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頑固老人ならぬ頑固老竜

 降下してくる黄金竜の一団にあたしは完全に凍り付いた。どれも巨体、その中のどれか一つにでも踏まれたら人なんて一溜りもない。即人生退場よ。

 付け足すと、どう見ても彼らは今度はあたしをロックオン。どうして……あ、ルウルウを治したから? 聖女さんよ~余計な事しやがってって?


「うわはははは! 案ずるなアリエル、そいつらが纏めてかかってこようと、目の覚めた今の僕はもう退かない!」


 頼もしくも元気になったルウルウが悪党笑いでそう豪語した直後、竜達の一部は遠慮もへったくれもなくどかーっと派手に庭園に着地して芝生や花壇、低木までを潰して抉って明日の庭師を泣かせた。幾分救いなのは全員分のスペースがないのはわかっていたようで、残りは依然宙に留まった点かしら。

 だけど一体全体何を仕掛けてくるつもり?


 恐れと訝りを強くした時だ、竜達が皆一斉にこうべを垂れた。


 は、何? 今更全員でルウルウを王って認めたとか?

 ピンピンした今の彼には到底敵わないからご機嫌取り? 命ごい? だったら呆れる。けどこの子に従うならそれが無難な幕引きなのかもしれない。そしてさっさと帰れっ。


「先までの大変な無礼をどうかお許し下さい、――治癒者アリエル様」

「……ん? え? あ、あたし?」

「せめてもの償いと致しまして、今夜我ら一族が与えた一切の損害は、全て余す所なく弁償致します。これでも人族の好む物品の蓄えは沢山ございますのでご安心を」

「はい?」

「この国へも攻撃はしないと、一族皆がここに誓います」

「はいい?」


 古参竜が落ち着きは変わらない様子で、突如先までとは真逆の態度を見せる。本当に軟化どころの変化じゃない。 

 不可解だわ。だって彼らはルウルウじゃなくどう見てもあたしに恭しくしているんだもの。

 何だか極道ものでよくある光景、出迎え時に一列に並んだ気性の荒い舎弟達に慇懃に頭を下げられるアニキになった気分だった。


 治癒者アニキ……じゃないアリエルって呼んだのもどんな意図で?


 戸惑いを隠せず、あたしは詐欺師でも見るような目付きで古参竜を睨む。


「変な事言って、こっちがガードを下げたところで不意打ちでもするつもり?」

「まさか滅相もございません。折り入ってあなた様にお願いしたい事ができましたので、態度を改めた次第です」

「随分あけすけね……。でもあたしに?」

「ええ。アリエル様にしかできない事です。そこで死にかけている我らの愚かな仲間を助けては下さいませんか?」

「な、んですって?」


 さらりととんでもない頼みを口に古参竜が真っ直ぐ示すのは、言わずもがなの例の暴れ竜だ。


「冗談じゃないわっ。あなた達だって見捨てるつもりだったじゃない。なのにどういう風の吹き回し? 仮に回復したとして、またあたし達を襲うに決まっている相手を助けると思って?」

「その時はキングのご裁量で生かすも殺すもご判断頂ければと。我々も決定に従います故」


 その物言いは、やっぱりルウルウの実力は瀕死竜が回復したとしても格段に上なのね。


「何も体力を満タンにしてほしいと言っているのではありません。瀕死からちょこっと、ほんの針の先程度脱却できればそれで良いのです。後は当人竜の底力次第で療養が長引くか否かですが、どの道良い教訓にはなるでしょう」


 ふぅん、要は生かして灸を据えたいのね。


「どうかお願いします治癒者様。一度見捨てたのも、もう助からないと判断して故です。救えるのならそうしていました。それがどんな愚か者で阿呆であろうとも」


 救える手立てが現れたのなら敵だろうと媚び諂ってでも利用する、と語られない言葉の先にそんなしたたかな意図が読み取れた。

 あたしの中の魔物の印象が根底から揺らいでいた。黄金竜は冷酷なようで案外一族の者には情が深いのね。現実的に考えて一縷の望みを見出せればって厳しい条件がつくとは言えね。

 もしかすると、例えば娘を政略結婚に使う一部の貴族よりも余程家族の絆は強いのかもしれない。

 ……ルウルウには手酷くした癖にね。そこはあたしの気持ちにしこりが残る。


「できないわ」


 あたしは首を縦には振らなかった。

 ルウルウに代わって仕返しってわけじゃない。


「治癒者? 魔物の治癒ですって? ルウルウしか治していないのに、検証もなく勝手に大きな括りで言われても困るわ。大体、あなた達の中にも治癒能力持ちはいるんでしょう?」

