信念という正義
―――わるものがあらわれて、まちをこわしていく。そこにせいぎのみかたがあらわれて、わるものにやられかかってから“ひっさつわざ”でわるものをたおす。
たまに味方があらわれて、正義の味方を助ける。悪者はその新しい敵を見ておどろいて、そのすきに正義の味方が悪者をたおす。
町が壊されてから正義の味方は現れる。違うのだ。正義の味方は実際にはみんなを守っているのではない。ただ、敵がいるから倒しているだけなのだ。だから敵になるまで放置しておく。敵が敵として機能するまでそれを黙認し、さらには必殺技があるくせに無駄に出し惜しみをして町や味方の被害を拡大していく。これが正義の味方のやることなのか……これでは自作自演している悪者のほうがよっぽどいいのではないか?
―――たたかいはながい。みているとどきどきして、いつのまにかおかあさんがいる。やられそうになったりして、でも、さいごにはひっさつわざでわるものをたおしてくれる。
たたかいは長い。味方があらわれてもすぐには終わらない。だけど最後には正義の味方が悪者を倒す。
戦いは短い。本当ならば短いはずだ。真剣と真剣で切りあえば十分せずに決着がつく。正義の味方なんてものになれるようなものたちなら、おそらく一分せずにお互いを殺せるだろう。それでも長引くのはなぜか、それは互いに恐怖しているから。手を抜いているから。死ぬのが怖いから。自分が他人を殺すのはいいくせに、自分が殺される心構えはないのだ。本来ならば最初に持つべきものが……。
―――おおきくなったら、せいぎのみかたになるんだ。だって、ぼくもああいうふうになりたいから。
―――大きくなったら、正義の味方になるんだ。だって、ぼくも成りたいのだから。
―――大きくなっても、正義の味方にはなるものか。だって、正義なんてものはこの世界にはないんだから。苦しいことをひとりで引き受ける必要はないんだから。
剣に魔力を流し込む。できることしかできない。できないことをやるのが英雄かもしれないが、できないことはできないのが人間だ。限界以上の力?そんなものは限界を図り違えただけに過ぎない。
―――願いはここに。
双剣は日の光を浴びて輝く。魔力によるものではなく、ただの自然現象で。
―――我はここに。
魔力を流し終える。これ以上やっても意味がない。だからやらなくてもいい。
―――全てを悟り、全てを終えしもの。
矢が、魔術が襲い掛かる。
―――全てを忘れ、全てを始めしもの。
全てが先ほどの魔術によって防がれる。剣にためられていた魔力によって防がれる。
―――全ては無より始まり、全ては無に帰す。
白煙が上がり、周囲が見えなくなる。敵からは視認されず、こちらからも視認できない。
―――全ては有より生まれ、全ては有に死す。
魔力を周囲から感じる。煙を全部攻撃するつもりのようだ。
―――故に、我はどこにも有らず。
剣を振るい、魔術すべてを叩き落す。矢が太ももに刺さるが、気にしない。
―――故に、我はここに有る。
矢を引き抜き、傷口を治療しつつ敵の出方を伺う。
―――相反する二つの詩をあわせ、今ここに―――
煙が晴れ、四方八方より現れる魔術の雨、それを魔力という純粋な力で吹き飛ばし、
―――全を一とし、一を零とし、零より全を生み出す。
周囲の魔力が全て刈谷に集まり、消え、波となって出て行った。
「さて、天使諸君待たせたな。そろそろ本当に決着をつけよう」
刈谷の声は澄んでいた。何の異常も殺気も敵意も何もない声。それでも今まで聞いた全ての台詞で一番死を予感させた。
サインを送り、一斉攻撃を促す。
わずか数秒で刈谷を一斉に魔術が襲う。
「――――な」
しかし、衝突直前に魔術か何かで防がれる。
もう一度サインを送り、煙の中にいる刈谷をもう一度攻撃する。
今度は魔術ではなく、剣で全てをはじいているようだが、矢の突き刺さる音を確かに聞き取った。これを続ければ倒せる。
視線を合わせ、もう一度魔術が刈谷を襲う。
煙が晴れていき、刈谷の姿を確認すると、死の予感がした。
反射的に頭を守るように動き、それをした瞬間一つの言葉を聞き取った。
「―――全を一とし、一を零とし、零より全を生み出す―――」
瞬間、意識とともに魔力が消え去った。
願いをここに
我はここに
全てを悟り、全てを終えしもの
全てを忘れ、全てを始めしもの
全ては無より始まり、全ては無に帰す
故に、我はどこにも有らず
願いをここに
我はここに
全てを悟り、全てを終えしもの
全てを忘れ、全てを始めしもの
全ては有より生まれ、全ては有に死す
故に、我はここに有る
相反する二つの詩をあわせ、今ここに全を一とし、一を零とし、零より全を生み出す
根源の所在を無と有とする詩をあわせたもの、それがこの魔術の詠唱。
多くを求めるがゆえに彷徨い、準備をせず、無駄ばかり。
多くを求めるがゆえに旅立ち、自由に、求める。
