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国王演説はこっそり見に行くのが乙

 建国記念日とかその他の記念日に国王が民衆の前で演説をするのがこの国の慣わしの一つ。因みに今日は偉大なる初代国王の生誕日なんだって。

 あたし的には休養期間の一月もセオ様に会えないのは嫌だったから、こっそり盗み見ようってわけ。だって出張もないし同じ王都にいるのよ。見ない手はないでしょ。


 まあそんなわけであたしはこっそり教会を抜け出しても来ましたの。


 聖女として教会を出るってなると護衛が付くし目立って身バレするから、じっくりゆっくり陛下を堪能できないんだもの。

 演説会場の王都中央広場には、じかに若き国王を目にできるとあって沢山の人が集っている。あたしは顔バレしないよう深くフードを被った。教会には日暮れまでには帰りますって置き手紙をしてきたけど、モカ達三人から捜索されるわよねえ。抜け出しはこれが初めてじゃないのに心配性ね。


 一方、セオ様が広場入りすれば距離的にこっちの煩悩は聞こえるだろうけど、こうも人でごった返していると演説を中断してまであたしを捕まえて教会に強制送還するのも一苦労だろうから、むしろ何もしないに賭けた。

 ふへへへへ覚悟してねセオ様。たーんと視線で嘗め回して差し上げますわ!


 国王演説は昼頃から始まる予定。これもある種のイベントだからか広場周辺には軽食を売る屋台が沢山並んでいて、あたしは食指が動いた物を買って食べた。


 ……なんか懐かしいなあこの空気感、前世の夏祭りみたい。華やかな花火を見ながら浴衣にカラコロ下駄を鳴らしての釣り提灯の下、どこか幻想的な賑わいを歩いたっけ。前世の旦那と。

 彼の事はそりゃちゃんと愛していたわよ。

 だけどその記憶はもうね、じんわりするようないい思い出なの。


 この世界のあたしはもう前世のあたしじゃない。


 アリエル・ベルだから。


 セオドア・ヘンドリックスという男を大大大好きなね。

 前世の推しキャラだからってだけじゃない。

 確かにセオ様祭壇作って鼻血出して崇めて身が悶える程入れ込んでいるけど、生身の彼の生き様を見守りたいの。


「何これ、うっま!」


 ホットドッグを手に悶えつつ、遠すぎず近すぎない場所を見繕うと陛下の登壇を待つ。

 程なく見上げる先のバルコニーに綺羅星陛下が姿を現した。


 きゃーーーーセオ様あああーーーーん!


 アイドルのライブも同然よ。ペンライトの代わりにうっかりホットドッグを突き上げちゃったわ。

 演説中、時々陛下が変な風に咳払いとか息を詰まらせるのはきっとあたしのせいだった。破廉恥妄想したのとちょうどタイミングが合っていたもの。完全にもう演説の妨害になっちゃってごめんなさい。だがあたしはあたしを止められない!


