その191 ミケラルドの全力
「勇剣、烈聖!」
神々しく光る勇者の剣は、振り下ろすと同時に俺の視界を覆った。
っ! これはっ!?
「くっ!」
最早それは生への渇望に近い脊髄反射とも言えた。【疾風迅雷】、【ヘルメスの靴】を発動し、俺は前へ駆けたのだ。
「竜剣、稲妻!」
竜剣の中で最も剣速の速い一撃を下段から振り上げ、彼女の振り下ろしを止める。
「う、嘘っ!?」
「正直、まともにくらってれば私の負けでした」
「だ、だからって私の攻撃段階で懐に跳び込むなんてっ! そ、そんな事っ!」
「何とも末恐ろしい方だ……!」
俺は後方一帯に広がるクレーターを横目に、ゴクリと喉を鳴らした。
この少女は、凄まじい潜在能力を持っている。
この力は、遅かれ早かれ俺やリィたんに届く力。
……だからといって、ここで負ける訳にはいかない。
彼女は……俺が全力を出さなければいけない相手……!
発動するは【魔力還元】、【隠形】、【弱点察知】!
「そこ!」
「くっ! 嘘、攻撃力が……っ!?」
発動するは【超聴覚】、【闘志】、【威嚇】、【健脚】、【石頭】、【恐怖耐性】、【危険察知】!
「はぁっ!」
「これをかわすのっ!? な、なら!」
「おらぁ!?」
「頭で受けるなんてアリ!?」
発動するは【刺突耐性】、【切断耐性】、【突進力】、【斬撃耐性】、【打撃耐性】、【外装強化】!
「そのまま受けきれると思ったら大間違いですよ! やぁっ!」
「おぉおおおおおおっ!」
「な、何で怯まないのっ!?」
発動するは【攻撃魔法耐性】、【暗衣】、【縦横駆け】、【地形無視移動】、【壁走り】、【視野拡張】!
「オーラショット!」
「くっ! だが甘い!」
「壁走り!? 何で魔法を受けながらそんな速くっ!?」
発動するは……【付与】!
「はぁ!」
「うぁっ!? 何……この熱さっ!? まさか試合中に付与をっ!?」
かち上げたエメリーの剣が宙で止まる。
だが、エメリーはその異常事態に気付いていない。
「よっ!」
「そんな気の抜けた跳躍で何が出来るんですか! オーラブレイド!」
光魔法の具現化で剣を出したか。不用意に剣を手放したのではなく、次の手が残っていたからあの剣に執着しなかったのか。
幻想の着地点を追ったエメリー。だが、そこには俺がいない。
「嘘、何で!?」
目で俺の姿を追い、見つけた時にはもう遅い。
「何で剣が宙で……!?」
サイコキネシスで止めた剣を足場に、俺は全力を出す瞬間を待っていた。
エメリーの剣がひしゃげる程の強い跳躍。
俺はエメリーに向かい剣を振る。
「ゆ、勇剣! 烈火!」
「竜剣、猛火!」
かつてない衝撃。
その一瞬の攻撃で、エメリーの光の剣は力を失う。
「くっ、も、もう一度!」
再度オーラブレイドを発動させようとしたエメリー。
だが、それをさせる程、俺は甘くないのだ。
俺が発動するのは【フェイクスルー】。
ラジーン戦の直前、ラジーンが姿を眩ませていた【闇魔法】。
「いない!?」
彼女の背後に回っていた俺が、最後に発動するのは闇魔法【催眠スモッグ】。
不意を衝かれては彼女もこの魔法に対処は出来ない。
眼前でフラフラになるエメリーは、そのまま膝から崩れるように倒れた。
「おっと」
その小さな肩を支え、俺は彼女をゆっくりと抱きかかえた。
瞬間、審判が天高く手を上げる。
「勝負あり!」
盛大な歓声によりコロセウムが揺れる。
たったそれだけではあるが、彼女は、エメリーはすぐに目を覚ました。
「凄いですね、こんなにすぐ気がつくとは」
「……あ、え? わ? わっ、わっ!?」
抱きかかえていたのが恥ずかしかったのか、彼女は俺の腕の中で真っ赤になって暴れていた。
すぐにその場におろし、背を向けるエメリーに称賛の言葉を送る。
「私の持てる全ての力を出しました。素晴らしい試合をありがとうございました」
「…………負けたんですね」
観客の反応、役目を終えた審判。そして、俺の言葉を受け、エメリーは自らの負けを理解したようだった。
そしてくるりと反転し、微笑みながら俺を見てもう一度言った。
「負けちゃいました」
おかしい、悔しさは確かに見えるのだが、そこまで悔しそうでもないように見えるのは何故だろう。
「やはりミケラルドさんは私の【運命の人】でした!」
「運命の……人?」
新手の告白かと思ったが、そんな冗談を言う場所でもない。
そう考え、俺は試合の開始直前にエメリーが言った言葉を思い出した。
――――実は私、この試合を楽しみにしていたんです。
何故かと問いかけるも返って来なかった答え。
それがこの【運命の人】というワードなのではないか?
「それはもしかして天啓――って事です?」
この数ヶ月、何の情報も得なかった訳でない。
この世界でいうところの【勇者】は、天の啓示を受け、天恵という名の力を得る。
その際に聞く天啓は、神の言葉だとか何とか。
まぁ、これは全て前にネムに聞いた事だが、神からの言葉に俺の存在があるとは思わないだろう、普通。
しかし、くすりと笑うエメリーの表情に、普通ではない答えがあったのだった。
次回:「その192 水龍と吸血鬼」
次回はいよいよリィたんとミックの決勝戦!




