表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/15

第11話:平穏の終わり

# 第11話:平穏の終わり


 朝の光が、薄いカーテンの隙間から差し込んでいる。リンは目を開けた。隣で、ミオが寝息を立てていた。銀色の髪が乱れて頬にかかっている。リンの腕を抱き枕のようにして、離さない。


 毎朝、こうだ。


 リンは小さく息を吐いた。ミオの体温が伝わってくる。窓の外から、街の雑踏がかすかに聞こえる。宿の部屋は狭くて、二人で寝るにはベッドが小さい。でもミオは嬉しそうだから、リンは何も言わない。


 髪を耳にかけながら、リンはミオの顔を見下ろした。無防備な寝顔。穏やかで、少し幼い。孤児院で育ったとは思えないほど、安心しきっている。


 それはきっと、リンがいるからだ。


 リンは軽く肩を揺すった。


「……起きなさい。依頼があるわ」


 ミオがうっすらと目を開ける。琥珀色の瞳が、リンを捉える。


「おはよ、リン」


 声が嬉しそうだ。まだ半分眠っているのに、笑顔になる。リンの腕を抱きしめる力が強くなる。


「今日も一緒だね」


「……ええ」


 リンは答えた。今日も一緒。昨日も一緒。明日も一緒。それが当たり前になっている。


 ミオがベッドから起き上がる。服を着替える。リンも準備する。二人の動きは、もう完全に同期している。どちらかが何かを取ろうとすると、もう片方が道を開ける。言葉がなくても、わかる。


