表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

殺したくなる

作者: 熊と塩

 電灯を消した部屋だと、テレビの光が忙しない。ぱちり、ぱちりと、まるで瞬きをするみたいに、目まぐるしく色が変わる。

 下らないバラエティ番組。カメラの後ろから笑い声がする。さっきまでは声を上塗りしてくれたけど、とっくのとうにうるさいだけになった。

 茶色い目の中で、小さな人があっちに行ったりこっちに行ったり、消えたり現れたりする。

「好きって言って」

 生の声がした。少しぼんやりとした頭に絡み付く。

 彼を殺したくなった。


 好き。嫌い。

 口にするのは簡単。でも程度を計るのは、言葉では事足りない。

 好きっていうのは、例えばショートケーキのオレンジくらいに好きなのか。

 嫌いっていうのは、例えばシャンプー汚れのぬめぬめくらいに嫌いなのか。

 一言で言い表す事なんて出来る訳がない。二言三言付け加えなくちゃいけない。そうやって少しずつ説明していかないと解らない。

 だから、私は最初からその言葉を口にしない。


「おれは好き。好き好き好き」

 犬か猫のように擦り寄ってくる。彼をペットにしたつもりはないし、彼からそう望んでるはずもない。

 バカなんだ。どうしようもなくて、救いようがなくて、比類のない、バカ。

 私はそんな彼が、

「憎たらしい」


 あは、と彼は頬擦りをしながら笑う。毛布の下、触れ合った肩で小突かれる。

「それってつまり、好きって事?」

 何処と何処とがショートしたらそんな結論が弾き出されるんだろう?

 彼の短絡思考回路は、目覚まし時計より単純で、携帯電話より複雑。エジソンにも解らない。アインシュタインになら解るかもしれない。

 ただ、この頃の私は、彼の事に関して、エジソンやアインシュタインよりも天才的だと思う。


「愛してる、って言ったら?」

「万歳しちゃう」

 やっぱり。

「お肉が食べたい」

「じゃあおれも食べたい」

 ほら、やっぱり。

「紅茶いれる?」

「ならコーヒーが良い」

 ね、やっぱり。


「憎たらしい」

「おれも好きだよ」

 こめかみにキス。

「殺してやりたい」

「うん。おれも殺したい」

 耳たぶにキス。

「うざったい」

「じゃあやめる」

 彼の唇が離れていく。

「もっとして」

「じゃあしない」

 部屋中がチカチカ光る。その度に彼の目が瞬きをする。毎回目の中に別のものが映る。


「好きだよ」

 私がそう言うと、彼はキョトンとした。

「どうしたの、急に?」

 なんて、叱られた子供にそっくりの顔をする。

 目を白黒させて、あわわ、あわわと、口を開け閉めする。

 憎たらしかった。


 酢豚のパイナップルくらい憎い。ブラシの髪の毛くらい憎い。

 冷や麦のミカンくらい。爪切りの奥に挟まった爪くらい。

 アサリの貝殻にくっついた貝柱くらい。ミシン穴のずれたトイレットペーパーくらい。

 イチゴのヘタくらい。引っ込まないリップスティックくらい。

 好きになれないけど、嫌いにもなれないくらい、憎たらしい。

 

 そんな彼を、えい、って、殺したくなった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