自分のことを言っている。だが、自分のことを言っていない。
道を見失い、分からなくなったが、もう大丈夫。
―――英雄を目指し、英雄より受け取り、英雄になり、英雄として渡す。
願いはそれだけ。受け取り、渡すだけのもの。その結末は希望か、それとも絶望か、何かはまだわからないが、それのためにいつか言った台詞を今一度言う。
「さあ、戦争だ。僕を止めるのはたやすかろうが、この思いを止められると思うなよ!」
それからは早かった。地球にある天使の施設を全て調べ上げていたので明け方未明にそれらを同時に爆破した。
もちろんすぐに全世界に伝わり、新聞を沸かせた。曰く、“刈谷は何がしたいのか”や、
“そこまでやるか”とか、“天使を撲滅するのだろう”やら、いろいろ言いたい放題だ。
「別にいまさら気にしないが、ここまでくると坂本とか菊池とかに恨まれているだろうな」
もともと同じような境遇の二人は無実の罪で捕まったり(刈谷の共犯として)、刈谷が何をしたがっているのかということをマスコミに聞かれたり、過激派には追い回されたり……。
「絶対うらんでるな」
うん。絶対ことがすむまで会わないでおこう。
「さてと……やることやるか」
そういうといつしかの決戦場を目指す。
「刈谷はここだけ攻撃しませんでした。天使しか殺す気がないのではないかという説もありますが、どうなんでしょう?」
「刈谷を倒すすべはあるんですか?」
「刈谷に一言!」
聖地の前には報道陣が群れをなし、少し高いところから見ればどこかの大佐の台詞が言えそうだ。
というか、これは完全に余談だがあの大佐って大佐の癖に偉そうなんだよな少将のほうが偉いぞ。
「ノーコメントです。ここから立ち去らないならば魔術による迎撃があります。お引取りください」
天使が対応に追われている。そろそろだな。
「カメラは回しているのか?」
「もちろんだろう。いつ刈谷が現れるかわからないんだからな!」
この喧騒の中、自分に尋ねてきた人が刈谷だと言うこともわからないものらしい。
人ごみを離れ、わざとカメラに映るところに転移する。
「あれは何だ?」
「あれは、刈谷だ! 刈谷が出たぞ!」
「中継だ。中継つなげ!」
刈谷を認識したとたん。急にあわただしく、静かになっていく。
それと同時に炎の槍が二十三ほどこちらに向かってくるが、それを水の盾で防ぎきる。
「おいおい、出てきたんだ。少しぐらい話させろよ」
そういって天使のほうをにらむ。向こうからすればようやく現れた敵で、もう撃退する手段のない敵だ。
「さて、全国の皆様こんにちは。僕が刈谷慎吾です」
そういって屋根に降りつつ一礼する。一切の魔術は飛んでこない。それはそうだろう。こんなカメラの目の前で報道陣を巻き込んで天使が魔術を使えばそれだけで民衆の支持が一気に変わる。
「えー、聞きたいことはいろいろあるでしょうが、一応目的を。
気付いている方もいらっしゃるでしょうが、僕の一つ目の目的は天使の地上からの抹殺。地上からの撲滅です。そもそもの目的、つまり一番の目的は、天使たちの守護する世界の記録の破壊にあります。
世界の記録とは僕が勝手につけた名前ですが、意味は分かるでしょう。世界が記した記録です。そこには過去、現在、未来について事細かに記されています。その内容は人が右手を動かすことや何を発明するか、何を考えているかにまで及び……」
その後も続ける。そして、
「―――しかし、それを破壊する必要があるのかと考える人もいるでしょう。しかし、そうもうまくいきません。もし仮にそれをそのままにしたら後31年で世界は滅びますよ」
爆弾を投下した。
はっきりいってそれは嘘である。プラフ、ハッタリなんでもいい。つまりはそんなことは真っ赤な嘘であるがそれを確認するすべはなく、さらに嘘だということを証明することもできないのだ。ちなみに僕自身間違っていると証明できない。理由はそんなもの調べるすべがないからだ。
「―――嘘だと思ったでしょう。実はですね。今天使を妥当しようと考えている国がいくつかありまして、その国で研究している最中に知らなかったとはいえ魔力を不導石に流し込みすぎて大爆発。知ってました?不導石は魔力を一定量以上ながすと大爆発を起こすんですよ。それを知らずにやって、近くの核ミサイルが誤作動。そして核が放たれ誘爆を繰り返し最後には地球滅亡。というものです。それを防ぐには大きく世界の流れを変えること。つまり、天使の滅亡かそれを記しているものの破壊だけ。天使が記録を守るので天子の滅亡をやっていましたが、どうやっても倒しきれない。だから世界の記録を破壊する。それだけです」
はっきりいってむちゃくちゃなことをいっているがそんなことは聞いている大衆は気にしない。というより気にならない。ちょっと前に魔術なんてものがあったことが明るみになったのだ。御伽噺に過ぎないはずの魔術が本当に有ると知った後の今回の件。結構の人が本気にするのではないだろうか?