 宿の食堂で朝食を取る。パンと野菜のスープ。ミオは嬉しそうにパンをかじる。リンは読みかけの戦術書に目を落としている。


「リン、今日は何するの?」


「中層の討伐。魔物が増えてるらしいわ」


「うん。一緒に行く」


「……そうね」


 リンは本を閉じた。ミオがリンの裾を掴んでいる。無意識の癖だ。離れるのが怖いのだと、リンにはわかる。


 自分も同じだから。


 ミオを視界から外すと、落ち着かない。心臓が少し早くなる。首筋がざわつく。それが不快で、リンはすぐにミオを見る。そうすると、安心する。


 依存だ。わかっている。


 でも、やめられない。


   *


 ギルドに着くと、受付のエルマが笑顔で迎えた。


「あら、今日もお二人一緒ですか」


 リンは依頼票を差し出した。


「中層13階の魔物討伐。受けるわ」


 エルマは依頼票を確認しながら、ちらりとミオを見る。ミオはリンの後ろに立って、裾を掴んだまま。体格は大きいのに、小さな子供みたいに隠れている。


「最近、本当にいつも一緒ね」


 エルマの声が、少し含みを持っていた。リンは眉をひそめる。


「何か問題?」


「いいえ」


 エルマは首を横に振った。でもその表情は、少し複雑だ。心配しているのか、呆れているのか、リンにはわからない。


「……ただ、気をつけてね」


「……わかってる」


 リンは依頼票を受け取った。ミオがリンの袖を引く。


「リン、行こ」


「ええ」


 二人は並んでギルドを出る。ミオがリンの隣を歩く。二人の歩幅はもう完全に合っている。離れない。離れたくない。


 リンは小さく息を吐いた。エルマの言葉が、少しだけ胸に引っかかる。でもすぐに忘れた。ミオがいるから、他のことはどうでもいい。


   *


 ダンジョンの空気は、湿っていて冷たい。かび臭い匂いが鼻をつく。リンは魔力を感知しながら、前方を睨む。


「左に2体。弱い。右に1体。こっちの方が強い。まず左から片付けて」


「うん」


 ミオが剣を抜いた。軽い足取りで駆け出す。リンの指示通りに動く。左の魔物に斬りかかる。一撃。二撃。倒れる。


「次、右」


「——っ!」


 ミオの剣が空気を裂く。右の魔物が咆哮する。でもミオは怯まない。リンが後ろにいるから。指示があるから。恐怖がない。


 リンは魔力を放出して牽制する。魔物の動きが止まる。その隙に、ミオが間合いを詰める。斬撃。魔物が崩れ落ちる。


「よくやったわ」


 リンの声に、ミオが振り返る。笑顔。血のついた剣を持ったまま、嬉しそうに笑う。


「リン、かっこよかった」


「……仕事よ」


 リンは視線を逸らした。でも少しだけ、嬉しい。ミオが褒めてくれると、自分の価値を感じられる。


 ミオが近づいてくる。剣をしまって、リンの前に立つ。尻尾を振る犬みたいに、嬉しそうに。


「ミオ、ちゃんとできた?」


 リンは小さく笑った。ミオの頭に手を伸ばす。銀髪を撫でる。柔らかい。


「いい子よ」


 ミオの顔がぱっと明るくなった。目を細めて、リンの手に頭を押し付ける。


「えへへ」


「……行くわよ。まだ終わってないでしょ」


「うん!」


 ミオの声が弾む。リンは前を向いた。でも少しだけ、口元が緩んでいる。


 戦闘は順調だった。リンの指示、ミオの実行。完璧な連携。二人でいれば、何も怖くない。


 魔物を全滅させる。討伐完了。リンは周囲を確認して、頷く。


「戻るわ」


「うん」


 ミオがリンに寄り添う。肩が触れる。リンはそれを拒まない。二人で並んで、地上に戻る。


 ダンジョンを出ると、街の空気が肌に触れる。温かい。生きている。リンは深く息を吸った。ミオも同じように息を吸う。二人の呼吸が、少しずつ同期していく。


   *


 ギルドに戻って、報告を済ませる。エルマが報酬の銀貨を手渡してくれた。


「お疲れ様です」


「ええ」


 リンは銀貨を受け取った。ミオが隣で待っている。リンの裾を掴んだまま。


 ギルドのロビーには、いつもの冒険者たちがいる。依頼を確認している者、仲間と話している者、疲れた顔で酒を飲んでいる者。


 でもその中に、見知らぬ顔があった。


 リンは立ち止まった。


 男だ。黒いローブを着ている。顔は影で見えない。でもその視線が、ミオに向けられていた。


 リンの首筋がざわついた。


 何かが、おかしい。


 男は何も言わない。ただミオを見ている。


 その時、リンの袖を掴む手に力が入った。


 リンはミオを見た。ミオの顔から血の気が引いている。琥珀色の瞳が揺れている。本人も気づいていない様子で、リンの袖を強く握りしめている。


「ミオ?」


「……え?」


 ミオが首を傾げた。でも手は震えている。


「何でもない。……ただ、何か嫌な感じがして」


 ミオは自分でも理由がわからないようだった。リンは何も言わなかった。でも、嫌な予感が強くなる。


 リンは小さく息を吸った。心臓が早くなる。嫌な予感。理由はわからない。でも本能が警告している。


「……ミオ、行くわよ」


 リンは足早にロビーを出た。ミオが慌てて後を追う。


「リン? どうしたの?」


「何でもない」


 リンは嘘をついた。ミオに心配をかけたくない。でも足早に歩く。ギルドから離れる。宿に戻る。部屋に入って、扉を閉める。


 ようやく、少しだけ安心した。


 ミオがリンを見ている。心配そうな顔。


「リン、大丈夫?」


「……大丈夫よ」


 リンは答えた。でも心臓はまだ早い。あの男は何者だ。なぜミオを見ていた。


 でも、ミオには言わない。


 リンはベッドに座った。ミオが隣に座る。自然にリンに寄り添う。リンの肩に頭を乗せる。


「リン、あったかい」


「……そう」


 リンはミオの髪に手を伸ばした。柔らかい銀髪が指の間をすり抜ける。ミオの匂いがする。本と、少し埃っぽい。安心する。


 でも、胸の奥に不安が残っている。


 何かが、始まろうとしている。


   *


 夜になった。


 宿の部屋は静かだ。窓の外から、街の明かりがかすかに見える。リンとミオは、いつものように一緒に寝る準備をしている。


 ミオが服を着替えている。リンは窓の外を見ている。あの男のことが、まだ気になっている。


「ね、リン」


 ミオがリンを呼んだ。リンは振り返る。ミオが笑顔で手を伸ばしている。


「今日も一緒に寝ようね」


「……ええ」


 リンは頷いた。ミオがベッドに入る。リンも隣に入る。ミオがリンに抱きつく。離さない。


「リン、どこにも行かないでね」


「……行かないわ」


 リンは答えた。でも、心の奥で何かが引っかかる。


 あの男は、何者だ。


 ミオを、何のために見ていた。


 リンはミオを抱きしめた。小さな体が、リンの腕の中に収まる。ミオの心臓の音が聞こえる。穏やかで、規則的。


 このままでいたい。


 でも、不安が消えない。


 リンは目を閉じた。眠れるかわからない。でもミオがいるから、少しは落ち着く。


 ミオの寝息が、静かに部屋を満たしていく。


   *


 その頃。


 ギルドのロビーは、もう人が少なくなっていた。夜番の職員だけが残っている。


 黒いローブの男が、テーブルに座っていた。向かいに、別の人物が座っている。


「あの銀髪の子、聖カタリナ院出身だよね?」


「ああ」


 男は頷いた。声が低い。感情がない。


「やっと見つけた」


「どうする?」


「回収する。商品を、あるべき場所に戻す」


「あの黒髪の女は?」


「……邪魔なら、排除する」


 男は立ち上がった。ローブの裾が、床に音を立てる。


「準備を整えろ。明日、動く」


 男はロビーを出て行った。


 静かな夜が、不穏な影に飲まれていく。


 平穏は、終わろうとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