表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
たいじや小噺  作者: 葉月
2/8

月見酒

 清らかな光が地上に降り注ぐ。

 空を見上げると、どこも欠けていない月が夜空に浮かんでいた。

 小さな盆に瓶子と杯をひとつ。他に湯飲みをひとつ乗せ、わたしは境内の神楽殿へと足を運んだ。

「お待たせ」

 柱に寄りかかって片膝を立てている男がこちらを向いた。月明かりに髪が透けて、銀色に見える。

「お前は?」

 杯がひとつしかないのを見て、詠が問う。

「だって、飲めないもの」

 そう言うと、詠は僅かに口元を緩めた。あの時の事を思い出したに違いない。

 わたしが二十歳になった時の事だ。

 お猪口にたった一杯の日本酒で顔が真っ赤になったわたしは、暫くニコニコと笑っていたが、突然ちゃぶ台に突っ伏してそのまま眠ってしまった。

 家族に揺さぶられたけれど起きなかったらしい。

 次の朝、事の次第を聞いて青ざめた。

 未成年が隠れて飲んだんじゃあるまいし。――眠っただけで済んでよかったけれど。

「かなり弱いからな、お前」

「ふんだ。わたしには甘酒があるもん。生姜入りは冷え症にいいんだから」

 むっとしたけど、こんな夜に口喧嘩をするのは無粋だ。このくらいにしておこう。

「……美味いな」

「そう? 今日、氏子さんから頂いたの」

 気に入ったらしく、わたしが瓶子に手を伸ばす前に、詠は手酌で杯を口に運ぶ。

 彼はごく普通の格好をしていたというのに。

 その姿が、いつか観た平安絵巻と見紛った。

 視線に気付いたのか、詠が手を止めて伏せていた目を上げた。そんな何気ない仕草も彼なら雅に感じる。

「飲むか?」

「いらない。また倒れたくないし」

「遠慮するな」

 軽い力だというのに彼の胸に倒れこむように引き寄せられた。柔らかい舌がわたしの唇をくすぐる。

 鼻腔をかすめた甘い酒精の香りに酔いかけると、詠は目を細めて笑う。

 月が水面に揺れた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