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【リアリア】 (15)

 そう。現実世界でない異質の存在。「断片」の化身。

 彼女なしには『ゲーム』には招かれなかった。全部がつまらぬ現実世界を向こうに回し、「現実病」の毎日を着々と歩いていただろう。

 だが彼女だけは意味のある存在。『ゲーム』への端緒にして、最大の原因だった。

 私にとって、唯一の「大事な物」は空蝉ヒジリなのだ。だから「最も大事な物」はヒジリ以外に無かった。

 だが、口にした後で、私は凄まじい恐怖を覚えた。ヒジリをベットにするなんて道義的に許されない。クリアできなければベットは消滅するとヒジリは言った。私はヒジリをベットになんてしたくない。あたりまえだ。ヒジリは大事な人間だ……。

「……」

 ヒジリは無言で私を見た。裁定者インストラクターの醒めた顔を崩さなかった。クスッと鼻を鳴らした。

「――あはは。おもしろい。君がクリアできないと、あたしが死ぬわけね。裁定者インストラクターをベットにしたプレイヤーは初めてよ。では、参加の手続きをするわね」

 ヒジリは、セリフ上は興奮していたが、表情は凪いでいた。カバンから書式の整ったB6サイズのカードを出した。『ゲーム』の申請書だった。ヒジリはカードに私の名前などの事項を万年筆で書いた。

 ヒジリは、自分がベットとなったことを気にする様子はなかった。私のほうが心配になった。

「あの、ねえ、いいの? あなたをベットにして」

「ほかに『もっと大事な物』はある? 偽りの申告は差戻さしもどしになる」

「……ないと思う」

 私は言った。考えたが無かった。全然、無かったからだ。私は申し訳なく思った。だが一方、現実世界で一個でもベットを思いついたのは奇跡的だとも思った。当然だ。ヒジリの存在は奇跡なんだ。

 ヒジリは、自分がベットになったのに、髪の毛一本でも出すかのような態度だった。私への怒りや失望を抑え込んだ顔付きではない。「裁定者インストラクター」の義務で感情を抑えているのでもない。理解しがたい精神で。だがそれゆえに私はヒジリを一段と尊敬した。

「なら問題ないわよ」

 カードに記入を終えたヒジリは、いつも学校に持って来ているサイコロ型のショルダーバッグを開いた。

 バッグの中にはステッキのような物体がナナメに収められていた。金属の棒の先端に、握り拳大のメーター状の部分がある。初めて見る器械。古代の遺物のようであり、謎めいた進歩的なテクノロジーも思わせる。ステッキは私に向けられ、メーターの窓には赤いデジタル数字が、「0」「72」などと表示され、変化している。

 ヒジリはメーターの溝にカードを差し込んだ。カウンターはゼンマイが回るような音を立て、カードを飲み込んだ。「ピー」という音とともに排出されたカードには、紋章のような刻印が施されていた。

「……ん。差戻は無かったね。合格よ。君は『ゲーム』への参加が認められたわ」

 ヒジリは参加申請のカードを、バッグの中のパスケースに保存した。と、その時、メーターが唸り、何かが吐き出された。

 それは、腕輪だった。

 紫色の腕輪。奥深いが不穏さも感じさせるような色。

 ヒジリは立ち上がり、腕輪を私にくれた。

「腕輪は、いつも着けてね。それはプレイヤーの証明。ゲームオーバーになるか、クリアするまで外せない。外したら失格になるから」

 ヒジリは事務的に説明し、私の右手首に腕輪を着けてくれた。

 ヒジリには事務的な作業だろうが、私は緊張と高揚を感じた。そういえば、ヒジリをベットにすると宣言した時、私はヒジリに告白したようなものだった。

 腕輪はゴムでもプラスチックでもない独特の締め付けがあった。驚いたことに、同化するように腕に潜り込み、やがて見えなくなった。何かが嵌められているフィット感だけがあった。もう一度、手首を見るが、やはり、腕輪は見えない。

「あたしの説明はここまで。『ゲーム』は始まったわ。あとは身を委ねて」

 ヒジリは私の肩をぽんと叩いた。

 私は戸惑った。

『ゲーム』は始まった、とは? 

 開始のファンファーレも、派手なイベントもない。

 何も始まったように思えない。

「いつどこで『ゲーム』をしたらいいの?」

「考えなくていい。現実の襞だと言ったはず。『その時にそこにある』。すぐにわかる」

 私はゲームの具体的な話をもっと訊きたかった。しかしヒジリは椅子に戻った。

 私は、ふと疑問がよぎった。

 ヒジリは、この「サークル」を一人で運営しているのだろうか?

 どうしてヒジリは裁定者インストラクターをしているのだろうか? 

 

「『酒場』でも言ったけれど、君はレベルが低い。ゲームをクリアする見込みはたぶんない。あたしは、そんな君によってベットにされた」

 ヒジリが呟いた。

「さっき言ったけど、裁定者インストラクターをベットにしたのは、今までで君が初めて。少し戸惑った。今も余韻を感じているかもしれない」

 何となくふわふわした口調だった。ヒジリは自分がベットになったことを、整理しかねている。『ゲーム』を管理する無感情なマシンというわけでは、なかった。私は改めて罪悪感を覚えた。目を逸らしそうになったが、ヒジリが私を見詰めたので、私も見続けた。

「でも、君の『ゲーム』への想いはわかった」

 より強く、ヒジリは私を見た。

「君を信じている」

 ヒジリは、そう言ってくれた。

『ゲーム』を頑張ろう。私は重ねて思った。

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