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傀 その3

耐えきれなくなって、クリニックから駆け出した。

1区画ほど走って、いつもより体力がない事に気がつき、電柱に手を付いて息継ぎをする。

「はぁ、はぁ……」

怖かった。病気か心霊現象かなんて、それどころじゃない。

「どうか、幻視であってくれ」

「突然走り出して、どうしたの」

びくりと肩をすくめて振り返る。

あの人が、微笑みながら立っている。首に百目鬼(どうめき)さんを連れたまま。

「あれ?どうしてそんな顔をするの。まるで殺人鬼でも見るみたいな目だよ」

「殺人……?」

『お前が殺した。私を殺した!許さない、許さない!見つけた、やっと見つけた』

「やだな、冗談だよ」

ケタケタ笑ったその人は、俺の肩に手を回した。

「本当だ、ちょっと熱いね。大丈夫?」

「あ、はい」

顔が近かったから、なんとか聞き取れた。

「また話したかったんだろう?スピリットな話、出来る人少ないもんね。おばあさんも成仏した事だし、その事を祝いたかったんじゃない?それとも……」

ようやく確信した。

この人は何も見えていない。少なくとも、俺の視界を共有しているわけじゃない。

お互い違う幻視を見ているか、この人が視える人を装っているかだ。

視える人を装っている場合だったら、この状況はまずいかもしれない。

どっちだろう、思い出せ。

この人との会話を思い出せ。

「話したかったんですけど、ちょっと熱っぽいなって」

しどろもどろになりながらそう言った。

しかし肩に回された手が退けられない。

焦りながらも、なんとか考える。

見えないとすると、この人は俺がじっと角を見ていたから、何かあると思っていた可能性が高い。

思い起こせば、先におばあさんの事を言ったのは俺だった。百目鬼さんの事も、受付の人との会話を聞いたんだろう。

だから、俺に着いて来たんだとしたら……。

もし俺のが幻視、幻聴じゃなかったら、この人は、この人は……!

「あぁ、いたいた……って、取り込み中か?」

ふと、背後から声が聞こえる。

泣きそうな顔で振り返った俺は、そこに昨日の2人が立っているのを見た。

巻毛の美男子に強面(こわもて)スーツ。それに今日はもう1人、薄い金髪の美形が追加されている。外国の人かな……。

「おっと、マジで取り込み中か」

巻毛の男は俺と百目鬼さんを交互に見て、俺の肩に絡みついている腕を持ち上げた。

「痛いじゃないか!」

俺から引き剥がされた男は、巻毛の男に抗議するように顔を向ける。

さりげなく巻毛の男の背後に庇われた俺は、何故かとてつもなく安堵した。

「危ないから、こちらにいらっしゃい」

薄い金髪の人は、流暢(りゅうちょう)な日本語で俺を手招いた。サラサラの髪を冬の風が揺らし、グレーの瞳が光に透けるようで美しかった。芸能人が2人も現れたように感じた俺は、躊躇(ためら)いがちにその人へ近寄った。躊躇ったのは怖かったからではなく、綺麗すぎたからだ。

目の前までくると、肩に優しく手が置かれる。

「礼、この子で間違いないわね」

巻毛の男が振り返り、

「よかったな。融合してないぞ」

そう言って顔を戻し、少し屈むようにして百目鬼さんの名札に視線を合わせた。

百目(ひゃくめ)(おに)?」

俺と同じ質問に、少し嬉しくなった。

百目鬼(どうめき)って読むらしいです」

同じモノを見ているんだ。

やっぱり、百目鬼さんは存在している!

