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【リアリア】 (17)

「……え?」

 私は混乱した。対して、ヒジリは過去の新聞記事を読むように、淡々と説明した。

「菖蒲が『ゲーム』をする上では関わりがない事。黙っておこうと思ったけど、【RT】が喋ってしまったから仕方ないね。それに、【RT】があたしにくっついている以上はいずれ言われる。今言っておく。端的に言うと、あたしは以前『ゲーム』に参加したの。――そして負けたの。そういう過去があるわ」

「ヒジリが、……『ゲーム』を?」

 私は違和感があった。学校生活や人間関係を見るかぎりは、ヒジリは不自由ではない。現実世界を謳歌しているような一面すら見えた。『ゲーム』をしていたとは意外だった。

「それじゃあ……。ヒジリも、『リアリア』だったの?」

「そういう事になるのでしょうね。『リアリア』の症状には幅があって、自覚がないことも多いの。当時はよくわからなかった。ゲームの記憶自体もあんまり無いの。気付いたら『ゲーム』に引き込まれ、気付いたら負けていた。そんな形だったよ。だから、『ゲーム』の細部を菖蒲に説明することもできない」

 私の理解が追いついているか見ながら、ヒジリは言葉を継ぐ。

「『ゲーム』に負けたあたしは、普通ならば殺されるところだった。しかし、『ゲーム』側のイレギュラーな状況によって、殺されなかった」

「どういうこと?」

『ゲーム』はデスゲームではないのだろうか。ルールの穴や緩みがあるということか。

「『ゲーム』は、自身の新陳代謝を持続したがる。つねに脱落したプレイヤーと同量のプレイヤーを補充したがっている。当時、『ゲーム』は、プレイヤーを選別し参加させる手足を欲していた。あたしのような『裁定者インストラクター』を何人か求めていた。それは、たまたまだった。『ゲーム』の目に止まったあたしは、『ゲーム』の運営に協力するのを条件に、殺されるのを免れた」

 つまりは、ヒジリは運が良かったのだ。

「というわけで、あたしには『ゲーム』陣営の監視がついた。あたしが裁定者インストラクターの範囲を出る行為をしないか見ている」

「Soh、その監視者がわしじゃよ。わしは『ゲーム』から派遣されているんじゃ。越権行為を発見したら直ちに殺さねばならない」

 シルクハットから、くぐもった奇声がした。

「Ah、それから、裁定者インストラクターの役目が終了した時点でも殺す決まりだ。それはいつかは分からない。陣営が決めることだ。とにかくヒジリは『ゲーム』の言いなりだ。Hei、そろそろどけてくれ。もう話は終わったじゃろう?」

「と、いうわけね。脱線になったけれど、あたしが部室を借りて勧誘活動をしている事情は説明したわ」

「そういう事情だ。ヒジリは即死ではなく生殺しになったのだ。Oo、冷酷にして残虐なる『ゲーム』の主よ。汝は地獄の業火に焼かれるがII!!」

 ヒジリは帽子を持ち上げ、RTリアリアたんを開放した。RTは巣に戻る鳥のようにヒジリの頭に乗った。キュウリのような形をした戯画化された目。感情は見えなかった。いや、感情など無いのかもしれない。きっとRTは『ゲーム』側の裁断をヒジリに伝えるだけの装置なのだ。

 ヒジリは再びシルクハットを被る。

「Jaah、小娘ちゃん、ごきげんよう。壮麗絢爛なるデスゲームへようこそ。存分に楽しんでくれたまえ……」

 RTは、はじめから居なかったかのように沈黙した。だが、私はその沈黙を知っていたはずだ。春の最初の頃から、RTはヒジリのバッグの中に潜んでいたのだ。RTはこれからも気味の悪い沈黙を垂れ流し、ヒジリを監視するつもりだ。

 私だったら、そのストレスに耐えられるだろうか?

 

 

 ヒジリは、猫のようにやわらかく伸びをした。おもむろにステッキ状の器具の調整を始めた。私が見ていると、器具に興味を持ったと勘違いしたようだ。いじりながら説明した。

「これは『Gカウンター』といって、世界との摩擦係数を計るものなの。『リアリア』判定装置、と言ってもいいわね。裁定者インストラクターはこれが貸与されるの。菖蒲の『リアリア』もこれで判定した。ただ菖蒲の数字は揺れるのよねえ。0だったかと思うと、200とか高い数値が出たり。カウンターの故障なのかしら」

 ヒジリは、裁定者インストラクターの自分の仕事を、どう思っているのか。

『ゲーム』に捉われた運命を悲観しているのか。通り越して、諦めてしまったのか。それらを考える事もやめて、ただの仕事マシーンと化すことにしたのか。

 だが、ヒジリを見ているかぎり、運命を怨む屈折したオーラもなく、蒙昧に仕事の手順をなぞる弛緩した気配もなかった。

 ヒジリにあるのは、端然とした存在感だった。夏でも冷たく流れる山奥の滝のような、どこまでも涼やかな瞳。

 私の胃には、ヒジリをベットにした重石が、錨のようにもたれた。

 当のヒジリは、すでに忘れてしまったように、日常通りに振舞っていた。それは風に揺れる薄いカーテンのようでもあり、近づけない厚い壁のようでもあった。

 やがて、話が終わったと言うように、ヒジリは出口を指し示した。

 私の心には、ぼんやりとした引っ掛かりがあった。だが、私はそれを棚上げにして、部屋をあとにした。

 こうして、ヒジリとの会合は終了した。

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