波乱の歓迎パーティー②
王弟殿下、勿論ファールハイトにそんな身分の方はいない。
帝国ヴォルフラムから王弟殿下が視察の為にファールハイトを訪れた、その歓迎パーティー。そして私はレイン、と名乗ったこの方を庭園まで案内した。…ここまできて察しが悪いほど私は馬鹿じゃない。
(まさか…レイン様が帝国の王弟殿下だったなんて…!)
どくどくと胸の鼓動が響く、思わず冷や汗が流れた。なんで気づかなかったのだろう。立ち振る舞いからそこらの貴族ではないと分かったはずなのに、そもそもソフィーリアが丁寧に接している時点で気づくべきだったのに、自分の無知さに頭が痛くなる。
私、とんでもなく失礼な事をしていたかもしれない。
「殿下がこちらの騎士も付けずに出ていかれたので心配しました」
「…それは悪いことをしました、ですが私の護衛騎士ならずっと控えていたのでご安心くださいーーアベル」
レインハルトがそう呼んだ瞬間、サッと私の後ろに赤髪の背の高い騎士が控えていた。軽く頭を下げている。
え、いつの間に…!?驚きのあまり肩が揺れてしまった。
まさかずっと後ろから付いてきていたの?それならレインハルト王弟殿下が迷ってしまったというのは…どうして?
フェルディナンドが護衛騎士の近くに立つ私に気が付いたのか、顔を歪ませた。
「!」
見つかってしまった、思わず身体が強ばる。そういえば義兄に会うのはあの時以来だ、引き摺られて謁見の間の床に押さえ付けられた記憶が蘇る。
「お兄様」
ソフィーリアがフェルディナンドの隣に佇んだ。
「先ほど殿下がお話があるとおっしゃっていましたわ」
「そうでしたか、ではパーティーに戻りましょう。主役の殿下がいなければ始まりませんからね」
フェルディナンドはレインハルトに手を伸ばした、一国の王が目上の人に対応しているかのような丁寧さ。あの帝国ヴォルフラムの王族が相手となれば一国の王が下手に出る程、上の人間なのだ。
庭園の奥から貴族達もこちらを伺うように見ている。帝国の王族と話をする機会なんてそうそうない、実際私に向いていた視線は全て殿下と陛下であるフェルディナンドに向いていた。
「いえ、この場で大丈夫です。少し確認したいだけですので」
「…しかし、」
ちらりとフェルディナンドはアイリスを一瞥した、確かに私がいるべき場所じゃない。思わず立ち尽くしていたけど早くここを去らないと、深くお辞儀をしてこの場から離れようとする。
「陛下は彼女の名前をご存知ですか」
「…!」
え、思わず顔を上げるとレインハルトがアイリスを見据えていた。予想外の事にフェルディナンドも言葉をつまらせる。
「で、殿下、もしやそのメイドが粗相をしましたか?」
「…フェルディナンド陛下、私は彼女の名を聞いているのだが?」
「………そのメイドが妹の宮付きだとは知っていますが」
「成程、ではご存知ないのですね」
レインハルトの言葉にフェルディナンドは困惑を隠せない。
当たり前だ、王が一介のメイドの名なんて知ってる方が珍しい。一応私の義兄であるけど名乗るどころか顔を合わせていない。口を聞く権利すらなかったのだから。ソフィーリアでさえ私の名前を知らない。
「では、前王陛下の籠妃であったアウローラ妃は?」
「…存じております、病弱で一度もお会いできませんでしたが」
「では娘がいたことは?」
周囲がざわついた。踊り子の籠妃が居たことは知っていてもアウローラ妃に娘がいたのは一部の者しか知らない、その事実に周囲の貴族達はざわつく。
(どうして母様と私の事を…)
それを何故、他国の人間が知っているのか。
「前王陛下と密約を交わしました。アウローラ妃とその娘を誰の目に触れさせず、離宮で不自由なく過ごさせると」
「な…?!」
フェルディナンドや周囲だけでなく、私も驚きのあまり固まった。
「信じられないのも無理もありません、前王陛下と交した親書がありますので後ほどご確認下さい」
「何を…そんな事は父上から聞いていない…!」
「穀物協定、異例の速さで締結されたとは思いませんでしたか?」
「ッ!」
その言葉にフェルディナンドは息を呑んだ。確かに当時は帝国と結んだ穀物協定は前王陛下を誰もが名君だと称賛した。もし密約を交わしていたなら異例の速さで締結された理由も説明がつく。
ーーしかし
「密約が合ったのは納得は出来ます、ですが帝国がそんな密約を交わした理由がわかりません!そんなもの結ぶ意味が…!」
「……そんなもの?」
殿下を纏う空気が変わった。
優しく親しみやすかった雰囲気が肌が刺すような威圧感に変わった、誰もが見とれる美貌からは表情が消え、あの薄氷の瞳が絶対零度の視線を向けている。
「その程度の察しがつかず一国の王を名乗るとは…」
「レインハルト殿下?」
小さく呟いた言葉は誰も聞き取れなかった、レインハルトはフェルディナンドに答えずに後ろに振り返る。
「アイリス、おいで」
「!」
親しげな顔でこちらに手を伸ばしていた。驚愕のあまりその手と顔を見比べてしまう。でも殿下に呼ばれて無視は出来ない、戸惑いながらもアイリスはゆっくり近づいた。レインハルトはその様子に微笑むと、アイリスの肩へ優しく触れた。
「…頼みがある、そのヴェールを取ってほしい」
動揺で肩が揺れた。
…正直、このヴェールを被せられてから苦痛の毎日だった。冷たい視線、嫌味や誹謗中傷。悲鳴を上げれば悪化する暴力。気が付けば顔を隠すこのヴェールがあって良かったと思った。まるで貴族が張り付ける仮面のよう、ヴェールがあればどれだけ酷い顔をしていても気づかれない。だからこそソフィーリアに耐えてこれた。そんなヴェールを多数の貴族達や沢山の人の前で…取るというの?
「無理を言っているのは分かる、脅えている事も」
「……」
「必ずアイリスを守る、だから私を信じてほしい」
優しい声音が、まるで安心させるようにアイリスの背を撫でた。強ばっていた肩の力が抜ける、あんなに怖くてたまらなかったのに、
だって殿下は私を見た目で判断するどころか、出会った時から気にかけてくれていた。
(それに、多分母様の事を知ってる)
ゆっくりとヴェールの裾を掴む、掴んだ指先がふるふると震える。
ーー私はこの人の言葉を、信じたい…!
勢いよくバサ、とヴェールを抜いだ。
読んでくれて感謝です!