その193 リィたん殿とミケラルド殿
◇◆◇ レミリアの場合 ◆◇◆
「何だ……これは……?」
ミケラルド殿が隠している実力、まだ他にあると思っていたがこれ程だったとは思わなかった。
「あの時の戦い、やはり全力ではなかった……!」
この戦い、内容の半分もわかるかどうか。
観客の大半は一割も頭に入っていないだろう。
何故ならこの戦いは異次元そのもの。戦闘的経験を除けば、ミケラルド殿はSSSに等しい実力を有している。
だが、それ以上の化け物があのリィたん殿……!
「ミック、次の魔法だ」
「タイムタイム!」
「ならば時を止める魔法を使う事だな」
「あ、それ良いアイディア! って無理に決まってるじゃん!」
「我が主ならばそれ位の可能性を示してみせよ!」
あれは……何だ?
「それが【水球】っておかしいでしょ!」
答えはミケラルド殿の言葉にあった。
だが、リィたんが放つソレは、巨大な大岩の如き球。
あんなものが観客席に向かったら大惨事になる。それがわからぬリィたん殿ではあるまい!?
「ミック、調節済みだ。受けきってみせよ」
「だと思ったよ! リィたんにしては小さいからね!」
あれで、小さいだと?
ミケラルド殿は幾重もの土壁を出現させ、【水球】の前に置いた。
更に、リィたんと同じ【水球】を何度もぶつけ続ける事で威力の低下を図った。
ミケラルド殿の【水球】は確かに大きく強い。だが、それを十個、二十個と受けても威力が弱まらないリィたん殿の水球は、正に天災。
「止まれ止まれ止まれ止まれ!」
土壁を持ち上げたあの魔法は何だ?
まるでミケラルド殿の意識下にあるかのようなコントロール。
あのような魔法、見たことも聞いた事もない。
……いや、先の試合。
勇者エメリーとの試合の時、宙で止まったあの大剣を足場にしていた。もしや、あれと同じ魔法だという事か?
「……サイコキネシス……?」
震えるような声が私の隣から聞こえた。
「っ! エメリー殿! いつの間に!?」
「あ、えっと……すみません。気付きませんでした? 会場で唯一知り合いなのレミリアさんしかいなくて、隣まで来ちゃいました……へへ」
顔見知りと言っても、一言二言会話をした程度だ。
だが、彼女もまだ若い。知っている人間なら隣に置きたいというのは当たり前なのかもしれない。それが同性なら尚更な。
「それはすまない事をした。余りの出来事に……その、な」
「いえ、わかります。……ちぇ、ミケラルドさん全然本気じゃなかった……」
「時にエメリー殿、先程の『サイコキネシス』というのは?」
「前に見た事があるんです。勿論、あんなに強力じゃありませんでしたけど」
「魔法とは異なるものという事か。しかし、そんなものを使える人間がいるとはな。世の中まだまだ広――」
「――いえ」
エメリー殿は私の言葉を止めた。
そして首を傾げる私に、エメリー殿は神妙な面持ちでこちらを見たのだ。
「私は、見た事があると言っただけです。使用者が人間だったとは一言も言っていません……」
「もしやエルフ? それともドワーフ……? っ!?」
彼女から否定の言葉はなかった。けれど、その強い目付きだけで理解してしまった。
「…………魔族か」
コクリと頷くエメリー殿。
私は武闘会場に再び目を向ける。
「ぎ、ぎぎぎぎっ! 止まれぇええええええっ!!」
精一杯力を振り絞るミケラルド殿の必死の形相。
彼を目で追った三日間。その中に、確かに異質なモノはあった。
「ミケラルド殿が……魔族だと?」
「……それはわかりません」
エメリー殿は、ここでようやく首を横に振った。
「ただ、あちらの方についてはよりわかりやすいかと……」
今にもミケラルド殿を押し潰しそうな【水球】。
それを軽々と放っているリィたん殿。エメリー殿はリィたん殿を見ながらそう言ったのだ。
「【Z区分】……」
「っ! まさか!?」
「ランクSになった際、説明を受けているはずですよ。私は勇者という身分。立場上知らざるを得なかっただけですけど」
【Z区分】……それはランク制度外の仕事案件。
エメリー殿が言うように、私がランクSになった際、冒険者ギルドから説明を受けた……謂わばランクSの必履修項目。
この世には、SSSになろうとも倒せぬ例外が存在する。そう説明を受けるのだ。
領域外の存在……それが【Z区分】。
仕事案件ではあるが、達成した者が誰もいない。
確か、覚醒した【勇者】も【Z区分】に入ると聞くが……エメリー殿の顔を見るに、まだ手の届く存在ではなさそうだ。
「アレは……一体何者なの……?」
震える声でエメリー殿が言うも、私に答えは出せなかった。
「むっ?」
リィたん殿に変化が見えた。
徐々に【水球】の降下が始まり、武闘会場の大地にゆっくりと落ちて行ったのだ。
「ほぉ、【グラビティコントロール】を併用したか」
「使えるものは何だって使うのが俺の性分なのぉおおお!!」
ミケラルド殿の一人称は「私」ではなかったのか。そう思うくらいには、私も冷静だった。
なるほど、大地に【水球】を受け止めさせる事で、その縮小を図ったか。
「水、雷、風、土、光ときて闇魔法……あの様子だと火魔法も使えますよね、きっと」
「……だな」
魔法全種を扱える程の卓越した技術。
【剣聖】や【勇者】と武技で渡り合える程の技術。
彼はあの若さでその二つの技術を両立させている。
「おぉおおおおおおおおおっ!! こ、ここだぁああああ!! オーラブレイド!!」
【水球】の大きさが人間大ほどまで小さくなったところで、ミケラルド殿が渾身の一撃を放った。
「嘘!? 私のオリジナル魔法なのに!?」
エメリー殿の驚きは尤もなのだろう。
だが、彼の才能を見れば、模倣など容易いだろうという答えにすぐ行き着く。
切断された【水球】は、その場で大地へ流れ落ち消失した。
「ほぉ」
リィたん殿は自分の手をじっと見ながら……くすりと笑った。
そして言うのだ。悪魔の如き一言を……。
「ではミック、もう一度だ」
「「……嘘?」」
三人の声が揃った瞬間だった。
次回:「その194 熱い戦い」




