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第02話「噛み合う歯車」

# 第02話「噛み合う歯車」


---


## 1


医務室から出てきた少女は、リンの想像とは違っていた。


銀髪のショートボブ。琥珀色の大きな目。168センチ——リンより13センチも高い。見上げる形になる。


でも、目が合った瞬間、その目がきょとんと丸くなった。子供みたいな表情。虚ろさの奥に、無邪気さが透けて見える。


「……あなたがミオ?」


「うん。ミオ。……あなたは?」


「リン。今日から、あなたの——」


何と言えばいい。上司? 指揮官? 保護者?


「——指示を出す人、になると思う」


「しじ?」


ミオは首をかしげた。


「ミオに何すればいいか教えてくれる人?」


「……多分、そう」


「やった」


ミオの顔がぱっと明るくなった。嬉しそうに小さく跳ねる。


「ずっと、誰か教えてくれる人欲しかったの。一人だと、何すればいいかわかんなくて」


リンは眉をひそめた。


登録情報の備考欄。『判断力に深刻な問題あり』。これか。


「……とりあえず、浅層に行くわ。一緒に来て」


「うん!」


ミオがついてくる。リンの後ろを、少し距離を置いて。


ふと気づく。ミオの腕。白系の軽装から覗く肌に、古傷がいくつも見えている。孤児院で、と聞いた。殴られたり、外に立たされたりしたらしい。


「……怪我、もう大丈夫なの」


「うん。もう痛くない」


痛くない。


痛覚が鈍い、とエルマは言っていた。便利なようで、危険。


「……そう」


リンは前を向いた。


嫌な予感がする。この子、本当に大丈夫なのかしら。


でも——。


試してみろ。一回だけでいい。


ヴェルナーの声が、頭に残っている。


---


## 2


浅層1階。


リンは入口で立ち止まった。


久しぶりのダンジョン。3年ぶり。


空気が違う。魔力が濃い。かび臭い匂いと、湿気と、何か腐ったような匂いが混じっている。肌がざわつく。首筋に、見えない視線を感じる。


——違う。今は何もいない。これは過去の記憶が蘇っているだけ。


「リン?」


ミオの声で、意識が戻る。


「……何でもない。行くわよ」


歩き出す。空間把握能力が、自動的に起動する。


通路の幅、天井の高さ、曲がり角の位置。頭の中に、地図が描かれていく。壁の向こう側の空間まで、魔力で感知できる。


「この先、右に曲がって。敵はまだいないと思うけど」


「うん」


ミオが素直についてくる。


2階への階段。降りる。湿気が濃くなる。足元の石が、水気を含んでじっとりしている。


魔力の気配。3体。小型。ゴブリンだろう。


「止まって」


ミオが止まる。


「この先、曲がり角の向こうに3体。左に2体、右に1体。——私が魔力で牽制するから、まず右から。その後、左を順番に」


「うん、右から。……行く!」


ミオが飛び出す。


速い。リンの目で追うのがやっとの速度。足音がほとんどしない。


右のゴブリンに斬りかかる。一撃。首が飛ぶ。血が壁に飛び散る。


左に2体が反応する——リンが魔力弾を放つ。威力は低い、でも牽制にはなる。青白い光がゴブリンの顔面を掠める。


その隙に、ミオが距離を詰める。


斬る。斬る。


「——倒した。次は?」


ミオが振り返る。剣に血がついている。顔にも、少し。でも息も切れていない。


リンは目を見開いていた。


速い。正確。指示通り。寸分の迷いもない。


「……次は、この先。もう少し進んでいいと思う」


「うん! ねえリン、ミオ、ちゃんとできてた?」


「……ええ。よくできたわ」


ミオの顔がぱっと明るくなる。尻尾があったら振っていそうな勢い。


「やった!」


ついてくる。リンの服の裾を、無意識に掴んでいる。


「……裾、離して」


「あ、ごめん」


ミオが手を離す。でもすぐにまた、そわそわと手が伸びる。


「……いい。掴んでて」


「いいの?」


「邪魔じゃなければ、だけど」


「やった」


ミオが嬉しそうに笑う。小さく跳ねる。


