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夢の建物

作者: えんがわ
掲載日:2025/10/24

 平日の人もまばらな森林公園を行く。樹は高く秋の深緑に染まり、空はどんより。風は少し冷たく、コートの上を吹き抜ける。緑豊かで、でもどこか寒々しい。石ころを蹴とばしながら。

 着いた目の前の受付の建物の中には、大きなたぬきのような生き物がいた。灰色の毛並みで、少し耳が長くにやりと白い歯を見せつけている。ブラジル人らしきカップルがそれを前にスマホで記念撮影をしている。

 その受け付けを過ぎると奇妙な建物に出くわした。機能的とは程遠いでこぼこした3階建ての建築物で、壁は無造作に白だったり黄色だったりに塗られ、西洋風のガラス窓に緑のツルがかかっている。苦笑いとにやりの間の笑みを浮かべながら、その中に入る。

 入り口には色鮮やかなステンドグラスから、光が差し込まれている。ステンドグラスのデザインは、魔女の少女がホウキで飛んでいたり、幼い女の子がオカリナを吹いていたり様々だ。しばらく建物を進むと、大きな吹き抜けの大空間に出た。建物とは反し、色は木材のウッディなものに統一され、茶と黒の心落ち着くデザインだ。ガラスの筒の中をエレベーターが上り下りし、小さな螺旋階段が片隅にある。中の人達はアジア人、ラテン系、白人、アメリカだけではなく恐らくヨーロッパ、イスラムもいた、そして申し訳程度の自分も含めた日本人。

 大きな古時計の下に、ものものしい真鍮の椅子があった。思わずと言って良いか、座ってしまう。背もたれに背中を預けだらんとし、館内の無国籍な人たちを眺める。それぞれのファッションや装飾品が色取り取りで見ていて飽きない。大きなリボンをした女の子や、ラフなジーンズの白人の若者。髪を結ったラテンの男や、茶色いケープを被ったムスリムの女性。そして半笑いでそれらを眺める中年の日本人。

 階段を上がると、人だかりのある展示室があった。見ると部屋の中には、壁一面にラフスケッチが貼られている。主に鉛筆と色鉛筆でデッサンされたそれは、アジア、ヨーロッパをモデルにした様々な背景やそこにいる女の子、たまに日本の田舎のような風景も混じる。片隅にはぼろぼろに使い古されてちびた鉛筆が詰め込まれたビン、短くなってもう手で持てなくなってもセロテープで二本を両端で貼り付けて、無理やり書けるようにしたそれ。壁一面のデッサンはそれこそ血の滲むような修練で出来たものなのだろうが、あくまでも描かれた絵はお洒落でライトなタッチでそれを全く感じさせない。

 そこから出て、建物をしばらく巡ると、巨大な猫のぬいぐるみに、子供が何人もしがみついている。猫のぬいぐるみは中身が空洞になっていて、そこに入って騒いでいる子供や、高い猫のぬいぐるみのてっぺんにでんと座りうとうとしている女の子もいた。なんとも奇妙だが、ほほえましい。

 建物の外にいったん出る。「麦わら帽子」というカフェがあって、小さなカフェと大きなテラスに様々な人種の人が思い思いにくつろいでいる。

 トマトのスープとポテトフライを頼んだ。スープにはお肉や豆がゴロゴロ入っていて舌も心も温まるものだった。中庭をしばらく行くと、ぎいぎいという音がした。見ると大きな蛇口に大きな取っ手が付いていて、おばさんがその取っ手をぐいぐい上下に押している。すると蛇口から水が溢れるように出てきた。それは手漕ぎポンプ式の井戸だった。なにか目的があって、水を出しているわけではなく、ただ単に水を汲むのを楽しんでいるらしい。本当に楽しいのかしらと井戸の前の行列に並び、自分も取っ手をがっと下に倒すように押す。反動で上にグッと持ち上がる。それに抵抗するようにまた下にがッと押す。すると水がどばどば蛇口から流れてきた。確かに意味もなく楽しい。

 それからまた建物の中に入る。「動きはじめの部屋」という場所に着いた。そこにはジオラマが展示されている巨大な丸い筒のようなものが中央に置かれていた。しかし奇妙なことに微妙にデザインの異なる似たようなフィギュアが横一列に並べられている。はてな、と思っていたが、その筒が急にメリーゴーランドのように回転しだした。すると、ジオラマのフィギュアはまるでアニメーションのようにコマ送りで動き、あるものはまるで縄跳びをしているように飛び跳ねる。不思議な目の錯覚に驚かされるが、確かに動いているように見える。よく考えれば昔の映画フィルムも一コマ一コマのフィルムを繋げて、映像を作っているわけでそれを立体として演出したらこうなるのだろう。部屋には精巧に作られたミニチュア、仕事風景だったり豚が食事を食べているシーンだったり。歯車を回すと、中のジオラマがかたかた動き出したり、絵を何枚も重ねて、立体的に見せる絵だったり。巨大な蓄音機だったり。でも中でも驚かされたのが、入口の小さな片隅の、足元に置かれたような、誰もが通り過ぎているようなところに展示されているトイボックスというぬいぐるみが雑多に置かれてるもの。そこにまるで玩具のように置かれたオスカー像だ。あの米国アカデミー賞の受賞者に送られるオスカー像だ。恐らく本物だろう。この建物を設計した人物は、それを受賞した人物なのだ。

 部屋から出て一息つく。夢の王国という言葉が胸をよぎる。空想の中に夢の王国を描かせるその人は、王国は現実には作れないかもしれないけど、夢の建物はこうして形にしてしまった。そしてそこに世界中から人が集まっている。

 建物内には小さな映画館がある。そこで彼が作ったミニシネマが上映された。彼らしい少し大げさに醜くチャーミングなお婆ちゃんの魔女。人骨を粉にひいている。そんな魔女が追いかけるは小さな小さなタマゴのお姫さまと巨大なパンのでくのぼう。3人の追いかけっこはやがて。

 上映が終わった後、わたしは思わず拍手をしてしまった。拍手は周りにも伝わり、小さなささやかな拍手の波が起こった。みんな満足そうに映画の感想を言い合っている。外国語はわからないが、数少ない日本語からも「よかったね」とか「かわいかったね」みたいな言葉が交換されていた。そのミニシネマは市販もされず、ここと名古屋のテーマパークでしか上映されていないそうだ。

 そのミニシネマの監督は宮崎駿。そしてここはジブリ美術館。魔法のかけられた夢の建物。

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