その222 オベイルの条件
「条件は一つ……だが、その前に確認したい事がある。元聖女アイビスはガイアスとの交友があるって事でいいんだよな?」
アイビスが静かに首を縦に振る。
「なら、ガイアスへの仲介を頼みたい。あの爺、俺の剣は後だとか言って造ってくれねぇんだよ」
現在オベイルが持っている剣を見る限り、そこまで悪い剣には見えない。
あれはミスリル素材の剣で何らかの付与が施されている。あれ以上となると、やはりオリハルコン素材の剣になるのだろうか。
鍛治師としては最高の剣より、今はより多くの剣を造りたい時だろう。剣鬼の身の丈に合っているとの判断だろうな。
「よかろう、妾が無事にガンドフへ着いた暁には、ガイアスへの口添えをしよう」
「なら、契約違反はガンドフで報告しよう。それでいいだろう?」
「問題ない」
ふむ、これで二人は合意に至った訳か。
俺がホッとしていると、アイビスが俺に向いた。
「其方の望みはなんだ?」
あ、これ俺にも聞くやつなのか。
がしかし、いきなり要求を言える程、俺も図太くはない。
「いえ、特には……」
「……よかろう、では何か困った時、妾を頼るとよい」
法王国の皇后に貸しとは、俺も出世したもんだな。
そう思いながら、俺は小さな溜め息を吐いた。
そんなこんなで護衛対象不在の旅は、皇后護衛の任務に変わった。
騎士たちは気が楽になったのか、後に俺に色々声を掛けてくれた。
荷馬車の天幕から馬車の屋根の上へ住処を移動した剣の鬼は、相変わらず仏頂面である。
だが、剣の約束を取り付けたからか、どことなく嬉しそうだった。
◇◆◇ ◆◇◆
「荷馬車を置いて行く?」
「あぁ、ロッソの町に着いたからな。護衛対象を馬車に絞ってしまえば、馬の速度も上がる」
ロッソの町に着いた俺は、騎士団が手配した宿で休む前にストラッグの話を聞いていた。
俺の問いにストラッグが答えるも、隣の剣鬼はずっと黙りこくっている。
「それは、皇后様も賛成されたのですか?」
「そうだ」
俺がオベイルをちらりと見ると、ようやく口を開いた。
「依頼人の頼みだ、断る訳にもいかないな」
実にらしくない。
このタイミングで速度を上げた騎士団が移動していれば嫌でも目立つ。
それがわからないオベイルではないはず。だが、彼は今新たな剣に夢中……となれば、俺が止める術はないか。
「わかりました、出来るだけやってみましょう」
◇◆◇ ◆◇◆
「おぉ! おっ! おぉおおおおおおほほほほっ!!」
と叫びながら喜んでいるのは騎士ストラッグ。
かつてない速度に心を踊らせているに違いない。
そう、俺は騎士団全員が乗る馬、そして馬車に速度向上系の魔法を使ったのだ。
馬は軽い身体に喜び勇み、馬車の御者も気合いに満ちている。
出来れば荷馬車の爺ちゃんとはもう少し話したかったのだが、仕方なくロッソの町で別れる事に。
「やるじゃねぇか、この調子なら今夜中には着くんじゃねぇか?」
だといいんだけどね。
騎士団の大移動。当然、伴う危険はこれまでの倍以上。
モンスターの攻撃然り、盗賊団の襲撃然り。
「右前方! 不審な一団を発見!」
俺の声により皆が右を警戒する。
「隊長! レッドスカルの連中です!」
何だその暴走族みたいなネーミングは。
「ちぃ、要人誘拐が目的か!」
輸送隊以上に価値のある物が乗っているとわかれば、盗賊団は多少の危険も厭わない。誘拐し、身代金を要求すればオリハルコン以上の値が付く事もあるだろう。
「ミケラルド、任せた」
「いえ、オベイルさんお願いします」
「あぁっ?」
「こっちは速度の維持で手一杯です、少しは働いてください」
「……そうか……よ!」
直後、馬車から跳んだオベイルは這うように盗賊団に向かい駆けた。
やはり、身体能力だけならレミリアとは比較にならない。
馬を圧倒する速度と盗賊を吹き飛ばす膂力。彼がこのまま鍛え続ければジェイル師匠に届くのではなかろうか。それだけの才能を感じる程だ。
「おら、終わったぞ」
「まだ残ってますけど?」
「あれだけの打撃を受けて引かない程、奴らも馬鹿じゃねぇよ」
「なるほど」
脇目に見えるのは、戦線から離脱していく盗賊団。
正直、騎士団だけでは相手に出来ないレベルだった。ランクB~Aの猛者が集った一団。
法王国やリプトゥア国で盗賊団をやるなら、それだけの実力が必要だという事だ。
そこで一つの疑問が浮かび上がる。
何故この騎士団は精鋭ではないのだろうか……と。
皇后の護衛だよな? ランクSとまではいかないまでも、それこそランクA前後の力量は欲しいところだ。列強とも呼べる法王国がそれくらい出せない理由は一体?
確かストラッグは法王国騎士団の第二部隊って言ってたな。第一部隊がこの任務に当たれない理由があるのだろうか。
……いや、考えていても仕方ないか。
今は、彼らを無事ガンドフへ送り届ける事だけを考えよう。
「見えた! ガンドフの灯りだ!」
騎士の一人が前方を指差しながら叫んだ。
夜も遅い時刻。速度を上げた事でかなりの短縮にはなったが、遠目に見えるのは確かに揺れる光。それが外壁の松明である事は明らかだった。
だが――、どうやら安堵するのは早かったようだ。
馬車の屋根のオベイルが後方を向く。
俺も屋根に乗り、その視線の先を追うと物凄い速度でこちらへ迫る人影が見えた。
「闇の連中……だな」
「魔族よりも質が悪いじゃないですか」
「じゃーんけーん――」
「――え?」
「ぽん」
剣鬼オベイルがいきなり出した硬そうな拳は、理解が追いつけない俺のチョキの前に立ち塞がった。
「俺の勝ちだな、後方の掃除は任せた」
にゃろう。
皇后に何か強請っておけば良かったと思うミケラルド君だった。
次回:「その223 敗北の代償」




