殺したくなる
電灯を消した部屋だと、テレビの光が忙しない。ぱちり、ぱちりと、まるで瞬きをするみたいに、目まぐるしく色が変わる。
下らないバラエティ番組。カメラの後ろから笑い声がする。さっきまでは声を上塗りしてくれたけど、とっくのとうにうるさいだけになった。
茶色い目の中で、小さな人があっちに行ったりこっちに行ったり、消えたり現れたりする。
「好きって言って」
生の声がした。少しぼんやりとした頭に絡み付く。
彼を殺したくなった。
好き。嫌い。
口にするのは簡単。でも程度を計るのは、言葉では事足りない。
好きっていうのは、例えばショートケーキのオレンジくらいに好きなのか。
嫌いっていうのは、例えばシャンプー汚れのぬめぬめくらいに嫌いなのか。
一言で言い表す事なんて出来る訳がない。二言三言付け加えなくちゃいけない。そうやって少しずつ説明していかないと解らない。
だから、私は最初からその言葉を口にしない。
「おれは好き。好き好き好き」
犬か猫のように擦り寄ってくる。彼をペットにしたつもりはないし、彼からそう望んでるはずもない。
バカなんだ。どうしようもなくて、救いようがなくて、比類のない、バカ。
私はそんな彼が、
「憎たらしい」
あは、と彼は頬擦りをしながら笑う。毛布の下、触れ合った肩で小突かれる。
「それってつまり、好きって事?」
何処と何処とがショートしたらそんな結論が弾き出されるんだろう?
彼の短絡思考回路は、目覚まし時計より単純で、携帯電話より複雑。エジソンにも解らない。アインシュタインになら解るかもしれない。
ただ、この頃の私は、彼の事に関して、エジソンやアインシュタインよりも天才的だと思う。
「愛してる、って言ったら?」
「万歳しちゃう」
やっぱり。
「お肉が食べたい」
「じゃあおれも食べたい」
ほら、やっぱり。
「紅茶いれる?」
「ならコーヒーが良い」
ね、やっぱり。
「憎たらしい」
「おれも好きだよ」
こめかみにキス。
「殺してやりたい」
「うん。おれも殺したい」
耳たぶにキス。
「うざったい」
「じゃあやめる」
彼の唇が離れていく。
「もっとして」
「じゃあしない」
部屋中がチカチカ光る。その度に彼の目が瞬きをする。毎回目の中に別のものが映る。
「好きだよ」
私がそう言うと、彼はキョトンとした。
「どうしたの、急に?」
なんて、叱られた子供にそっくりの顔をする。
目を白黒させて、あわわ、あわわと、口を開け閉めする。
憎たらしかった。
酢豚のパイナップルくらい憎い。ブラシの髪の毛くらい憎い。
冷や麦のミカンくらい。爪切りの奥に挟まった爪くらい。
アサリの貝殻にくっついた貝柱くらい。ミシン穴のずれたトイレットペーパーくらい。
イチゴのヘタくらい。引っ込まないリップスティックくらい。
好きになれないけど、嫌いにもなれないくらい、憎たらしい。
そんな彼を、えい、って、殺したくなった。