第03話「私の指示通りに」
# 第03話「私の指示通りに」
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## 1
3回目のダンジョン。
リンとミオは、もう浅層では物足りなくなっていた。
「中層に行きたいんだけど」
ギルドの受付で、リンはエルマに言った。
エルマは目を丸くした。
「中層? ミオちゃん、まだEランクですよ?」
「私が指揮を取る。問題ないと思うけど」
「リンさんは事務員でしょう。現場復帰の申請は——」
「申請は出した。ヴェルナーに」
エルマは口をつぐんだ。
「……本当ですか」
「嘘は言わないわ」
横で、ミオがリンの裾を掴んでいる。不安そうな顔。
「リン、ちゅうそうってむずかしいの?」
「浅層より敵が強い。死亡率も上がる」
「ミオ、死んじゃう?」
「死なせない」
リンは、自分でも意外なほどはっきり言った。
「私の指示通りに動けば、死なない」
ミオの目が、ぱっと明るくなった。
「うん! リンの言う通りにする!」
エルマは、何か言いたそうな顔をしていた。でも、何も言わなかった。
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## 2
中層6階。
空気が変わる。魔力の濃度が、浅層とは比較にならない。
かび臭さに、血の匂いが混じっている。誰かが死んだ跡。最近のものじゃない。でも、壁に残っている。
ミオが鼻を鳴らした。
「へんなにおい」
「血の匂い。——気にしないで。集中して」
「うん」
リンは目を閉じた。空間把握。
通路の構造が、頭の中に展開される。複雑。浅層より入り組んでいる。罠も多い。
「止まって」
ミオが止まる。
「三歩先、床の色が違う。罠。踏まないで」
「うん」
ミオが罠を避ける。
「右に曲がって。敵が4体。——待って」
リンの眉がひそまる。
「……予想通りじゃない部分がある。少し待って」
「うん。待つ」
ミオはその場で止まった。完全に。呼吸すら浅くして、リンの指示を待っている。
リンは、もう一度空間を把握し直した。
敵は4体。でも、1体が動いている。パターンが読めない。
——どうする。
このルートは使えない。迂回するか。でも、迂回先にも敵がいる可能性がある。
「リン?」
ミオの声。不安そう。
「——ごめん。考えてた」
「うん。リンが考えてる間、ミオは待ってる」
「……ありがとう」
リンは深呼吸した。
「左に迂回する。そっちの方が安全だと思う」
「うん!」
ミオがついてくる。
——この子は、本当に何も疑わない。
私が「左」と言えば左に行く。「右」と言えば右に行く。
それが怖い。
それが、ありがたい。
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## 3
中層7階。
敵と遭遇した。リザードマン。3体。浅層の敵より、明らかに動きが速い。
「ミオ、右から回り込んで。私が牽制する」
「うん!」
ミオが飛び出す。
リンは魔力弾を放つ。1体の顔面に当たる。怯む。
その隙に、ミオが斬りかかる。首を落とす。
2体目が反応する。ミオに向かって——
「後ろ!」
ミオが振り返る。剣で受ける。金属音。火花が散る。
「押し返して、距離を取って!」
「——っ!」
ミオが力任せに押し返す。リザードマンがよろめく。
「今! 心臓!」
ミオの剣が、リザードマンの胸を貫く。血が噴き出す。
3体目。背後から迫っている。ミオは気づいていない。
「伏せて!」
ミオが伏せる。リンの魔力弾が、ミオの頭上を通過して、3体目の顔面に直撃する。
怯んだ隙に——
「立って、斬って!」
ミオが立ち上がり、斬る。首が飛ぶ。
「……倒した?」
「倒した」
ミオが振り返る。息が上がっている。汗が顔を伝っている。
でも、怪我はない。
「リン、すごい。全部教えてくれた」
「……あなたが動いたから」
リンの手が、震えている。
3年ぶりの、本当の戦闘指揮。浅層とは違う。中層は、本当に死ぬ場所。
——私の指示で、この子が死んだら。
また、あの時と同じになる。
「リン?」
ミオが近づいてくる。
「リン、手、震えてる」
「……大丈夫」
「大丈夫じゃない。リン、顔、白い」
ミオがリンの手を取った。大きな手が、小さな手を包む。
「リン、あったかくない。冷たい」
「……」
「ミオがあっためる」
ミオがリンの手を、両手で包んだ。息を吹きかける。
「あったかくなれ」
「……何してるの」
「あっためてる」
「そうじゃなくて——」
「リンが冷たいから。ミオ、リンがあったかい方がいい」
リンは、何も言えなかった。
——この子は。
「……もう少し、進むわよ」
「うん。リンの手、離さないでいい?」
「……いい」
「やった」
ミオが笑う。
リンの手は、まだ震えていた。
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## 4
その夜。
リンは、一人で宿に帰った。
ミオとは、ギルドで別れた。それぞれの宿に帰る。当然のこと。
でも、何か落ち着かない。
手持ち無沙汰。何をしていいかわからない。ミオがいないと——
——違う。何を考えている。
リンは首を振った。
ベッドに入る。目を閉じる。
眠れない。
また夢を見た。
3年前。中層12階。
「大丈夫。このルートなら行ける」
自分の声。確信に満ちた声。
でも、行けなかった。
想定外の増援。退路を断たれる。一人ずつ倒れていく。
——リン、逃げろ。
マルコの声。
——お前は生きろ。
背中が裂ける。血が飛び散る。鉄の匂い。
——大丈夫だって言ったのに。
「——っ!」
リンは目を覚ました。
息が荒い。汗で服が張り付いている。心臓がうるさい。視界がぼやける。
「リン?」
隣から、声がした。
ミオがいた。同じベッドに。
「……なんで、ここに」
「リン、一人だと眠れないって言ってた。ミオも一人だと眠れないから。一緒に寝ようって」
「言った……?」
覚えていない。昨日、疲れて、そのまま——
「リン、怖い夢見た?」
「……」
「ミオも、昔、怖い夢見てた。孤児院の夢。暗い部屋に閉じ込められる夢」
ミオが、リンの手を取った。
「でも、誰かと一緒に寝ると、怖い夢見ない」
「……」
「リン、ミオと一緒に寝てるから、もう大丈夫」
リンは、何も言えなかった。
目頭が熱い。泣きそうになる。こらえようとしても、目頭が熱い。
「……ミオ」
「うん」
「私の指示通りに動いて」
「うん」
「私といると、死ぬかもしれない」
「うん」
「それでも——」
「リンの言う通りにする」
ミオは、当たり前のように言った。
「リンが『死ね』って言ったら、ミオ、死ぬ」
「……そんなこと言わない」
「じゃあ、死なない」
ミオが笑った。
「リン、あったかい。リンの匂い、好き。安心する」
「……」
「おやすみ、リン」
「……おやすみ」
ミオの呼吸が、すぐに穏やかになった。眠っている。
リンは、目を閉じなかった。
——この子は、私を信じすぎている。
私の指示が間違っていたら。私がまた、判断を誤ったら。
この子は死ぬ。
でも——。
ミオの手が、リンの手を握っている。眠っていても、離さない。
——離れないで。
そう言いたげな手。
リンは、その手を握り返した。
今夜は、もう悪夢を見なかった。
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*第03話 了*




