撃退という虐殺
刈谷の目的はいたって単純だった。
世界の記録、そういってもわからないかもしれないが、それは未来の事を決定している記録のこと。
その世界でのみ有効なため、ほかの世界に出入りすると狂いだす。
天使はその世界の記録を守護する存在の名で、大きく世界の記録を変える可能性のある存在をその力を持って殺し、さらにその殺したものがまた天使になるというもの。
過去どれだけの人が天使になったかはわからないが、その数は総勢千弱。刈谷が各個撃破しているがそれでも殺した人数は百に満たない。
刈谷の契約している精霊。その実態はラプラスの悪魔というべき存在は、その世界の記録を破壊しようとする精霊の一人。
精霊には二種類がいて、世界によって作り出されたものと人の概念が形を持ったものがいる。
刈谷の契約している精霊は後者にあたり、世界の記録を破壊しようとするものは精霊の中でもごく少数である。
なお、世界の記録で定められているのは何もいつ何が起こるということだけではなく、例えば右手を出す行動などのどうでもいいようなことまで事細かに記されている。
人の思考もまたそこで定められているのだ。たまに出てくる預言者はこれを多少でも読み取る力のあるもののことを言う。この者たちもまた世界にとってはイレギュラーの存在であり、未来が狂いだすので人によっては天使によって秘密裏に殺されている。
世界はコンピューターに似ているのかもしれない。
あらかじめどうなるかを定められ、そのとおりに動き、何かほかのところから現れたイレギュラー(ウイルス)を天使が処理する。
世界の記録を消せるかどうかはわからない。それにまずは襲ってくる天使を殺すことが先決だ。
敵はものすごく強い。反則レベルの魔剣技である絶を使ってやっと複数相手で勝てるのだ。それに、まだ理論も出来上がっていないが失というのも考えている。
魔剣技 絶を防御不能の即死レベルの攻撃だとするならば……。
魔剣技 失は回避、防御不能の消失だ。
絶は空間に干渉し、空間に攻撃する。ゆえにいくら防御を固めても何の意味もない。
滅は世界に干渉し、世界の記録からその対象の存在を消し去る。ゆえに回避できないし、防御の意味もない。
―――まあ、やったことがないから机上の空論だが。
『来たぞ、天剣の後継者はいないようだが、天杖や天弓はいる。どうやらやつらも本腰を入れてお前を殺しに来たようだ』
『遅すぎるだろう。それにしても天剣はいないのか?』
『お前が壊したからな』
何のことだか。
『それにしても逃げなくてもいいのか?あいつらは大体百ぐらい連れて空間隔離を使いつつこっちに向かってきているが』
『―――こないと思ったらそんなの用意してたのか……いくつだ?』
『三十といったところか、面倒な量だぞ』
『面倒じゃなくて、無理だろ。現実的に考えて』
仕方ないから本気で殺しに行くしかない。
『結界二十四層と剣の作成を頼む。目を使うからその程度までしかできないだろう』
『分かってくれてうれしい』
そういうと目を使い、剣を構え、魔力を集める。
「あなたが刈谷ですか?弱そうですね。こんなのに天剣は負けたんでしょうか」
そういう女。こういうタイプは嫌いだ。
「天杖さま。油断なさらず。彼は空間を切り裂きます」
「だからこうやって魔力を大量に使わせるために適当な人数を先に送ったんでしょう?それに防御はできなくても無効化はできるし回避もできる」
天杖と呼ばれた女が右手を上げるといたるところから魔法が飛んでくる。
「―――魔剣技 覇王―――」
すべての魔法を叩き落し、いやな予感がしたのですぐにそちらに攻撃する。
飛んできたのは矢だった。矢は覇王と拮抗し、相殺した。
弓使いまでいるのか、おそらく天弓というやつだろう。こそこそと狙いやがって……。
「―――魔剣技 絶 乱舞―――ッ!」
両手の剣を空中に投げ、腰にある剣を抜き放ち一瞬のうちに何度も周囲の天使を切り裂く。
「―――魔剣技 破―――」
切り裂かれた空間が爆発を起こし、それが天使たちを守る結界を破壊していく。
だが、それだけでは結界を突破できない。
「っち」
再び魔術と矢が襲う。その間に結界は修復され、仕切りなおしになる。否、仕切り直しなどではない。魔力は減っている。絶では結界を一層ずつしか切れないのだ。
これは目算だが、あと三十回同じことを繰り返すと刈谷の魔力が尽きる。
なるほど、これはこちらにとって面倒であり、なおかつ確実に勝てる方法だ。
「正々堂々と正面から打ち倒そうとは思わないのかよ」
「自分がそういった方法をとらないのによくそんなことがいえるね」
これは少し痛いところをつかれた。
「一斉に殺るのは無理か……。なら一人ずつ殺せばいいだけだな」
そういうと腰に刀を差す。
「―――魔剣技 無―――」
結界ごと一人の天使を切り裂く。
「なに―――」
予想通り。結界は空間に対する防御能力は高いが、消失には弱い。これでやつらの作戦の前提条件を崩した。
敵の作戦の前提条件は僕に一撃で殺されないということだ。事実、対策を立てた絶には一撃でやられはしないが、対策を立てなかった無には一撃でやられている。
そもそも無なら“目”を使いさえすれば確実に相手を倒せる自信があった。絶を使い続けていたのはこういった油断を誘うため。
「引くぞ!」
誰の号令かはわからないが、思ったよりも早い対応。予想以上のいい判断だ。今なら天杖、天弓どちらも一斉に殺せる。
「逃がすか」
追撃、転移するまでのわずかな時間にさらに5人切る。
「消耗戦とはやってくれるな。想定されていた戦法の中では一番面倒な戦法だった」
ちなみに一番いやだったのはこのあたりいったいを無差別に人の手を使って空爆することだった。これは事後処理が面倒だ。いわれのない罪を背負うつもりはない。
『そろそろ攻め入らないのか?』
『意味がない。それに成功してもある程度には逃げられるから本拠地を変えられると探すのも一苦労する』
『あれが出来るようになるまで待つということか?』
『そういうことだ』
会話を終わらせ、少し寝転がる。星がきれいだ。
「―――まだ、早い」
―――だが、もう遅い……。
新聞には“抵抗に出た天使を虐殺する刈谷!!それでも貴様は人間か!?”という見出しで今回の件について書かれていた。
新聞の情報だけですでに刈谷慎吾という人物の一生をほとんど追える。生まれ、経歴、成績、召喚、帰還……まあ、それがわかったからといってどうというわけでもないのだが……。
「天使を虐殺ね。どう見てもメディアは刈谷が悪いという方針にどうしても進めたいらしい」
これは仕方ない。いくらメディアが情報を得てもそれを発表させないようにすることが国にはできるのだ。所詮は国の教育方針であり、それによって善悪をすり込まれているのだ。
「か、刈谷。貴様まだこんなところにのこのこと……!」
そういう男。確か昨日会った気もする。
「はあ、知り合いが増えるのって面倒だな」
そういうとふっと姿をくらます。やったことは何てことない転移魔法である。
『いいのか?町にいなくて』
『問題ない。情報収集以外にいる意味のないところだ』
そういうといつしかと同じくどこかあきらめたような顔をして空を仰ぐ。
感想など待ってます。