闘技場(下)
最初に動いたのはミレスだった。物凄い速さでシェルへと近付く。その速さのため、ミレスの赤い長い髪が線を引いているかの様だった。
ミレスは上段の構えからシェルに斬りかかる。
シェルはその隙だらけの斬りかかりに疑問を感じながら、横に軽くステップをし避ける。その瞬間、シェルはしまったと顔を歪めた。
ミレスはその斬撃に見た目程力を入れていなかったのか、剣先が地面に当たる直前、腕に力を入れ直し縦方向の斬撃を横薙ぎの斬撃に変えた。
シェルは一瞬焦りの顔をしたが、手に持っていた剣を地面に突き刺し、ミレスの横薙ぎの斬撃を受け止める。
ミレスの剣を受け止めるのとほぼ同時に、シェルは剣を抜き2歩3歩とバックステップをし距離をとる。
「相変わらずの硬さね」
ミレスは攻撃こそ最大の防御──の言葉を体現するかの様な猛攻を得意とする騎士だった。その反面シェルは防御に徹底し、一瞬のチャンスも見逃さない一撃離脱を得意としていた。
真逆の剣技。だからこそ、お互いにとって苦手な相手としていた。
「お喋りなのは負ける奴の特徴って聞いた事があるわ」
ミレスの称賛の言葉に対してシェルは皮肉を言い返す。皮肉を言われた程度で心を乱すミレスではないが、それを分かった上で言って来るシェルは元から捻くれてるのかもしれない。
「本当にお姫様なのかしら、ね!」
ミレスは最後の言葉と同時に駆け出した。先程と同じく上段の構えから斬りかかる。
シェルはまた同じ攻撃──と心で思いながら、後ろに下がる。剣の長さを計算しながら、射程内へと下がるつもりだった。
ミレスが振りかぶる。その光景を見て計算通りとシェルが安心した瞬間、ミレスの剣先が地面と水平となる部分で止まった。
「しまっ──」
シェルは瞬時に理解した。
ミレスの剣技が袈裟斬りから突きへと変わる。ミレスはさらに踏み込む。袈裟斬りと予想して、あくまで袈裟斬りの射程内から逃れたシェルを突きで仕留めるために。
──勝った。
誰もがミレスの突きがシェルの胸元へと吸い込まれる未来を予想した。しかし、流石とはこの光景に相応しいと誰もが思う事が起こった。
中段に構えていたシェルの剣。ミレスの突きを叩き落とす余裕が無いと悟ったシェルは、腕を少し上げミレス同様剣先を地面に水平にし、そのままミレスの剣先へと突きを繰り出す。
舞台の上に腕を最大まで伸ばし、お互いの剣先が空中でぶつかった状態で止まる2人の姿があった。
「冗談じゃないわよ。突きを突きで止めるとか」
「単細胞には無理かもね」
突きの状態で会話をする2人。観客は既にその2人の剣技に夢中になっていた。
2人はお互いに距離を取る。
それから2人の勝負はなかなか動かなかった。着ている物が鎧でない以上、一撃でも入れば勝負はつくがその一撃をお互いに入れる事が出来なかった。
ミレスはシェルの防御の硬さに。シェルはミレスの猛攻に。お互いの剣が身体に到達する事なかった。
それでもこのバトルには時間の上限が決まっている。1時間。それが2人の命の時間。
時間が刻一刻と過ぎる度に2人は焦りの表情が隠せなくなって来た。
逆に時間が過ぎる度に観客は歓喜の声を上げる。確かに2人の剣技は素晴らしい。しかし、ここにいる人間は根本的な部分が腐っている。
素晴らしい剣技を見るより血を見たい。生きている美女より死んだ女。腐っていた。
1時間経てば、首輪の効果が発動し首が飛ぶ。言葉通り、首が飛ぶだろう。
観客はそれを楽しみにしていた。
気付けは残り10分。
舞台上の2人は焦り、舞台周りの観客は歓喜し会場は最高潮の盛り上がりを見せていた。
「そこをどいてくれないか」
暗い通路に青年の声が響く。試合が始まると同時に会場を飛び出した青年。
しかし青年の姿は先程の街人の服装とは変わり、全身鎧を着ていた。
「あんた……王国兵だったのか」
扉に佇んでいた男は声を聞き、顔を隠している人物が先程の青年だと気付く。
「ここ最近、幽閉されている罪人や捕虜の失踪や報告だけの死が続いていた。それに対して王が不審に思い調査をしていた時、ここ噂を聴いてな。まさか、こんな所に闘技場があったとはな」
青年の後ろには10を超える兵士がいた。
元々争う気がなかった男は、その圧倒的な数の差に諦め扉の前から退く。
「行くぞ」
青年の声と共に兵士が扉の向こうへと雪崩れ込む。
列の最後尾にいた2人の兵士は扉の前にいた男を拘束してから、遅れて扉をくぐる。
結果から言うと、青年の到着は遅かった。
扉のすぐそばで立ち止まり、俯いている青年がいた。部下の1人が青年の後ろからそう尋ねる。
「隊長、どうかされましたか」
そう口にした瞬間、会場が震えた。それは、観客の歓声のせいだった。
青年を除く全ての兵士がその光景に唖然となりながら、微動だにしない青年を不思議がった。
「……遅かった」
「隊長?いったい、どうしたん……ん?」
沸えをきらした部下の1人が、無礼な行為だと承知の上で青年の前に立ち抗議しようとした瞬間、その部下の足下に何かがぶつかった。
部下の1人はそれを拾い上げる。会場の中は薄暗くはっきりと確認する事が出来なかったが、何か赤い紐の様な物が沢山付いている球体。
「隊長……これは」
青年に尋ねようとして、青年の鎧を見て固まった。
青年の鎧の胸元は真っ赤に染まっていた。もちろん、ここに来る途中で争ったりなどしていない。
事前に聞いていた闘技場の事。闘技場と言うなの人殺しショーの事。そして、出場者の事。
かなりの重量がある球体。沢山付いている赤い紐の様な物。隊長の赤い液体。会場が震える程の大歓声。
球体を拾い上げた兵士が、自分の持つこの球体が何なのか、それを知るには十分な情報だった。
「ひっ──」
いくら兵士とは言え、それを持ち続けるのは無理があった。球体の正体が分かった瞬間、反射レベルでその球体を放り投げてしまった。
放り投げられ曲線を描きながら地面へと落ちる中、他の兵士にもその球体を目に入り、そしてそれが何なのか把握する。
──ゴン。
球体が地面に落ちる。
青年はその球体に近付く。
「間に合わなくてすまなかった……ミレス殿」
青年の涙声の謝罪。
しかしそんな謝罪も、観客の大歓声に消され誰にも聞こえる事はなかった──。
一気に2話投稿させていただきました。
バトルシーンと言うのは……難しいですよね……
感想、批評、お待ちしています。




