【リアリア】 (16)
「――と言えばいいのかナ?」
甲高い声がした。
「とか思っているのじゃよ。Ha!! 一筋縄ではいかないのがこの女さ。『信じている』を信じる先にあるのは、一体何だろうね?」
声は、続いた。
ヒジリは口を閉じている。喋ってはいない。では、誰の声なのか? 心なしか、ヒジリは赤面したように見える。
「Yah、ヒジリ、その子が新しい『ゲーム』に囚われた子か? わしを紹介してくれないか。闇と混沌の分身、破壊と騒乱の化身であるこのわしを……。Oi、早くしないか、わしは気が短いのじゃよ!」
ゴンゴンと叩くような音がした。
ヒジリのシルクハットの中からだった。
ヒジリは、珍しく顔に不満を浮かべ、両手でシルクハットを持ち上げた。
私はあっと声を上げた。
ヒジリの髪の上に、かわいらしいぬいぐるみが乗っていた。
そのぬいぐるみは、部屋のドアノブに提がっていたプレートのキャラクターだ。ふいに三次元のぬいぐるみの姿で登場した。
いや、ヒジリは先刻からシルクハットを被り続けていた。このぬいぐるみはシルクハットの中に収まっていたのか。
「Yah、プレイヤーの諸君! わしじゃよ、わし、闇と混沌の分身……。Ah、我が忠実なるヒジリ、紹介じゃよ紹介」
頭上のやかましい声に、ヒジリは憤懣とも思える瞑想状態を披露していたが、やがてボソリと吐き出した。
「……【リアリアたん】」
「声が小さい!!」
「【リアリアたん】!!」
ヒジリは真っ赤な顔で叫んだ。
正直、私は萌えた。
「Fuh、さよう。わしは【RT】、この『ゲーム』のマスコットじゃよ。プレイヤーの皆を和ませるのさ。かわいいじゃろうが?」
デフォルメされたヒジリの顔は、のっぺりと開いた形のフェルトの口で言った。どこから声が出ているのだろう。子供の頃、温泉旅館の土産物屋で見た「笑い袋」を思い出す。袋の中にボタンがあり、ボタンを押すと擦り切れたテープのような声で笑う玩具だ。けれど、ぬいぐるみが喋るとは、どういう仕組みだろうか。
ともあれ、この「笑い袋」は、ヒジリを言葉責めで赤面させるとは只者ではなかった。
「――すまないわ。余計者がしゃしゃり出て、水を差したわね。このぬいぐるみの喋る事の何割かは、『ゲーム』によって仕込まれたフォーマット。その意味ではレコーダーみたいなもの。話半分で聞いたほうがいいよ。『ゲーム』由来の存在物ではあるけれど――」
ヒジリは腕組みし、仏頂面で言った。
「Hyu~~、それだけかい。説明してくれよ。わしがお前と一緒に居る事情をさ。わしはいつもヒジリのカバンの中に居るのさ」
ぬいぐるみはモンシロチョウのようにゆらりと飛び、私の顔の前でホバリングする。
羽根も翼もない。というか、顔だけである。どうやって浮いているのか?
「お前が言わないならばわしから言おう。Hey、プレイヤーの小娘ちゃん、じつはこのヒジリはね……」
「待ちなさいあたしが言うから」
ぬいぐるみが消えた。
机の上を素早く這って来たヒジリが、シルクハットを捕虫網のように使い、ぬいぐるみを捕獲したのだ。
「Hey!! 何をする。お前は乱暴だな!! Kuso!!」
シルクハットを机に押さえ付け、ヒジリは切り出した。
「――ショウブ、この【RT】は、あたしの監視者よ」
RT、だからRTなのか。ところで、【リアリアたん】とは、間抜けに見えて巧い名前かもしれない。
『リアリア』――つまり「現実病」のこと。私にとって『リアリア』とは、現実世界を象徴する文字列だった。そして『リアリア』の者だけが『ゲーム』に参加できる。【リアリア】という語は、現実とゲームの焦点なのだ。
……え、監視者?
ヒジリの言葉が、あたしの中に残る。
ヒジリは、監視されているのか? このぬいぐるみに?
……なぜ?
私の思考を、ヒジリの言葉が切った。
「あたしは昔『ゲーム』をした。そして、『ゲーム』に敗れた」