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治癒だけが取り柄じゃありません、攻撃もできるんです

「総員一気に攻撃を放て!」


 セオ様の号令で攻撃魔法とボーガンの矢が一斉に放たれる。初撃で五体いるワイバーンのうちの三体が地に墜とされた。巨体が広場の石畳に落下して大きく激しい衝突音を複数上げる。砕けた石畳とワイバーンの鱗が舞う。幸い真下には誰もいなかったから良かったけど、中には少しズレていたら危なかった兵士はいたし、飛び散った破片で怪我をした人もちらほら出ていた。多少無謀だと言わざるを得ない。市街地の魔物は早期討伐が鉄則とは言え犠牲者が出かねない戦い方は見ていてとてもハラハラだ。


「でも、残り二匹」


 墜ちた個体には既に兵士が集中して息の根を止めに掛かっている。

 あたしは重傷者が出やしないかと内心ヒヤヒヤで戦闘状況に視線を向けながらバルコニーの下方へとひた走る。念のためセオ様の近くに控えていようって思ってね。

 何事もなければこっそり教会に帰るわ。まあ、負傷者が聖女の魔法じゃないと命が危ないなら話は別だけど。


 と、あたしの耳に一際大きく甲高い悲鳴が届いた。


 尋常じゃないからこそ出てくる類いの声にハッとして振り返れば、急降下したらしいワイバーンの一体が逃げ遅れていた若い女性をその鋭く太い爪のある脚で掴んで浮上するところだった。


 連れ帰って食べるつもりなんだわ。悲鳴はあの女性のものなんだろうけど腰回りを掴まれた彼女はワイバーンの握力のせいか急にぐったりした。内臓が傷付いたのか血も吐いた。

 兵士達はもう一体を集中攻撃。女性に当たりかねないから件のワイバーンへの攻撃をできないみたい。気持ちはわかる。だけどこのままじゃ連れ去られちゃうわ。


 あたしはバルコニーとは反対方向に爪先を向けていた。


 せめて彼女の治癒だけでもできたらいい。

 それか、あたしが治癒魔法を連続する間に彼女の怪我のリスクを無視してワイバーンを狙わせるって荒い方法もある。これならたとえ攻撃が当たっても瞬時に治るから怪我はない。

 だけど当人には拷問にも似たトラウマになる。却下だわ。

 ならどうしようって迷いはすぐに消えた。基本、聖女の能力は荒事に向かない。


 だけど、裏技がある。


 小説の中じゃ語られていない裏技が。


 前世で読んだファンブックの設定集の中にあったものだ。かくなる上はその方法を試すべき。

 思案の最中にも、四体目のワイバーンが地上に墜落し兵士達によって討伐された。

 それにしても、この広場は冗談抜きに広過ぎっ! 辿り着かないーーーーっ!


 最早フードが頭から外れるのも構わずに、息も切れ切れになりながらあたしは最後の戦闘場所にひた走る。


 ふわりと舞う銀髪に、周囲からの視線が集まった。


 アリエルとしてのあたしの生まれた地方じゃ銀髪は珍しくないけど、この都会じゃレアなんだってここに来て知った。だから、あたしと面識がなくても銀髪を晒せばあたしが聖女かもしれないって考える人は多いと思う。現に視線達が追ってくる。


「皆ワイバーンから離れて!」


 あたしは人の流れとは逆方向に走り抜け、ワイバーンの近くにいた兵士がおそらくは女性の子供なんだろう泣き喚く幼い男の子を抱えて避難するのとすれ違い、終には最もワイバーンに近い位置に立った。


 あたしの正体はまるで波紋のように知られていって、最前線の兵士達は声すら忘れたように注目している。

 そんなあたしの意識はワイバーンと女性に集中していた。

 ワイバーンは手に獲物があるにもかかわらず飛び去ろうとはしない。気が立っているんだろうけど、それでもあたしを怪訝そうに見下ろしている。


 逃げないなら都合がいい。あたしの使う治癒魔法「聖女の奇跡」は何も病や傷を癒すだけじゃない。


 ――魔物にとっては害になる。


 つまり、攻撃魔法と同じってわけ。ふふん、ドヤー。

 ただ、最大出力が必要なのよね。全力疾走と同じだから精々もって一分いくかなあ。

 ここまでも広~~~い広場を走ってきたから体力消耗だってしているし。


「兵士達は彼女を受け止める準備をして!」


 きっとあたしがどうしてこんな台詞を口にしているのかわからないだろうに、兵士達は構えを取った。彼らは有能だから後を任せるのに心配はしていない。

 素直に従ってくれるのは、やっぱりあたしが聖女だからだろう。

 そう言えばセオ様は突然出しゃばったあたしに注意も邪魔もしてこないけど、今どうしてるの? まだバルコニーにいるの? ま、気になるけど気にするのは後。今のあたしの仕事はこっち。