「いいえ、存在しません。我々魔物には人間で言うところの医者ですらいませんね」

「いないの!?」


 嘘でしょーと思ってルウルウを見たら頷かれた。嘘じゃなくいないらしい。えー嘘でしょー。


「我々は自己治癒力が高く普段は必要がないという理由も、古来より治癒者や医者という概念が生まれなかった要因でしょう。低級の魔物ですとそこまで知能が追い付きませんしね。しかし、自己治癒力では間に合わない予期せぬ衝突や厄介な病、事故などは極稀に起こります。この状況のように」


 古参竜は一呼吸置くように瀕死の仲間を一瞥。


「故に私はこのような場面に遭遇する度に、密かに治癒者を渇望しておりました。その長年の願いが今夜天に届いたのでございましょう。アリエル様あなたが現れた」


 魔物の口から天に届くだなんて台詞を聞く日がくるなんてね。でもとりわけ竜族のような高位の魔物はただ禍々しいだけの存在じゃないのはわかったから、彼らが彼らの医者を望むようになるのも何ら不思議でも何でもないんだわ。

 古参竜は再びこうべを垂れた。目を伏せ一度目よりも丁寧に。


「今一度お願い致します。どうか我らが同胞をお救い下さい」

「あのねえ、できないって言ったのは嫌がらせじゃないのよ。もしもあたしの力がルウルウ限定だったら、そこのドラゴンは確実に死ぬわ。たぶんだけど、あたしとこの子はこの子の孵化からずっと一緒に過ごしていたから、短期間とは言えその特異な環境のおかげで効き目があったと思うのよ」

「ふむ、それは一理ありますね。キングの適応能力の可能性は否定できません」


 でしたら、と古参竜はまた瀕死竜を見やる。


「今一度、治癒魔法をそこの乱暴者に施してみてはくれませんか?」

「だっから無駄に余計に苦しんで死ぬかもしれないんだってば!」


 ふ、と古参竜は笑ったようだった。どこか優しい感じで。


「まぁどちらにせよ検証は必要でしょう。もしも害になるのならそれはそれで不可の結論を裏付けできますし、どの道助からないのでしたら早くトドメを刺してやる方が苦痛は少なくて済みます」

「本気で言っているの? 駄目なら目の前で仲間を殺されるのよ」

「そうなるのならば、それが世界の理とこの者の運命なのでしょう」


 うわ、酷い。言っている内容はわかる部分もあるけど、瀕死竜が気の毒になってきた。人間の味方をしたわけでもないのに同胞からこんな扱いって……。

 とは言え、使わないと帰らないっぽい頑固な空気になっている。膠着状態が続けば竜の群れの出現に王都民のより多くが気が付いてパニックは必至だわ。仕方がない、結果がどうなるにしろ使わないわけにはいかないようね。

 その前に、一応ルウルウの意見も聞いておこうかしらね。


「ルウルウはどう……」

「アリエルが嫌ならほっとけあんな奴は」

「……」


 あたしは脱力したような溜息をついた。

 全く、お人好しルウルウ。

 彼は葛藤して我慢するような顔をしていた。本音じゃやっぱり仲間が死ぬのは嫌なのね。自分を殺そうとした相手なのに。

 あたしは撫で撫でよりもやや強いくしゃくしゃって感じで、ルウルウの髪の毛を掻き回した。


「んむむ?」

「わかったわ、やってあげるわ。ただしどうなっても知らないわよ」


 驚きに目を見開くルウルウを横に、あたしは不用意に瀕死竜に近付いたりはせずその場から治癒魔法を向けてやった。

 確かに、憐れだと思った。ルウルウを悲しませたくないとも思った。敵を殺す心構えはしたつもりで、余裕で平気なわけでもない。

 とは言え、宮殿を破壊して人々に怪我をさせたのは事実。痛みに涙した者の顔はまだ記憶に新しい。

 どうなるのか、どうなってほしいのか、あたし自身正直よく気持ちが整理できないままに治癒魔法を使ったわ。

 魔法の白光が死にかけた巨体を包み込む。血に汚れていない部分の金鱗に光が仄かに反射して、憎たらしい相手なのに少し神々しくさえ見えている。


 瀕死の竜は悲鳴一つ上げなかった。


 既に昏倒していたからなのか、治癒魔法が効いたからなのかはわからない。

 古参竜の望み通りになるように、あたしは早期に切り上げた。

 もう致命傷はない。後は当人竜の自己治癒力だけでも十分死なないだろう。


 そう、あたしの力は魔物を治した。退治じゃなく救った。


 ……それが人間の一般常識以上に聖女としてはどんなに異質なのかをまだ考え至らずに、やってしまった。

 あたしが肩から力を抜いて暫く、庭園はとても静かだった。

 奇妙なくらいに。

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