でも、それならやっぱり百目鬼さんは……

「礼が見るまでもないわね。亜槐(あかい)さん、そいつが犯人よ」

薄い金髪の人が、強面スーツにそう言った。

「百目鬼さんは事故で死んだんじゃないの?」

俺は誰に問うでもなく呟いた。

「現在行方不明だ。こいつらに言わせれば、すでに死んでるらしいが」

強面スーツの亜槐が悔しげに言った。

「こいつ、何度も同じことしてるな」

礼と呼ばれた巻毛が、男の腕を掴んだまま、もう片方の腕で百目鬼さんの腕に手をかける。抵抗する百目鬼さんを見つめる瞳には、感情の色がない。恐れもなければ、哀れみも、同情もない。

「何人も取り憑いてるって事か?」

亜槐はスーツを脱いで、俺の方へ放り投げた。

持っていろって事?百目鬼さんをどうにかするつもり?

でも、この人は視えていないみたいな言い方だ。どうやってあれと戦うのだろう。

「いや、()いてるのは1人ですよ。でも性質の違う怨嗟が纏わりついてるから、被害者の数が1人じゃない」

「3人よ。殺しているのは。ただし、その看護師さんが知っている数はね。閉じ込められて、じわじわ死に向かって行くだなんて。さぞかし怖かったでしょうね」

俺の肩に手を置いたまま、薄い金髪の人が言った。

その人を見上げながら質問する。

「人数とか言ってるんですか?許さないしか聞こえないんですけど」

グレーの瞳が細められ、美しい笑顔が返ってくる。

「あたしは耳が良いから、色々聞こえるのよ。あなたに憑いているモノが言っている事もね」

俺の額の上に指を持ってきたその人は、親指と中指で何かを弾くような動作をした。

「え?」

昨日、自分で叩いた額を抑える。

「あら、ちゃんと自覚してるじゃない。でも眠れていないでしょ?」

俺は黙って頷いたが、少ししてから疑問を口にした。

「あの人は見えてるんですか」

「あの人って、あそこで(もが)いている犯罪者?」

ふと、目を向けると、その人は亜槐に腕を廻され、首をホールドされていた。百目鬼さんも逆側から、同じような格好で腕を廻している。

腕を捲ったのはこのためだったのかと、ようやく思い至る。

そりゃそうか。生きてる人間を抑えるためだよね。

「あそこで絡み合っている2人は見えないわ。あたしとあっちの巻毛は見える側。あなたもでしょ」

「俺は……」

しばし逡巡して、薬袋を見せる。

統合(とうごう)失調症(しっちょうしょう)って病気みたいです」

「ふうん、悪口の幻聴でも聞こえるの?」

「悪口?」

「そうよ、自分に向けられた敵意のような幻聴や、監視されているように感じたりするようだけど。考えが纏まりにくい事もあるから、会話が難しいと感じる子もいるわね」

「そこまでは。でも、あの人が心霊現象って教えてくれたので、実はどっちなんだろうってずっと考えてます。考えが纏まらないって、こういう事ですか?」

俺がそう言うと、薄い金のまつ毛が数回瞬きした。

「あの犯罪者に何か言われたの?随分、疑心暗鬼になっているわね」

「あの人は、初めて視界を共有した人だと思っていたので。……俺を観察して、予測で言っていたのかもしれませんけど」

「じゃ、今から証明してあげましょう。その上で、これを検討してちょうだい」

肩を竦めたその人は、俺に1枚の紙を渡す。

瓊樹(けいじゅ)学院高等学校受験案内?」

「来年あたり受験でしょう?そこ、あなたみたいな子を集めているから、訓練なんかもできるわよ」

受験案内を読んでいると、どさっと何かが落ちる音が聞こえた。なんだと顔を上げると、男が地面に伸びている。

「よっと」

礼さんが百目鬼さんの腕を持ち上げ、自分の肩に黒いモヤに覆われた腕を絡ませた。

もう、百目鬼さんは暴れていない。おとなしく、されるがままになっている。

「道案内くらいなら聞き取れるし、亜槐さんとちょっと行ってくるわ」

「この子はあたしが家まで送り届けるわね」

