イケメンに負けた日
数多くの女の子を泣かせてきた俺は今日も女の子を泣かせる。
女の子の声援というバフはお前だけじゃない。俺にも効果を発揮するぜ。
高校2年の夏。今日も今日とてテニスの試合だ。
対戦相手は駿河 駿。県内でも有名なイケメンテニスプレイヤーだ。
その証拠に対面のネット裏からは黄色い声援が飛び交っている。もちろん全部相手の応援だ。
俺を応援するのは長年一緒にいる幼なじみ2人。
それでも、わざわざ応援しに来てくれるのはありがたいぜ。
駿河 駿。
明るい茶色に染めた髪は邪魔にならないくらいの長さで遊ばせてる。すっと通った鼻筋に薄い唇。
その鋭い双眸でさぞたくさんの女の子を落としてきたのだろう。
モデルようなスタイルで程よく筋肉が付いてる。まさに痺れるような細マッチョ。
今もあざとく服の裾で顔の汗を拭く。めくれたことで覗くのは綺麗に割れた腹筋。
首筋に滴る汗も目を瞑って拭く。
「「「「キャーーー!かっこいいっ!頑張ってー!!」」」」
チラリズムのエロスで湧き上がる会場。テニスコートの温度もぐっと上がる。
ちょっとここはスポーツマンシップに則った紳士たちが行うスポーツ会場ですよ。
決してストリップ会場なんかじゃないですよ。
トロンと潤んだ瞳はスポーツを観る者の目じゃない。
この試合は3セットマッチで既に1セット俺が取ってる。
そしてゲームは3-2で俺が優勢。
このままストレートでいきたい。
相手がピンチになれぼなるほど黄色い声援がボルテージを上げていく。
中には俺を下げるような声が聞こえてくる。
「あんな奴に駿くんが負けるはずないよ!」
外野は黙ってろ!駿くんは俺が倒す!
シコラーの俺はとにかくボールに食らいついて相手のミスを待つ。
俺の性格が忠実にプレースタイルに影響してる。いやらしさは俺の専売特許だ。
俺以上に粘るやつを見たことがない。ってのは過言だけどそれくらい粘りには自信がある。
この試合既に2時間弱。つまりはそれだけ駿くんが手強いということでもある。
2セット目に入ってからはかなり厳しい所を攻めてるのにすんでのところで追いついてきっちり返してくる。
なかなかに厄介。
これが俗に言う応援の力ってやつか。1セット目よりも確実にラリーの回数が増えた。
俺が疲れてる可能性もあるが、体力で負ける程貧弱な体じゃないのを俺は知ってる。
駿くんがポイントを取るたびにキャーキャーと盛り上がってとてもじゃないけどいい気分じゃない。
俺がポイントを取った時なんか駿くんへの励ましの声が飛び交う。
ふっ、応援の力を借りても俺には勝てないというのを教えてやろう。
5ー4。40ー15でマッチポイント。
(あと1点取れば待ち望んだ絶景を拝める)
「ふんはっ!」
力強いスイングで放たれたサーブをきっちり返していく。
(バンッ!パコンッ!パンッ!)
前に落とされても粘り強く食らいついていく。
ふんわりと頭上を超えて帰ってきたボールに何とか追いついて振り向きざまに駿くんがいない場所へ打ち返す。
中々にいいコースに決まって駿くんもギリギリ。
コースを狙えるほどの余裕は無いと見て、その場で待ち構える。
(スパンっ!)
(ぎゃっくぅぅ!!)
完全に裏をかかれて反対方向に返された。
(どわっ!)
対角線に返されたボールは弾道が低く、ネットに引っかかって上に大きく跳ねた。
(ネット超えるかっ)
ボワワワン〜と跳ねたボールは若干放物線を描いてこっちのコートに落ちてくる。
なりふり構わず前に出てボールを追うと、俺のコートでまず1バウンドする。
1歩、もう1歩と前に足を出していく。
ふんわりと上がった球の落ち際にラケットを滑り込ませて角度をつけて跳ね返す。
(ズザザ…)
体を地面にこするもすぐに立ち上がって追撃に対応する。
ギリギリネットを超えた球は勢いが無くなりその場で2バウンドした。
「しゃあっ!!」
泣き崩れる駿くんファンたち。
「駿くん……」「どんま〜い!」「惜しかったよ!!」
「あとちょっとだった!」「次は勝てる!」
駿くん…いい試合だった。
(気持ちいい……)
女の子たちの感傷に浸る様を目に焼きつける。
ハンカチで顔を押さえる者。ハンカチを噛む者。膝から崩れ落ちる者。大声でうちわを振る者。眼鏡を外してティッシュで目頭を押さえる者。
スポーツにおいて性格が悪いというのは褒め言葉だと聞く。人間性に問題があるのは否定しないけど。
けどこれが俺の強さの源。
相手の黄色い声援が大きければ大きいほど俺は燃える。そのバフは俺にとってもバフなんだぜ。
イケメン相手の勝率は驚く程に高い。
負けた時は倍、悔しいけどな。
泣かした女は数知れず。
次の対戦相手もイケメンでファンが多い。
橘 翔馬。腕が鳴るぜ。
「参った。完敗だったよ」
「俺もいっぱいいっぱいだった。勝てて良かった」
試合終わりの挨拶で握手をして一言言葉を交わす。
そう、今まで戦ってきたイケメンテニスプレイヤー達はすこぶる性格が良い。
参るぜ。これじゃあ俺がヒール役じゃん?でも実際それが気持ちいいまである。
対戦相手を蔑んでるわけじゃない。黄色い声援が妬ましいだけだ。
荷物をまとめてテニスコートを出ると俺を待ってる2人がいた。
俺の幼なじみ2人。
親同士が仲良くて物心着く前から一緒に遊んでた。幼小中高、全部一緒だ。
「あーあ、息子がこんな畜生に育っておばさんかわいそ」
苦言を呈するのは幼なじみの1人の宮本 知花。
「そう言うなって、今更だろ」
呆れたような仕草をするのはもう1人の西川 海。
こうして好き勝手言ってくれちゃう2人は俺の歪んだ癖を知っている。
「あの親にして俺ありだろ。
普通自分の子供に面良なんて名前つけないだろ。面食いだからって理由聞いた時は意識飛びかけたからな」
ほんととんでもない親だぜ。おかげでこんなに歪んじゃってるからな。
俺の名前は最上 面良。苗字と合わさってさらに嫌がらせ度が上がる。
「「知ってる」」
多分だけと俺の予想ではこの2人付き合ってるんじゃないかと見てる。
学校でそういう噂聞くし、なんとなくそんな気がする。
ただ、それを聞くタイミングが無いし、なんか触れない方がいいのかなって。
もしかしたら俺の試合がデートスポットだったりして。
なんで俺の試合観に来てくれるんだろうか。
きっとこれからも辛く厳しい道を歩むだろう。
それでも、俺は初めて試合でイケメンに負けた日に決意をした。
イケメンに負けて女の子の歓声を聞くのはテニスをやめたくなるくらい心に来る。
好きなテニスを辞めない為に俺は勝たなくちゃいけないんだ。
俺はこれからもたくさんの女の子を泣かせていくだろう。