心のつみき 〜 母というひと 〜
今回は、母娘のお話を書きました。
前回の活動報告では「次回は夫婦の日常」と予告していましたが、
祝日の前に、少し切なくて温かい、このお話を先に出したくて、予定を少し変更しました。
思春期の美咲と母の、ちょっと苦しいけれど優しい時間を描いています。読んでくださった方の心にも、少しでも温もりが伝わったら嬉しいです。
私は相坂美咲、高校1年生。
最近はとにかく家にいるのが苦痛に感じることが多い。
その原因は、母との口論が増えていることだ。ちょっとした言い合いのはずが、どんどんエスカレートしまう。
母以外の…友達や彼氏に対しては割と素直な方だと思う。
素直というか、相手への気遣いも自分なりに努力できてるとも思っている。
なのに、母に対してはそれが全くできない。
母が怒っていなくても、丁寧に言われても、私には嫌味のように聞こえてしまうのだ。
何か言われる度にいちいち反応してしまう自分自身にも嫌気がさしていた。
――これが、思春期というものなのかもしれない。
そんな日々が続いていたある日、ついに母が口にした。
「昔はそんなじゃなかったのに。最近、言うことがパパそっくりになってきた。どうしてこんなふうになっちゃったの……」
両親は離婚している。もう六年前のことだ。
父とはそれ以来、一度も会っていない。
思いもよらない「パパ」という言葉に、私は頭が真っ白になった。
悲しいのか、悔しいのか、よくわからない。
ただ、母の言葉の中に、父への憎しみではなく、むしろ悲しみが滲んでいるように感じた。
耐えきれなくなった私も、母の言葉を跳ね返す。
「パパに似ててごめんね。……出かけてくる。今日は恵麻の家に泊まるから」
玄関に向かい、振り返ると、母は頭を抱えて項垂れていた。
次の日。
夜九時までのバイトを終えた私は、重い足取りで自宅へ向かっていた。
母のことが嫌いなわけじゃない。
だけど、会いたくなかった。
喧嘩の中で「パパ」という言葉が出たことが、まるで私を通して父に怒りをぶつけているようで鬱陶しかった。――私のことを、私自身として見てほしい。信じてほしい。
そんな思いを抱えながら歩いていると、自宅の前に人影が見えた。「……お母さん?」
美咲には私しかいない。
一緒に幸せになるって決めたから。
寒くなってきたな…。
美咲は今日ブレザー着てたかな…。
まずご飯食べさせよう。シチューは美咲が大好きだし。
帰ってきたら、美咲が悩んでることなんて忘れちゃうくらい
笑顔で出迎えてあげる。早く帰ってきて…。
母は傘を軽く振りながら、行ったり来たりしていた。
道路を見回し、不安げな表情でまた傘を振っている。雨なんか降っていないのに――。
まだ少し遠い所にいる母の周りを、目を細めながら確認してみる。
なにもない…よね?
スマホで時間を確認すると、もう十時半を過ぎていた。
……不審者みたいじゃん。通報されちゃうよ。
不思議すぎる行動に少しのイラつきすら感じている。慌てて小走りに近づき、声をかけた。
「お母さん、何してんの?」
母は振り向き、ぱっと笑顔になった。
「あっ! 美咲。おかえり。」
「よかったぁ。」
そう言いながら、強い力でぎゅっと私を抱きしめた。
すぐに解放された私は、
「どうしたの。」
私は、母の行動に戸惑いながら静かに母の言葉を待つ。
「今日は帰ってくるって分かってたから、外で待ってたの。」
「傘、なんで傘振り回してたの。不審者じゃん。」
「夜遅いし、心配だったんだもん。お母さんが美咲を守らないとでしょ!」
そう言いながら、寒さのせいなのか少し震えているように見える。
「え……あ」
思いもよらない言葉に、胸が熱くなる。寒かったんだろうなぁ…。
もし私が今日も帰らなかったら、母はいつまでここで待っていたんだろう。
昨日あんなに落ち込んでいた母が、どうしてこんな笑顔で迎えてくれるのだろう。
逃げるように出ていった私を、なんで信じることができたんだろう。
自分へ問いかけるような言葉が、次々と責め立てるように私を追い詰める。
涙がこみ上げてくるのを必死に堪えながら、私は母に向き直った。
「ただいま。遅くなってごめん。今日はバイトだったの。……もう、家に入ろう」
「うん。今日は美咲の好きなクリームシチューだから、一緒に食べよう」
母は笑顔で私の腕を引いて歩く。
母は昔から自分に正直な人で、自分の感情を優先して行動している。
明日からも、母と分かりあうことはできないかもしれない。
また喧嘩をしてしまうかもしれない。
それでも母のことで分かったことがあった。
母がくれる愛情は、一般的な母親という存在からの愛情ではない。
私は” 母親 ”という存在を特別なものだと意識しすぎていたのかもしれない。
母も一人の人間なのだ。
私の母は少し自分勝手で、不器用で気持ちをコントロールするのが苦手。
それでも、私の母という一人の人間からもらう、母なりの愛情。
それを理解できた時、私の中でアンバランスに積み重なって、
ただ上へ高くなっていたつみきが、カチッと音を立てて整列した。
――私の思春期は、今日で終わり。
私の腕を引く母の手が、夜風で少し冷たくなっていることに温かい温もりを感じながら、心に決めた夜だった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
母と娘がぶつかりながらも、娘が家を出たことをきっかけに互いの存在を見つめ直す
時間が訪れました。
その時間に母が娘を大切だと思えた結果の行動と、母の気持ちを疑ってしまう娘の
気持ちが出会った結果、娘に答えを見つけるきっかけを与えたということだと思います。
私自身、この物語を書きながら、たとえ親子であっても一人の人間として見ることの大切さを改めて感じました。
読んでくださった方の心にも、少しでも優しい気持ちが残ったら嬉しいです。