 そうして、彼の信望と権威を高める演説もそろそろ終盤に差し掛かろうかって頃合い、美声にうっとりしていたあたしは言い知れない寒気のようなものを感じた。


 あ、これたぶん、邪悪を忌む聖女の本能的なもの。


「ならこれって……!」


 この感覚はカナール地方で頻繁に経験した。


 あそこは魔物の襲来や出没が茶飯事だったから、野戦病院からでも感じ取れたのよね。


 込み上げる危機感に煽られるようにばっと空を見やる。

 周囲は未だバルコニーに釘付けで、異変にはまだあたしだけしか気付いていない。

 空の気になる方向をじっと凝視していると、少しして快晴に黒い点が現れた。それはみるみるうちに大きくなって形になって、その頃には広場でも気付き始める人が出てきた。

 皆が気付いた一番の理由は、おそらく国王陛下が演説をやめて空を睨んだから。

 彼には彼の察知能力があるのか、はたまたあたしの思考に釣られてそうしたのかはわからない。


「会場警備は広場の皆を避難させろ! 残りは総員構えろ! ワイバーンが来る!」


 ワイバーン。

 代表的な竜種の魔物だ。知能は低いとされていて、とりわけ市街地に現れたら即座に倒すのがベストだって言われてもいる。手当たり次第人を襲うからね。


 というか、魔物が王都中心にまで現れるのは極めて珍しい。


 通常王都は高い壁に護られているし、魔物が近付いて来ようものなら王都周辺を見張っている兵士に討伐される。

 こうも王都の中心まで入ってこられたのは、意外にも飛行高度が高かったからだろう。

 ワイバーンは全部で五体。普通二十を超える群れで行動する彼らにしては小さな群れだ。

 魔物の目にも獲物たる人間の集まっている大広場が際立ったせいか降下してくる。

 言うまでもなく、一帯は大変なパニックに陥った。





 兵士の誘導を無視してワイバーンから離れようと逃げ惑う群衆に、広場は全然収拾がつかない。

 魔物に応戦するため兵士達が駆けていくけど、人が多過ぎて中々思う通りに進めていないみたい。

 あたしはあたしで何度も見知らぬ人から肩をぶつけられながらも立ち止まらずに走った。

 セオ様の所へと。


 萌え? 煩悩? それもあるけど、今は使命感。


 万一の時に彼を護るのがあたしの究極の存在理由だから。


 自身も逃げもせずこの場の指揮を執るつもりの彼が怪我をした場合、即刻あたしが治して事なきを得る。


 彼が導く限り、この国は悪くはならない。あたしはそれをサポートしていく。聖女として。


 だからあたしは、アリエル・ベルは、この世界の元々の筋書きみたいに絶対に「闇落ち聖女」になんてならない。


 そして、その小説の中じゃセオ様は残念ながらヒロインに惚れて一途に猛烈にアプローチをかけるけど、見事玉砕する気の毒な男として描かれている。

 でもまあ失意に沈むだけで腐ったりはせず、失恋を力に変えて微妙な位置付けだったこの国を大国にまで押し上げた中興の祖って感じの偉大な王になるの。


 対するあたしは聖女だけど脇役も脇役で、ヒロインの物語が始まる前に闇落ちして大迷惑をかける問題児キャラ。


 作中に悪女は他にいるせいか、アリエルは悪女とまでは書かれていなかったけど、聖女なのに魔に魅入られたとかで魔物の活動を活発にする原因を作って、しかも行方知れずになるって無責任な人物として描かれている。物語の大筋に関係ないからかそのまま作品の最後まで行方不明のままだしね。


 ヒロインの使命は聖女のせいで不安定になった世界を安定させる事。

 もうね、アリエルは物語のプロローグどころかそこ以前のさらっとした歴史の一部みたいなものだから、彼女がどうして闇落ちしたのかは詳しく書かれていない。だからあたしにも原因はわからない。


 だけど、あたしがアリエルに生まれたからには闇落ちなんてしてやらない。


 けどそうするとヒロインの物語が始まらないかもしれない?


 ふんだ、セオ様を袖にして泣かせた女の話なんてあたしが考えてやる必要はないでしょ。魔物が蔓延らないならその方がいいんだしあたしはあたしの生きたい道を歩むわ。


 最高の推しキャラのためのきちんとした聖女になってみせる!


 ……もしも、彼がまたヒロインに恋をするなら、今度は成就するよう応援してあげるのもありかもしれない。


 推しには幸せになってもらいたいってのが真のファンってものでしょ。あたしはヒロインと一緒にいる彼の蕩けるように弛んだ顔をとくと眺めて酒の肴にでもするかな。

 誤算だったのは、あたしの煩悩が本人に聞こえるその一点のみ。完璧聖女の仮面があっさりパキリボロボロって剥がれちゃった。理由はあたしにもさっぱりよ。

 何か意味があるの?


 考えても答えなんて出ないから現実に意識を戻すと、ワイバーン達はもう広場上空にホバリングしていた。


 あはは思ったよりもお早い到着でー。正直もう少し避難が進んでいてほしかった。

 今はまだ小説本編が始まる前だし、あたしにもこの場がどうなるのかは読めない。

 確実なのは、セオ様は死なない。だって彼は本編が始まって健康体そのもので登場するもの。カッコ良くね! だから実はそれ程心配はしていないの。

 でも、決して小説では語られなかった無名の庶民や兵士の被害は懸念している。この世界は空想じゃない現実で、本当に怪我もするし死にもする。

 必要なら顔を晒して力を貸すつもりよ。ただ死にゆく誰かを見ているだけなんて御免だわ。


 あたしはもう読者じゃない、この世界の聖女だもの。

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