その148 謀略
……おかしい。
「ミケラルドさまぁ~♪」
「お口を開けて~、はいあ~ん」
何だろう、このエルフ美女たちの過激な接待は?
メアリィとクレアが女性物の衣服を見に行ったのをよしと見たか、バルトは店の奥の応接室へ俺を通した。
目の前でニコニコするバルトが、怖い。ちょっとしたホラーだ。
そんなホラーの体現者のバルト君は、にこやかな笑みのまま、俺に一枚の紙をテーブル上をスライドさせて提示した。
「……これは?」
「バルト商会、ミナジリ支店の出店計画書です」
「ははは……」
「おや、お気に召しませんでした?」
「いや、正攻法で結構ですよ」
「これもある意味正攻法では?」
まぁ、俺は毎回裏技みたいな方法でやってるからな。
「私への当てつけですかねぇ?」
「いえいえ、そんな事はありませんよ閣下」
相変わらず食えないおっさんだ。
俺が微動だに出来ないのを知ってるな?
俺が動こうものなら、このお姉さん方の手足がそれに付いて絡みついてくるのだ。
確かに見栄えの良い異性を宛行うのは、古来よりの接待の一つである。
正攻法といえば正攻法である。がしかし、女性に免疫のない俺からしたら大事件である。
「あの、この方たちどうにかなりません?」
「おや? お気に召しませんでした?」
「それはさっき聞きました」
「はははは、おふざけが過ぎましたな」
どんな茶目っ気だ。
バルトがアイコンタクトを送ると、タコのように絡みついてたエルフ女性たちは、くすりと笑ってから消えていった。
「……何で笑われたんですかね?」
「張り合いがなかったのでは?」
「それはそれで意気消沈しますね」
「はははは、欲多き人が女性に疎いとは。これはまた、面白き事象ですな」
「はぁ……それで? バルト商会がミナジリ領に出店したいって話ですけど、これ本気です?」
「勿論本気です。正直な話、長期的に見れば首都リーガルに店を構えるより重要だと考えています」
そりゃまた、高く見積もられたものだ。
バルトの計画書を見る限り、至ってまとも。不審な点は一つもない。
単純に出店許可を求めている……そういう事か。
「では、条件を」
「ほぉ、何でしょう?」
「バルトさん」
「はい?」
「両替してくれません? 私、シェルフの貨幣持ってないんですよ」
その後、涙しながら笑うバルトの前で赤面した俺は、笑顔を作るだけで精一杯だった。
どこかにポーカーフェイスを売ってる店はないものだろうか。
バルトにもう一つの条件を付け加えた俺は、その後手続きを踏んでローディ族長との謁見に臨むべく、族長の家に向かったのだった。
◇◆◇ シェルフの謁見の間 ◆◇◆
「これはミケラルド殿、先程はメアリィが迷惑を掛けたようですな」
「ローディ様、気になさらないでください。こちらが我儘を言っただけです。素晴らしい観光案内を堪能致しました」
「ほぉ、なるほど。メアリィが狩りに行ったのは間違いではなかったようですな」
つまり、獲物は俺って事か。
まぁ、同盟国になる国の貴族に好印象を与えたのだ。俺はメアリィに上手く狩られてしまったという事だろう。クレアが俺の眉間を狙ったのは、ある意味間違いじゃなかったのかもしれない。
「件のダークマーダラー、滞りなく収容しました。あの【杭】については何かわかりましたか?」
「【杭】は先程バルト殿にお渡ししましたが、やはり以前報告に上げた以上の事はわかりませんでした」
「そうですか……こちらでも調べておきましょう。何かわかればご連絡致します」
「ありがとうございます」
「さて、ディーン」
「はい」
ローディが隣に座るディーンに指示を出す。
すると、ディーンは立ち上がり、一枚の羊皮紙を俺に渡した。
「これは……!」
「シェルフでの自由貿易許可証です」
マジか。本当に実現するとは思わなかった。
「元々シェルフは森の民です。金銭で縛る事は叶いません。しかし、ミケラルド殿が営むミケラルド商店であれば、民の生活が潤うと確信しました。是非、それを有効活用して頂きたい」
ローディの言葉が、非常に重く感じる。
損得だけではない暗黙の依頼。これは、シェルフの将来を決める重い許可証。
…………責任重大だな。
「時にミケラルド殿」
「はい?」
「妙な噂を聞きましてな」
「噂……ですか?」
何やら嫌な予感がする。というか嫌な予感しかしない。
「ミナジリ領からシェンドに続く道、大層美しく舗装されているそうではありませんか?」
……既に草から情報を得ていたか。
「ミナジリ領からシェルフまでの道、木々が生い茂り馬車一台通れる程。許可証の重さを考えれば……釣り合いがとれるのではありませぬか?」
にゃろう、急に許可証が軽くなったぞ。
これはきっとバルトの入れ知恵だな?
やっぱりそうだ。こんな公の場でニコニコ微笑んでやがる。
まぁ、あの道を工事する事を考えれば、確かに釣り合いがとれるかもな。
寧ろ、シェルフの市場の狭さを考えれば、向こうのが得してるんじゃなかろうか? 馬車で一週間近い距離……ある意味国家事業レベルだぞ。
「……一つお願いが」
「何でしょう?」
「溜め息だけ吐かせて下さい」
「ふふふふ、ご存分に……」




