その190 勇者エメリー
銀髪の少女、勇者エメリー。
背に見える大剣は、どういう理屈かはわからないが、一瞬で引き抜かれていた。
何アレかっこいい。
がしかし、先程までの低姿勢がどこへやら。身の丈程の大剣が小さく見える。
やたら堂に入っている。内包する魔力が溢れ出て、彼女を大きく見せているのか。それとも、俺の目がそう見せているのか。
「実は私、この試合を楽しみにしていたんです」
「何でです?」
俺の問いに、彼女は口の端を少し上げるだけだった。
その笑みが何を意味するのか、俺も、動向を見守る審判もわかるはずもない。
審判が一歩引き、手を下げ……振り上げる!
「始め!」
パーシバルVSレミリア戦を彷彿させるような開始直後のダッシュ。
剣と大剣の衝突と同時に、エメリーは力強い声を上げた。
「やぁあああああああっ!」
腹に力の入った強き咆哮。
相当な修羅場を潜ったのだろう。大剣の威力も、魔力の重圧も、足運びから剣筋まで、エメリーの攻撃は一流の冒険者と言えた。
「ふっ!」
俺の力みと共に発動する【身体能力超強化】。大剣を押し返し、エメリーは後方へ跳びながら宙返りする。
「流石、やりますね! はぁあっ!」
着地と同時に再度ダッシュ。
再びそれを受けると……っ!?
「くっ!」
「私と同じで相手の実力を見て戦うタイプだと思いましたっ!」
さっきより威力が……上がってる!
瞬時に【身体能力強化】、更に【解放】を発動。
「はっ!」
「っ!? やっぱり、間違いない!」
彼女は何を言っているのか、俺にはわからなかった。
俺は力を入れて彼女の大剣を再度押し返す。土煙を舞い上げながら後方へ吹き飛ばされたエメリー。
今度こそ彼女の余裕はなくなり、体勢が揺らぐ。
「ま、まだまだです! ふっ!」
エメリーの身体を多う神々しい光。
これは、光の身体強化魔法!?
三度ダッシュするエメリーの攻撃。
「つぉっ!?」
こりゃ下手するとレミリア並みっ?
俺はすかさず闇魔法【ダークオーラ】を発動し、その威を迎え撃つ。
「ふっ!」
「どこまでも上がりますね!」
その後エメリーは、俺が押し返す度に力を強めた。
エメリーが光魔法【パワーアップ】を使えば、俺も同じ魔法を発動し、【スピードアップ】を使えば俺も同じく発動した。止まらぬ猛攻はコロセウム中に轟音を響かせ、その衝撃は波となって観客席を襲った。
「わ、わっ!?」
爆風によりネムのスカートがちらりとめくれあがる。
「どこを見てるんです!?」
攻撃の合間に届くエメリーの声。
「いえ、どこも」
断固として否定するミケラルド。
「これが……最後です!」
彼女が何かを使った、乃至発動させた様子はなかった。
しかし、これが彼女の最大攻撃力。受けなければジェイル師匠に怒られてしまう。
「はぁ!」
「うわぁ!? っと、とと……はぁはぁはぁ」
この競い合いに勝つ事は出来た。
だが、俺の手札は残り少なかった。手札の数で勝っただけとも言える。そしてこれは、俺のこれまでの経験と吸血活動の賜である。【血鎖の転換】があったからこそ勝てた。運と能力に重きを置いた勝利。
それに比べ、彼女の手札は多かった。これが勇者が受けた天啓と天恵の力。
だが、それでも俺には届かなかった。だからこそ彼女は知恵を働かせた。
何度も何度も押し返され、彼女は、エメリーは同じ場所に下り立った。
着地の瞬間に大地を蹴り、密かに造っていたのは陸上競技で見るような足場だった。一部盛り上がっている土部分に魔法を掛け、ほんの短時間ながら強化を施したのだろう。
足場の完成と共に、最高の一撃。
何とも逞しい少女……勇者エメリー。
エメリーの出方を待つ俺と、体力の回復を図るエメリー。
そんな膠着状態が生まれた時、観客たちがようやく事態に追いついた。
「「ワァアアアアアアアアアアアアアアア!!」」
様々な声が交ざった歓声が俺たちに届く。
何をした訳でもない。俺たちが行ったのでは戦闘ではなく単なる力比べ。
たったそれだけで観客は、会場は湧いた。
割れんばかりの声援は、俺たちに何とも言えない高揚感を与えた。
互いに笑みを浮かべ、次なる手を考える。
なるほど、武闘大会に来て初めて楽しいと思えるような相手だ。
前世と今世の合計でいえば、俺の半分に満たない歳の少女が相手だというのに。
やはり勇者。世界の主人公とも言うべき強者。
そんな中、エメリーの中で次のプランが決まったのだろう。
彼女の笑みはいつの間にか消えていたのだから。
「ミケラルドさん」
「何です?」
「次で……次で決めます」
「まだ始まったばかりじゃないですか……」
俺が言うと、彼女はくすりと笑った。
「ふふ、ですね。でも……次で決めます」
自信に満ちた声。
どれだけ強力な力で来ようとも、俺がやる事は決まっている。
この場で勇者と戦い、そして勝つ。
そう、師ジェイルに倣うだけ。
勇者殺しジェイルの雄大な剣で、勇者を打ち砕くのみ。
人間と魔族の半端なおっさんが、世界の主人公を打ち砕く。
ただ、それだけだ。
「っ! 行きます!」
「来い!」
次の瞬間、俺の視界は光に染まったのだった。
次回:「その192 ミケラルドの全力」




