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たいじや小噺  作者: 葉月
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七夕

 七夕の夜の晴天率は低い。十年に一、二回星空を楽しむ事が出来れば良い方だという。

 雨が降ると織姫と彦星は逢えなくなると言い伝えがあり、七夕というイベントを楽しみたい者はみな晴れを願う。

『晴れたら天の川を舟で渡り、雨の時は休みに来るカササギの翼が橋の代わりになるからそれを渡る』と伝説があるけれど、やはり晴れの方が嬉しい。


「角盥、持ってきたよ」

 神楽殿にいる詠に声をかける。

 価値がありそうなこの角盥は、美術館に寄付されずに何故か保管庫に残されていた。先祖が付喪神を退治したのは何百年も前だというのに。家族に理由を聞いてみたけれど誰も知らないらしい。箱に入ってはいたが埃まみれになっていたのを先日発見した。

 学校の教科書に載っていた気もするけれど思い出せなかった。使い方も分からないので詠に聞いたところ、流石は神様。良く知っている。

 今宵は雲ひとつない星天だ。だがしかし。

「――星、見えないねぇ」

 この辺りは比較的少ないが、夜通し灯っているネオンが星の光を遮っている。加えて、昔と比べれば空気が汚れている。これでは星なんて見えない。

 角盥に井戸水を張って、本当は梶の葉を浮かべるのだそうだ。そして星空――天の川を映す。

 梶の葉の代わりに笹の葉で作った船と、境内に咲いていた桔梗の花を浮かべた。

 角盥の位置を少し動かしたが、やはり今の時代では無理のようだ。かろうじて一等星は映るが〝天の川〟には見えない。

「機用だよね、詠って」

 笹の船は彼が作った。そういえばたまに折り紙で遊んでくれたなぁ……と子供の頃を思い出した。でもあれって式神作る練習って感じだったっけ? 月詠尊は子守もします、と公表したら面白い事になりそうだ。もちろん思うだけでやらないけど。面倒は増やしたくないし、ただでさえ詠目当ての拝観者が多いのだから。

 ――ああ駄目だ。ついこの間吹っ切れたと思ったのに、まだ心の奥で燻っている。

「くだらない嫉妬なんてするな」

 突如聞こえてた詠の声にぎくりとした。

「な……によ突然」

「お前は単純で分かりやすいからな」

 詠はわたしと肩を並べて座っているが、わたし側の片膝を立てているから身体は少し斜めの状態になっている。彼の顔は見えないが、きっと笑っているのだろう。僅かに肩が震えている気がする。

 ちょっとムカッとして、角盥を抱えると彼に背を向けて座りなおした。

 風に吹かれて笹の船と桔梗の花が踊っているように見える。不規則に揺れていたその二つが、見えない力に引き寄せられたようにぴったりとくっついた。

 ……織姫と彦星は今夜無事会えたのだろうか。だとしたら羨ましい。年に一度でも相思相愛で会えるのだから。わたしは常に一緒にいるのに、心は離れている気がしてしまう。

「――っ」

 急に背中が重くなり思わず呻き声をあげた。背中に当たっていた物が少しだけ離れて軽くなる。

 肩越しに後ろを振り返ると、詠の後頭部がまじかに見えた。わたしの背中に寄りかかっている。前を向いて力を抜くと、彼の背中がぴったりとくっついた。

 暖かさに口元を緩めた。いざという時は誰よりも頼りにしている背中がすぐそばにある。

 こんな事で気持ちが軽くなってしまうのだから、わたしは確かに分かりやすい性格だ。


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