「覚悟しなさいワイバーン! このあたしが月に……いやいや、偉大なるセオドア陛下に代わってお仕置きよ!」


 気合いの声と共にワイバーンのほぼ真下で両手を組んで祈りを捧げるようにする。

 故郷でと同じく聖女の奇跡最大出力よ。今回は意図してのね。

 あたしを中心に上空のワイバーンをもすっぽり収める大きな白い光が生まれる。


 光を浴びたワイバーンは全身を苛む痛みにギャアッと苦しそうに鳴いて魔法の範囲外へ逃げようとしたけど、へへーんお生憎様、範囲外には逃げられないわよ~……なーんて余裕ぶっこいている場合じゃない。くっ、キツイ、まだ女性を放さないなんて食い意地張ってるわね。

 あたしはワイバーンがさっさと女性を放すのを待っていたのに十秒三十秒と経っても解放する気配はない。

 一方、これは治癒魔法だから女性がどこかに怪我をしていても完治しているはずで、彼女のコンディションは心配していない。


「いいっ加減っ彼女を放しなさいよーっ!」


 これはもう根比べだ。あたしの体力が尽きるかワイバーンが女性を放り出すかの。

 もうそろそろ一分? それとも二分経った? 実際時間はわからないけど体感時間がとーっても長い。体への重い負担に心臓が破裂しそうに苦しい。アスリート並みに鍛えているわけじゃないからもうくたくたよ。

 でも諦めるわけにはいかない。

 あたしは奥歯を噛み締め力を放出し続ける。

 うおりゃあああーっ!……って踏ん張るけど、もう何よこのワイバーンってば早く降参してよ! まだなの!?


 兵士達も民衆もあたしの邪魔をしないようにと黙って見ている。


 呼吸が乱れ心拍数は尋常じゃない。自分でも倒れないのが不思議だった。視界が霞んできた。


 あーどうしよ、このままだと冗談じゃなく死ぬかも、あたしが。


 こんな事ならいざという時の槍投げでも何でも習得しておくんだった。少しは敵の体力を殺げたかもしれないのに。


 ええいとっとと放しやがれ! このくそボケ女好き(※女性は中々の美人ママ)ワイバーンがあああ!


 振り絞るように渾身からの聖女パワーを込めた。


 白光が強烈に増し、痛みの激増にかそれまで結界とも言えるあたしの魔法領域内を目茶苦茶に飛び回って暴れていたワイバーンが、一瞬硬直したように動きを鈍らせた。


 刹那、どこからともなく一本の剣が真っ直ぐ飛んできて、ワイバーンの眉間に命中。

 

 敵は悲鳴もなく絶命し、同時に女性が空中に放り出された。


 お願い受け止めてっ!

 国王出席の重要行事に駆り出されるような王宮の精鋭達はここでへまなんてしない。見事にキャッチ!

 あたしは安堵を滲ませてへたり込むと、その姿勢すら維持できずにふらりと倒れるようにした。強烈な睡魔に呑まれるみたいに意識が遠のく。力を使い果たしたせいね。


 くすん、この分じゃ顔面強打しちゃ…………――う?


 あれ? 痛くない。兵士の誰かが気付いてくれて公然での顔面強打からの鼻血ブー展開はさすがに同情するってんで支えてくれたとか?


 疑問符一杯で、だけど疲労困憊で瞼さえ重くて開けられないでいると、ペチペチとその心優しき誰かにほっぺを叩かれて結構痛い。


 これが雪山ならおい寝るな死ぬぞーって救命の意図だからわかるけど、疲れてる人間をベチンベチンってやって無理矢理叩き起こすこの刺激はほっぺたにも乙女心にも全然優しくない。ちょっともしもしありがた迷惑って言うか半端なく痛いんですけどっ。


「目を開けろ! しっかりするんだ聖女アリエル! 聖女アリエル! ――アリエル!」


 うん? でもこの声って……。


「セオ、さ……ま?」


 頑張って薄ら目を開けるとそこには世界一の殿方の尊いお顔がありました。


 彼に抱えられている。

 これは一体全体どうしたってのよねえ。ああーんキュンと、ううんギューンとくるぅ~っ。

 どうしてバルコニーじゃなくここにいるの?

 ああそう言えばさっきの剣はセオ様の剣だったような気がするわ。彼なら狙った所に命中させるのもお手の物よね。何だあなたが倒してくれたのね、良かった。

 それに何より良かったのは推し様の腕の中って事で……――もう思い残す事はなし。ぐふっ。

 あたしは大満足の笑みを浮かべてフッと意識を手放した。

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