「―――嘘を言うな!」
少し黙っていた天使が猛反発する。が、遅い。
「都合の悪いことは嘘と切り捨てる。はっはっは。何時でも何処でも誰でもやることは同じですね」
思いっきり笑ってやる。結構心から笑えた気がする。
『―――ファイアストーム―――』
天使約十名によるファイアストームの同時使用。規模だけならばフレイムサイクロンレベルに達している。
これは相殺しても報道陣に被害が出るので報道陣を連れて転移して逃げる。
「危ないな。報道陣を殺してもこれは生放送だからもう全世界に知れ渡っているって言うのに」
そういって報道陣を守るため簡易的な結界を張る。
「ここに結界を張りました。外からの魔術的な攻撃を防ぎますが、物理的なものは一切防がないので気をつけてください。言い方を変えると報道は続けられるはずなので続けてもらおうが帰ってもらおうがかまいません。
そして、もうかばうことはできなさそうなのでお気をつけください」
そういうと天使のほうに向けて再び転移する。
これでもう人は天使を信じまい。
「やっちまったな。これで天使を人は信じない。報道陣を攻撃しなければまだ信じてもらえたかもしれないのに……」
そういって魔術で天使を吹き飛ばす。
「これで今こっちにいる天使はいないかな?」
魔力を一気に広げ、天使の気配を探る。だが一向にその気配は感じられない。
「ということは、とうとう行くのか」
天界、天使たちの本陣。一人で挑むのは無謀とも言える場所。
「まて、お前を天界に行かせるわけには行かない」
振り返ってみると天使と思われる男。
「どういうことだ? というか、いつからそこにいた?」
雰囲気は弱そうだが、気配に気付けないとは思っていなかった。いくら目を使っていないとはいえ、我ながらそういったものには人一倍敏感であると自負しているのだが……。
「俺は一応天使なんだが、お前が天界に行くといろいろと後悔するぞ。それだけは断言できるし、何よりお前がそこまでしたらほかの存在に動かれる。いや、もう動いているからこうなったのか……」
「ほかの存在?」
後悔なんてもうしているので無視するとしてもほかの存在にはさすがに気が引かれた。
「いろいろ疑問に思わなかったのか? 妙にうまく行き過ぎているとか、あのタイミングであっちに飛ばされるのはおかしいとか」
―――確かに、いろいろとうまく行き過ぎている。自分にとって都合がよかったから考えなかったが、ほかにもいろいろとおかしい点がある。と、いうかそれよりも。
「何でお前がそんなことを知っているんだよ」
こいつとは初対面だろう。さすがに人の名前と顔を覚えるのが苦手な僕でも相手が天使ならさすがに頭の片隅にぐらい入っていてもおかしくない。いや、入っているはずだ。
「―――俺はお前の言う世界の記憶を見たことがある。そしてお前の知らない存在を知っている。だから分かるだけだ。
どうせもう後悔しているんだろう。もういまさら自分が何を失ってもいいのなら行け。止めはしない。だが、もう失いたくないなら、行かないほうがいい。お前はここに残れば間違いなく英雄になれる。お前の夢に」
そういうと男は魔術を使いこの世界から天界にわたる。
ふと、天を見上げる。上に天界があるわけではないが、思わずそうしたくなった。
―――やつの言う後悔の意味は分かる。やつの言うとおり、行けば後悔する。それは絶対だ。天使に殺されたものは天使になる。ああ、分かっている。天界に向かうということは、雫と戦うこと。天使を殺すということはいつか雫をもう一度殺すこと。
―――それがどうした。そんなことでぶれるような決意ではない。だが、後悔はするかもしれない。
だから悩む。悩みを切り離すことは僕にはできない。逃げたい。このままこの世界で一生を終え、死んで逝きたい。だが、そんなことは許されない。
なぜならそれは―――己の信念に対する裏切りだから。
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