【リアリア】 (10)
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「勧誘」に行くはずだったというヒジリは、サークルビルのすぐ近くにある『酒場』という名前の店に私を連れて来た。
お世辞にも広いとは言えない店内だ。カウンターには場違いに体躯のよいラオウのようなマスターが立っていた。赤いエプロンが相当違和感があった。
夜であることを考えても、店内は暗かった。気をつけないと段差で転びそうだ。見たことない海外企業のロゴを象ったネオン的なインテリアが、照明の代わりをしていた。
私はヒジリの向かいの席に座り、厚手のビニールに収められたメニューを見た。飲み物はソフトドリンクから酒まで、食べ物はサンドイッチから鳥の丸焼きまで幅広い。
巨大なラオウ氏が注文をとりにきた。ヒジリはチキンサンドを注文した。私は、迷った末に目についた肉丼を頼んだ。
「――で、あんたが訊きたいことって何だっけ?」
急き立てるようにヒジリは言った。私は面食らった。さっき自分で「喋ってあげる」と言ったはずだ。
「何のサークルなの? 何人ぐらいのサークル?」
私は、やむなく質問をこしらえた。質問は何でも良かった。ヒジリと接点をもつという目的は、現実に進行していた。何のサークルでも、何人のサークルでも、余計な情報であった。ヒジリだけ居ればいい。
「925号室のサークルは『サブカル研究会』を自称しているわ。体裁があると部室が貸与される。部室あると、何かと便利。部屋番号をビラに書けるし…………あっと、ビラの話だったかな? 菖蒲は『人生を捨てる』ことに興味があるわけ?」
「そのビラの話を、ヒジリがしてくれるんでしょ」
私は話を軌道修正する。
教室では、ヒジリはもっと実直で、ただの「明るい女の子」に見えたが、今は違った。移り気で、話が漂流した。シルクハットを被っているから言うわけじゃないが奇術師のようだ。
「あなたは『リアリア』のようね」
唐突に、ヒジリは言った。
「――リアリア?」
私は鸚鵡返しに訊ねた。
リアリア。意味不明だが、なぜか腑に落ちる語の響き。謎めいた霧を晴らす閃光のような響きだった。ヒジリは正しいことを言った。そういう気がした。
ヒジリは確信的な、落ち着いた目で私を見た。催眠に似た効果でもあるのか、私はその眼光に納得したい誘惑を感じた。
いやちがう。自分から納得したがっていた。私は、『リアリア』だと。ヒジリとの共感を得たいために、同意したい欲望に駆られた。
「『リアリア』は、『リアルフォビア』の略語。あたし達が言うところの【現実不然症】のことなの。簡単に言うと、いわゆる現実というものが一般普遍的に機能しなくなる人体的症例。といってもたぶんわからないと思う。ようするに、ほぼ菖蒲のこと。そう考えて支障ない。この世界の人間の中で、菖蒲はちょっと特殊よ☆」