その123 ミケラルド式魔族対策
こちらの狙い通り、シェルフの族長ローディとディーンはすぐに動いてくれた。
幸いエルフの中にはテレパシーによるネットワークがあるようで、すぐにシェルフの民に情報は伝わった。どうやらエルフの中でも珍しいテレパシー能力ではあるが、二十人に一人くらいは使えるようだ。
バルトは俺との合流の時点で族長に、ナタリーがハーフエルフだって情報を伝えていたから、多分バルト、ダドリー、クレアの内誰かが使えたのだろう。
シェルフの避難場所はそう、精霊樹の聖域だ。
当然、そこに向かえるのはエルフたちだけ。だが、今回は特別に我らの同行が認められた。
向かうのは俺、ジェイル、そしてリィたん以外の皆である。
そして翌日の昼前、シェルフの全てはもぬけの殻となった。
聖域へ向かう最後の団体――その中の一人バルトが振り返る。
「ほ、本当に大丈夫なのですか……?」
「大丈夫ですよ。まぁ、ちょっと散らかしちゃうかもしれませんけど」
「一体どれだけの魔王軍が来るのかもわからないのに……余りにも無謀では――」
「――バルトさん!」
語気を強めてバルトの説得を止めたのは俺じゃない。我が親愛なる友人――ナタリーである。
「ミックは大丈夫だから!」
まったく、どこからそんな信頼が生まれるのかはわからないが、これは素直に喜ぶべきところだろう。
「大丈夫……だよね?」
まったく、さっきの信頼がどこへいったのかはわからないが、これは素直に呆れるべきところだろう。
「……はは」
「だ、大丈夫って言ってよっ!」
「さっきバルトさんに言ったじゃん!」
「私にっ!」
「ナタリー、ダイジョーブダヨー」
「ちゃんと言って!」
むくれるナタリーの瞳が潤む。
まったく、さっきから『まったく続き』で困りものだ。
俺は腰を落としナタリーの目を見た。その頭にぽんと手をのせ、先の言葉を言い改める。
「大丈夫だナタリー、俺を信じろ」
強い瞳の中にある確かな弱さ。ナタリーも心配なのだろう。
瞳を落としたナタリーはそのまま振り返り、「絶対……無理しないでよ」という言葉を残し、エメラとクロードの下に向かった。
「では……シェルフをお任せします」
まるで乗りかかった船だと言いたげなバルトだったが、乗ったのは俺たちなんだよな。
まぁ、今回の一件でわかった事もある。これはきっと、リーガルとシェルフの同盟の切り札ともなるだろう。
とまぁ、まずは魔族をどうにかしなくちゃいけないんだよな。
村の中央――闇空間の発動地点とみられる精霊樹の根元までやって来た俺は、ジェイルに話を聞く。
「ジェイルさん、魔族四天王の一角、妖魔族不死種の【リッチ】……奴の特徴を」
「ただの骨の化け物だ」
簡潔過ぎるだろうに。
「スケルトン……ではないですよね? 妖魔族っていうくらいだし」
「足はない。普段は上半身のみ姿を見せ、闇色のオーラを纏いながら浮いている」
そうそう、そういう情報を待ってたんだ。
つまりあれだな。骸骨幽霊そんな感じだろう。
「だがミック、奴自身が来るとは限らんぞ」
リィたんの指摘は尤もだった。
そういえばそうだった。闇空間の使用者が闇空間に入る訳がないじゃないか。
闇空間に入れられたら、その闇空間を発動出来る者しか出してやる事は出来ない。
出て来られる保証もないのにそんなに危険な真似はしないか。
「だとすると出て来るのは……」
「十魔士としての地位を再構築したい使い捨てのダークマーダラーと、不死種の指揮官がせいぜいだろう」
「指揮官?」
「あぁ、不死種の第二席――【ヒミコ】あたりが来るだろう」
「女……ですか?」
「【白紅の眠り姫】……それが奴の二つ名だ」
ふむ、ジェイルの話を聞いただけではイマイチピンと来ない二つ名だな?
「まず心臓がない」
化け物じゃん。
「真っ白な肢体と深紅の瞳」
そこは俺と同じじゃん。
「肌同様髪も純白だ」
そこまで白いのか。なら俺とは少し違うな。
「奴には死という概念がない」
何なのそれ? 最強なの?
「まぁ、対抗出来ない訳ではない。殺せぬまでも退かせればいいのだ」
「対抗策は?」
「八つ裂きにして闇空間にポイだ」
ジェイルが「ポイ」って単語を使う不自然さはさておき、女の八つ裂きは見たくないな。
だが、その口ぶりからすると――
「――もしかして、一度死ぬと復活に時間がかかるタイプです?」
「そうだ」
「なるほど」
だったら血液を採取してしまった方が早い気がするな。
相手の隙があれば実行しよう。
◇◆◇ ◆◇◆
「さて、こんなもんかな」
「何とも面妖な……」
リィたんの言葉も、今の俺には褒め言葉に聞こえる。
「精霊樹をミックの【土塊操作】で覆い、迷宮状にしたのか。確かにミックの魔力で【土塊操作】を使い補強すれば、奴らがたとえ同じ魔法を使おうともそれを壊す事は出来ない。その硬度は魔力の多寡で決まるからな。これは謂わばシェルフの大迷宮。無数の道に分かれつつも……最終的に奴らが行き着く先は――――」
何故俺の口元を見るんだね、ジェイル君?
おや? 精霊樹に強い魔力が集中している。そろそろ起動しそうだな。
さぁ、ダークマーダラー狩りの……始まりだ。
血はちょっとしか流れない。たぶん。




