可哀想な玩具
その様子に私も含めメイド達はある結論に至った。
…ああ、ソフィーリアがブルー系は付けないと思って手入れをしなかったのね。普段から磨き上げなければどれだけ美しい宝石でも目劣りするのに、それを怠るなんて。宝石を管理するのが仕事なのに。
「あら、どうしたのコリン」
ソフィーリアはにこりと笑った。
内心ため息をつく、この後の展開が予想出来たからだ。義妹はドレスや宝石…自分が身に付ける物に対しては妥協も容赦もしない。これからあのメイドに起こる惨状なんて見たくない。もう掃除は終わったし、早々にこの場から出よう。掃除道具を持ったその時だった。
「っ、あ、あの女が!あの女がネックレスを盗んだのです!」
思わず振り返ると、コリンは冷や汗を流しながらアイリスを指差して叫んだ。
「……!」
じ、と部屋中の視線が突き刺さる。
毎日彼女や他のメイドから嘲笑われたり、仕事を押し付けられる事はあっているからか普段は何も感じない。
でも、こんなあからさまに罪を被せられたことは初めてだった、動揺したらいけない。
すぅ、と胸に手を当てながら自分を落ち着かせると真っ直ぐに前を見据えた。
「…違います、私ではありません」
「うるさい!どうせ姫様に嫉妬して宝石を盗んだんでしょう?!最近お召しになっていないサファイアならバレないとでも思った?!」
お粗末すぎる、もう少しマシな言い訳はなかったのか。
やったのは彼女で犯人は私では無いのは、この部屋にいる人間は気付いている。素直に罪を認めるどころか、コリンは私に全て被せる気だ。
「…そもそも、私は宝石箱を管理している部屋には入れません。管理する人間と侍女長にしか鍵の場所は知ら、」
「アハッ、あはははは!」
突然上がった笑い声。
思わず顔を向けると、当人であるソフィーリアはおかしいと言わんばかりに私とコリンを見つめている。
「やだっ、もう…本当におかしくて涙が出そうだわ」
口元を抑えたままくすくすと笑うと、ソフィーリアはエメラルドの瞳をうっすら細めた。
「お義姉様、そんなに私の宝石が欲しかったの?」
ぞくりと背筋が凍った。
ゆっくりとアイリスに歩み寄るソフィーリアの手にメイドが扇子を渡す。思わず顔が強ばる。
瞬間、頬に激しく扇子を当てられた。
「ッ!」
傍にいたメイドが私の肩を掴んで絨毯に押さえ付けられた。持っていた掃除道具が散らばる。
そうして投げ出されたアイリスの手の甲にグッ、とソフィーリアが強く履いていたヒールで踏み付けた。
(うっ、)
鋭い痛みに身体が震えるアイリスをソフィーリアは楽しそうに見下しながらぐりぐり、と更に力を入れる。悲鳴を出さないよう、必死に口を噤んで耐える。
「ふふ、そんな汚い手で宝石に触れたなんて…下品な生まれだからそんなに卑しいのかしら」
ソフィーリアは私を押さえ付けているメイドについ、と視線を移した。
「二人共、お義姉様を外に連れ出して。手が赤くなっているようだから井戸水をかけてちょうだい」
「はい、姫様」
普通に聞けば私を気を遣うような言葉。
まだ春も訪れていないのに、水を被せて辱めろと言っているようなものだ。現にメイド達はくすくすと嘲笑っている。
私は引き摺られるように二人に両腕を掴まれた。廊下にちょうど出た時、ソフィーリアの声が耳に入った。
「コリン、面白かったから許すけど次は無いわよ」
「はい、申し訳ございません姫様」
「早く他の宝石を持ってきて、パーティーに間に合わなくなっちゃうわ」
”面白かったから“
そう、ソフィーリアは私がやっていないと分かった上で貶し、その足で踏み付けた。
真実なんてどうでもいい、結局アイリスはソフィーリアに取っては手頃な玩具なのだ、誰も彼女を止める者なんていない。ただの物に情を注ぐ人間などいないのだから。
私が壊れるまでソフィーリアはこうやって、弄ぶのだろう。それに歯向かうことも抵抗する事も出来ない。
「ふふ!良いざまね」
「貴女みたいな醜い女はそうやって地面に転がってるのがお似合いね」
中庭に転がされて、蔑まれながら冷たい井戸水を何度もかけられる。
私はそれを無言で耐えるだけ。それしか出来ない自分の無力さをただ呪った。