミケラルドと申します」
「うむ、鬼っ子よりかは礼節を弁えておるな」
「へっ、礼節なんてもんは犬でも食えやしねぇんだよ」
「礼儀正しくしていれば飯を恵んでもらえる。そう学ぶ犬もいるという事だ」
「はん、あぁ言えばこう言う爺だ」
「ボン、こっちゃ来て座りな」
「あぁはい、失礼します」
ところで、俺は今後イヅナに「ボン」と呼ばれ続けるのだろうか。
「しかし、SSにSSSまで集め、皇后様は何をお望みなのでしょう?」
「十中八九、ガンドフ滞在中の護衛任務だよ」
「首都で行動起こす可能性すらあるんですか?」
「闇としちゃ望むところだろうな」
ガンドフが混乱に陥れば闇ギルドには都合がいい訳か。
「そうなると、ガンドフ側が今回の件に難癖を付けそうな気がしますが」
「それはない」
俺の言葉をイヅナが否定する。
「というと?」
「勇者の剣を鍛える事は、何よりも優先される。特に、打つのが臣民ともなれば、ガンドフは国を挙げて協力する。現にホレ、聞こえぬか?」
【超聴覚】を発動すると、大使館の外から多くの足音が聞こえた。
掛け声、金属鎧が擦れた音……なるほど。
「ガンドフの近衛隊ってとこだな」
オベイルの推測は間違っていないだろう。
「えぇ、皆優秀な方のようです」
「左様、勇者の剣を鍛える事は、ガンドフにとって最大の栄誉なのだ」
イヅナの言葉に頷いた俺は、次の疑問点をあげた。
「これ、冒険者ギルドへの依頼になるんでしょうか?」
「今確認しとるとこだろう。……む?」
イヅナの片方の眉があがり、ゲストルームの扉が開く。
やってきたのは、法王国騎士団第二部隊隊長のストラッグ、侍女のマイア、そして法王国皇后のアイビス。
皇后が中央の席に腰を下ろし、ストラッグが俺たちの前に丸まった羊皮紙を置く。
ストラッグのアイコンタクトにより、それを開封した俺たちは、中の内容に触れ驚きを露わにする。
「……うまい商売には裏があるってな」
オベイルが羊皮紙を置き、皇后を見る。
「確かに、割が良すぎる仕事は用心すべきだな」
イヅナもまた羊皮紙を置いた。
そう、この二人の言葉はその通りだった。
この三日間、俺とオベイルは輸送隊の警護に就いた。
本来のオリハルコン輸送の護衛任務は、元々法王国白金貨にして百枚の仕事だった。
契約違反により違約金として百枚全額が俺に渡され、尚且つ皇后の警護の任務が別途発生した。成功報酬ではあったが、俺の懐には更に白金貨二百枚が入った。
計三百枚の白金貨をこの三日で稼いだ訳だが、この羊皮紙にはとんでもない事が書いてある。
「日当白金貨三百枚なんて、これまで聞いた事のない額だ。いくら勇者の剣が優先事項だからって、こいつぁおかしいぜ」
「まるで我らを……このガンドフに押しとどめるかのようだ」
オベイルもイヅナも、流石に理解が早いな。
これは確かに異常な報酬だ。更に、警護対象が皇后とガイアスのみなのが気になる。
もしやこれは……?
「受けるのか受けないのか、答えは簡潔に頼む」
皇后からは何も得られないよな。
にしても、俺はともかくこの二人を前にこの胆力。
流石は元聖女、これまできっととんでもない修羅場を潜って来たのだろう。
さて、このギスギスした空気の中喋るのは面倒だが、そうも言ってられないようだな。
「あの」
「あぁ? 何だよっ?」
オベイルさん怖いっす。
「仮定の話なんですけど」
「そんな話は――」
「――いい。ボン、続けなさい」
「……ったくよ」
腕を組んでオベイルが押し黙る。
イヅナは何かに気付いたか? それとも俺の意見を聞きたいだけか。
「もし、このタイミングで魔族が攻めてきたら……」
「あぁ? そんなのぶっ殺すに決まってるじゃねぇか?」
オベイルの意見を聞いた後、俺はイヅナを見る。
するとイヅナも、オベイルと同意見だと言わんばかりに首を縦に振る。
「この場の皇后様を放っておいて?」
「…………何が言いたい?」
オベイルも耳を傾けたか。
「いえ、魔族と闇ギルドが組んでるとしたら、魔族が陽動、闇ギルドが暗殺なんて事も起こりそうだなーと思いまして」
「「っ!!」」
あくまで可能性の話。
だが、この場の空気が明らかに変わったのを、俺は……いや、オベイルもイヅナも見逃さなかった。
情報を漏らしたのは百戦錬磨のアイビス皇后ではない。
その両隣にいた……ストラッグとマイアだ。
「……まったく、同席させるのではなかったな」
すんと鼻息を吐いたアイビス皇后は、静かに落胆の声を零した。
「ではやはり?」
イヅナの言葉に、アイビス皇后が頷く。
「北東より魔族と思われる軍隊が……このガンドフに向かって接近中との情報が入っている」
これは……かつてない戦いになるかもしれない。
次回:「その226 偵察」