「なあ礼、こいつ交番に預けて行かねえか」

男をかつぎあげながら、亜槐さんが言う。

「説明が面倒でないならどうぞ。ここ、管轄外ですよね?」

「う……まあ、そうだが」

「ま、オレはどっちでもいいですよ」

そんな会話をしながら、2人は去っていった。

「さて、まずは証明かしらね」

そう言って、辺りを見回すグレーの瞳。

「この辺りにはいないわね。あなたの家に帰るまでの道で、白い人は見かける?」

無言で首を横に振る。

「クリニックになら」

ここからだと、家より近い。

「そう。体力ある?」

「大丈夫です」

色々あったせいで、体調が悪いことを忘れていた。

「じゃ、手早く済ませましょう。クリニックはこっち?」

そう言って、金髪の人はクリニックの方面を指差す。俺が頷くと歩き出した。










クリニックに戻っている道すがら、その人は若月(わかつき)だと名乗ってくれた。

お母さんがアイスランドの人で生まれもアイスランドだが、物心ついた時には日本にいたので、日本語に不自由はないらしい。

男に美人っていうのは失礼かな?日本人離れしているから、そう思うのかも。

昨日、礼さんから俺の話を聞いて、俺に会うため一緒に来たらしい。

「この業界狭くてね。あたしは自分の会社のために、親戚でも他派閥でもない一般の能力者を集めているの」

「能力者?」

「そうよ。あなたみたいに視えちゃう人の事ね」

「これって、一生物なんですか?見えなくなるって事はないんですか」

若月さんは首をゆっくり横に振った。

「一度合ってしまった視界は、もう前の状態には戻せないの。10歳未満の子どもなら可能性あったけど、今の年齢で見えているのなら、ほぼ定着してるわね」

しかも、と若月さんは続ける。

「あなたのような能力者は取り憑かれやすいのよ。頭の(・・)、融合してないみたいだから、後で取ってあげるわね」

融合ってなんだろ。

見えなくなることがないのだとしたら、あの交差点の黒いのはどこに行ったんだ?

百目鬼さんみたいに、徘徊しているのかな。

「白いのと黒いのって、何か違いがありますか」

「あるわよ、明確にね。ここ?」

いつの間にか着いていた心療内科の前で、若月さんは俺に確認する。頷くと、躊躇いもなく入っていった。

慌てて後について入ると、若月さんは入口で立ち止まっていた。俺はあえて若月さんの前には出なかったし、角の席も見ないようにしていたが、若月さんはじっと角の席を見ている。

「こんにちは。診察ですか?受付時間はもう……あら、都久川(とくがわ)さん。忘れ物?」

「あ、いえ……」

何も言い訳を考えていなかったので、どうしようかと若月さんを見た。

静かな笑みを湛えた若月さんは、受付の人に話しかける。

「わたくし、千歳(ちとせ)の親戚のものです。千歳が生前お世話になっていたと伺いまして、法事のついでにご挨拶を」

受付の人は驚いたような顔をしていたが、ややしてくしゃっと笑った。

「まあ、千歳のおばあちゃん。懐かしいですわぁ。どれくらいになりますか」

「そろそろ4年です。本当に毎日のように通わせて頂いて。高血圧だったもので、薬にばっかり頼らないで、食べ物で調整しなさいって言っていたのですけどね」

「ああ、それ、よく愚痴っていましたよ。愛されている証拠ですのにね」

そう言った受付の人は、再度俺に目を向けた。

「都久川さんもお知り合いで?」

「いいえ、ここまでの道案内をしてくださったのです。体調が悪そうなので、わたくしが責任を持って、家まで送り届けます」

「まぁ、それは。よろしくお願いします。発熱の頓服(とんぷく)が出ている患者さんなので、気をつけてあげてください」

若月さんは受付の人に丁寧に頭を下げると、俺の前に戻ってきた。背を軽く押されて、そのまま外に出る。


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