リンは、少しだけ息を吐いた。


——変な子。


でも、悪くない。


---


## 3


3階まで降りた。


ここまで、リンの指示は全て的中していた。敵の位置、罠の場所、安全なルート。ミオは全て、指示通りに動いた。


汗が背中を伝う。久しぶりの緊張感。でも、嫌じゃない。


「リン、すごい。全部当たる」


「……別に。空間把握ができるだけ」


「くうかんはあく?」


「ダンジョンの構造が、頭の中で見えるの。敵の位置も、魔力で感知できる。——説明すると長くなるけど」


「すごい」


「すごくないわよ。私は自分で動けないから」


リンの声が、少し硬くなる。


「私にできるのは、指示を出すことだけ。実際に戦うのは、あなた」


「うん。ミオが戦う。リンが教えてくれる」


ミオは、当たり前のように言った。


「それでいいの。ミオ、一人だと何すればいいかわかんないから。リンがいてくれると、わかる」


リンは黙った。


——この子は、何も疑わない。


私の指示が正しいかどうかも。私が過去に何をしたかも。


「……この先、開けた場所に出る。ボス部屋だと思う。浅層だから、そこまで強くないはずだけど」


「うん」


「視界が広いのは、敵も同じ。慎重に」


「わかった」


ミオが剣を構える。


リンは、一歩下がった。


——ここから先は、ミオに任せるしかない。


私は、動けない。動いたら、また——。


首筋が冷える。嫌な汗が浮かぶ。


でも、今は。


「行って」


「うん!」


---


## 4


ボスは、オークだった。


浅層にしては強い。体長2メートル以上。棍棒を振り回している。


でも、ミオの動きはさらに速かった。


「右足を狙って。動きを止めて」


「うん!」


ミオが飛び込む。剣が右足を切り裂く。血が噴き出す。オークがよろめく。悲鳴を上げる。


「左から回り込んで。背中に——」


「——っ!」


ミオが跳ぶ。背中に剣が突き刺さる。深く。肺まで届いたかもしれない。


オークが倒れる。地響きがする。


「……倒した?」


「倒した」


リンは、深く息を吐いた。


肩から力が抜ける。自分で張り詰めていたことに、今さら気づく。手が震えている。——違う、これは緊張の反動。3年ぶりの戦闘指揮。


「リン、大丈夫?」


ミオが近づいてくる。心配そうな顔。


「大丈夫。……あなたこそ、怪我は」


「ない。全部避けれた」


「……そう。いい子だったね」


言ってから、自分で驚いた。何を言っているんだ、私は。


でも、ミオは嬉しそうだった。


「リンに褒められた」


「褒めたんじゃ——」


「褒められた!」


ミオが笑う。汗で銀髪が額に張り付いている。頬に返り血がついている。でも、表情は無邪気そのもの。


——よくやった。


そう言いたい。でも、言えない。その言葉は、別の誰かのものだから。


「ミオ。帰るわよ」


「うん。……ねえ、リン」


「何」


「また、一緒に来てくれる?」


ミオの目が、不安そうに揺れている。


——見捨てないで。置いてかないで。


そう言いたげな目。孤児院で、何度もそう願ったんだろう。


リンは、少しだけ目を逸らした。


「……一回だけって言ったけど」


「うん」


「もう少し、続けてもいいかもしれない」


ミオの顔が、ぱっと明るくなった。


「本当?」


「嘘は言わないわ。——多分」


「やった!」


ミオが飛び跳ねる。リンの手を掴む。


「リン、あったかい」


「……離して」


「やだ」


ミオが笑う。屈託なく。


小さくて冷たい手を、大きな手が包んでいる。——違う、ミオの手が大きいんだ。リンの方が小さい。


「……帰るわよ。報告しないと」


「うん!」


ミオがついてくる。リンの手を、離さないまま。


リンは、振り払わなかった。


——この子を、私が壊してしまったら。


その恐怖は、まだ消えていない。


でも、今日だけは。


今日だけは、うまくいった。


---


*第02話 了*


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