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愚者という英雄

 ラストです

 ―――勝ったと思った。

 黒竜の魔力が消えたときそう思った。

 だからこの一撃を受けてしまったのだろう。


 魔術が完成したとき、確かに油断した。その油断は一瞬無い程度のものであったが、その隙はこの敵には大きすぎた。

「―――――ッ!」

 突き刺さる拳、腹に生えた敵の腕。

「ゲフッ」

 血を吐く。目の前には笑みを浮かべ、魔力をまとった黒竜。

「我は神になったのだ。魔力など一瞬のうちにある程度は回復する。

 ―――やるなら竜殺しの魔剣か、神殺しの魔剣を用意するべきだったな」

 血が、足りない。

 だが、頭に上った血はうまい具合に降りてくれた。これでまだ考えられる。

 ―――僕は、竜殺しの魔剣や神殺しの魔剣の所在すらわからない。持ってなどいるわけがない。


 ―――いろいろ疑問に思わなかったのか? 妙にうまく行き過ぎているとか、あのタイミングであっちに飛ばされるのはおかしいとか。


 ふと、あの男の言葉が思い出された。


 ―――何よりお前がそこまでしたらほかの存在に動かれる。いや、もう動いているからこうなったのか……。


 ほかの存在? それは何だ? 何か重要なことを見逃していないか?


 ―――ナディアが二度目お前の元を訪れたのはお前を天使にするため。我のように強すぎる存在になるとそれを倒したものが戦えば加護を得られるからな。


 それならなぜ僕で倒せない。加護を得ているんじゃあないのか?


 ―――まて、誰が加護を与えるんだ?


 ほかの存在、加護、もしかしたら、僕の知らないより大きな存在がこれをみているのかもしれない。この世界そのものを。


 ―――一応考古学者が刈谷の墓があるっていって調べに行くけど魔物が強くてあまり行かないみたい。


 ―――その後そこにはひとつの手紙と一振りの剣が墓標のように突き刺さっていた。


 意識のどこかが、光を見つけた。ふと呟く。

「開け」

 空間には穴が開き、そこから七千年と経っても曇り一つなく、光を反射する剣は現れた。



 剣を得た。腹の傷は開いているがそんなことはどうでもいい。どうせ致命傷だ。ふさぐ意味はほとんどない。

「その剣は……まさか!」

 最初に戦った剣、一本しか存在しない虚像から生まれた実像。

 理想が現実と化し、その現実が再び幻想の域にまで昇華した。竜殺しの魔剣。

「せぁっ!」

 黒竜もまた限界だ。いくら魔力の超回復があるにしろこの剣相手は分が悪い。

「おのれ、このような骨董品に!」

 剣は七千年もの間その刀身に自然の魔力を蓄え続け、また、竜殺しの魔剣としての信仰が力を与えていた。

 七千という時の力はこの一戦に真の持ち主の下で解き放たれるのを待つ。

「ぁああああ!!」

 力は空間をゆがめ、竜の鱗を裂き、命を燃やす魔力とともに敵を確実に追い詰める。


 ―――例え神であっても、己を滅した武器ともいえるこの剣は防げないし、武器と持ち主がそろった竜殺しを前に竜である神は耐えられない。


 最後の力を振り絞るように魔力で刈谷を滅しようとしても、刈谷はそれ以上の魔力を使って相殺する。

「ええい、鬱陶しい。いい加減に消えろ!!!」

 放たれる黒き火炎。それは触れるもの全てを燃やし尽くすとまでいわれるもの。

「ぁあ!!」

 だが、それも気合を込めた剣の一閃に消える。

「――――――!!!」

 神になった竜は竜という性質を持つ以上、勝てないことを悟った。

 そして、自分は竜という性質を捨てられないとも……。

「―――解き放て(リベレイト)!!!」

 目前に迫る長剣の刃。

 光り輝くそれには恐らくは全力の己の魔力を軽く超える莫大な魔力が込められていた。

 剣の魔力はその魔力の元である大自然の力をこの一撃に込めて大地すらも殺しかねない一撃となって黒竜を襲う。

 渾身の魔力を込めた両腕でそれを防ぎ―――


 ―――剣の魔力によってその魂ごと吹き飛ばされた。




 神は、因縁の黒竜は殺しつくした。

 もう、転生も何もしてこないに違いない。

「ごふっ」

 穴の開いた腹はもはや手遅れであることを伝えていた。

 ―――だが、まだやることがある。

 ―――まだ、死ぬわけには行かない。

 竜殺しで、神殺しの剣を、間違いなく魔剣といえるようなその剣を杖代わりにして、やるべきことをするために前に進む。

「まだ、魔力は残っているな―――」

 剣と自分の中の魔力を確認し、世界の記録を見る。


 ―――おそらくは、誰もこのたたかいの行く末を知らずに人間たちは生きていくのだろう。それが心残りといえば心残りだった。


 剣を大上段に構え、開放の呪文を唱え、


 ―――己が命を掛けて守ったのは、結局なんだったのか、プライドか?信念か?もしくは何も守れなかったのか―――


 “英雄”刈谷の最後の一撃として、命すらも魔力に変えて、これからの未来に希望を持ち、その希望を守るのだと自分に言い聞かせて、その両手剣を、己への誓い(オウトプロミス)と後に言われる神殺しの魔剣をを振り下ろした。




 そこから先はわからない。もしかしたら世界の記録を破壊することができなかったのかもしれない。

 だが、それはもう、別の話。ここで語られることは、このときより先の時系列に刈谷は存在しないということのみである。





 ―――黒竜のいた場所に刈谷の死体は存在しない。剣もまた同様に。

 ―――ただ一つだけ、ちいさく、また大きな穴が天井に開いていた。

 ―――その穴は光を招きいれ、誰も座ることのない玉座を照らしていた。

 ―――世界は、己を滅ぼしうる存在を容認しない。あらゆる英傑が戦争の中に死ぬのはそういう理由のなのかもしれない……。

 一応、これで愚者の英雄伝は終わりです。

 全体を通した感想、こうしたほうがいいという意見などがあったらお願いします。

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