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力の変質

「説教を覚悟しておけよアリエル!」


 セオ様はこっちを見ずに珍しく怒鳴った。

 彼のおかげであたしは無傷。じわじわと束の間のとは言え大きな安堵を実感する。

 ほ、ほ、惚れ直したぜセオ様あああーっ!

 新たなトキメキも。

 他方、聖女様ーっと声を大にして叫びながら、彼に遅ればせモカ、イザーク、リンドバーグの三人も応戦する。

 攻撃は能力的に無理なのか気分なのかはわからないけど幸運にも竜の灼熱咆哮(ドラゴンバースト)じゃなかったからか、さっきよりはセオ様も負担がないみたいだし、だからこそ他の三人でも戦えているんだわ。

 皆ありがとうっ本当にっ。


 だけど、感激している間もルウルウは弱っていく。


 より増えた無数の深い傷から命が流れ出していく。さすがは竜の攻撃だけあって一つ一つの傷が重く、この子にいくら優れた自己治癒力があっても限度があるだろう。

 聖女として沢山の病や怪我を看てきたから何となくわかるもの、このままじゃ命が危ないって。

 ここに不可能も可能にする凄腕のブラックな外科医がいれば、魔物だってきっと治せるのに~っ。

 けどこの世界じゃ魔物は野蛮で狂暴な悪の存在って固定観念があるから、ほとんどの人間は魔物を治療するなんて発想すら持たない。

 だからこそ的確な手当てを誰も知らない。

 ならこの子を助けるにはどうすればいい? 王宮医務室に運ぶ? 有効な治療もできないのに?

 現に以前にこの子が怪我をした時だって、人間のやり方で安静にさせたとは言え根本的にはこの子の自己治癒力に頼っていた。

 結局の所、あたしは何もしてあげられない。


「死なないでルウルウ……!」


 彼を抱えたまま途方に暮れた時だ。

 耳に古参竜の大きな嘆息が聞こえてきた。こんな場面で溜息だなんて自分達は余裕って優越感のアピール?


「仲間なのにどうしてこんな真似できるのよ!」


 無意味だろうけどキッと睨んでやった。

 そうしたら何故か物珍しいものでも前にしたような感情が返ってきたけど、次にはあたしなんてどうでもよさそうにしてルウルウへと視線を戻す。


『キング、お気は変わりませんか? 考え直して頂けるのでしたら攻撃を中止致しますよ。我々も心の底では気は進まないのです。一族の秩序のために仕方がないと割り切って臨んでいるのですよ。人間の、とりわけ聖女など、我らの害にしかなりませんのに何故ご自身よりも優先されるのです』


 古参竜がくどくどと何かを言ったけど、ルウルウは言葉を返す気力もないみたい。


「何なのよ、勝手に竜語をべらべらと。あたしにもわかるように喋りなさいよっ!」


 くわっと目を見開いてマジギレしたらちょっと竜は黙った。

 そしてまた溜息をつかれた。まーっ失礼ねっ。

 敵竜に負けないでまた戦えるようにあたしが治してあげられたらどれ程良いかって思う。でもあたしの設定がそうなっていない。大事な誰かが必ずしも人間だって限らないのに、あたしの力は相手を選ぶ。これで何が聖女。ああでも聖女って名称は人が付けたもので、所詮は人間に都合の良い存在として定義されているだけなのよね。

 あたしは、あたしだけは、この世界が何かを知っているからこそ望む。

 そんな型に嵌められた聖女冗談じゃないって。


 王都でのワイバーン出現、この子のかなり早期の地下からの解放とか、本編が始まる前に既に幾つかが改変されているこの世界だもの、もう一個くらい変わってもいいじゃない。


 聖女に魔物を癒せるそんな力があったっていいじゃない!


 ルウルウの煤け滲む血で汚れた頬が小さな呻き声を上げて苦しそうに痙攣する。

 痛々しい姿に涙が出そうだったけど、泣きたいのはルウルウの方だろうから堪えた。そっと彼へと額を寄せる。


「ルウルウお願いよ。生きて」


 せめて痛みだけでも取り除いてあげられたら。


「――痛いの痛いの飛んでけ」


 ぎゅっと目を閉じ無意識にその言葉を繰り返した。愚かな聖女だと罵られたっていいわ。単なるおまじないの言葉でも気休めでも何だろうと縋りたかった。

 どれくらい夢中で願っただろう。十秒か一分かもっと長くか。

 ルウルウが痛みのせいか腕の中で身じろぎしたのがわかった。きつく抱きしめ過ぎたかと慌てて目を開ける。

 刹那、眼球すれすれをふわりと何か蛍のように浮遊する光が通り過ぎた。キラキラとしたそれは無数の白い燐光の一つで、あたしとルウルウを中心に広がっていた。

 それはよく見れば治癒魔法陣が浮かぶあたしの掌から生まれる光で、途端にギクリとなった。

 聖女の奇跡は魔物には毒。瀕死の魔物相手になら尚更に。


「やだどうして……!」


 動転してルウルウを離そうとすると、そのルウルウから手を掴まれた。思いの外しっかりと、まだ余力があるみたいに。


「こ、これを見るのだアリエル」

「え?」


 彼はぱちりと目を開けていて声の調子も弱くない。幻覚かもとポカンとなりながらも促され目を落とせば、燐光の触れた所から何と傷口が浅くなっていく。

 動けるようになったからか、ルウルウはあたしの腕から下りて自分の足で地面に立つ。

 あたしはあたしで思わず自分のじゃないみたいに光が溢れる両手を見つめてしまった。意識の混乱からかその直後魔法はふっと消えたけど。

 ルウルウの怪我は完治こそしないまでもほとんど心配がなくなったようだった。

 治癒魔法を使おうとしたわけじゃない。この子の害になるそんなリスクは冒さない。

 だけど、今のは明らかにあたしの魔法。意図せず発動させた上に性質を魔物仕様に変化させたってわけ?

 それともルウルウ限定?

 それか黄金竜限定か……ん、黄金竜?


「――そうだわ戦いは!?」


 ルウルウに忙しかったあたしはやっと疑問を抱いて周囲を見回した。

 辺りは静かになっていて、攻防はいつの間にか全て止んでいる。

 誰もが暫し言葉を失ってあたしとルウルウを見ていた。

 黄金竜達も例外じゃない。

 庭園はまるで時が止まったみたいに何者も微動だにせず、夜風ですら遠慮しているようだった。

 その理由は明白だ。

 あろうことか、魔物の天敵たる聖女が魔物を治癒したんだもの。


「えぇとこれはどういう事なのかしらね、ハハ……」


 あたしにだって説明できない。

 誰か何か言ってと気まずい心地でいたら、意外にも古参竜が最初に反応を見せた。


「びっくり仰天しました。長く生きてみるものですね。我々魔物を治せる人間を、生まれてこの方初めて拝見致しました」

「あたしだって驚いているわ……って、人語を話せたのあなた?」

「えぇそれなりには。現代語よりどちらかと言うと古語の方が得意ですが」


 そんな情報要らないわよ。けど語学はあたしよりできるじゃない。あたしは古語なんてほとんど読めないもの。


「ところでキング、その姿を維持するのは魔力の無駄では? 怪我の酷い間だけでも本来のお姿に戻られていれば体も楽でしたものを、どうして戻られないのです? よもや本気で自殺願望がおありなのですか?」

「ドラゴン姿の方が楽なの?」

「えぇ、当然です。生来の形なのですから」

「――ルウルウ戻りなさい」

「いっ嫌だ。鋭い爪と硬い鱗でアリエルが怪我するかもしれないだろ」

「そんな理由!? この前は堂々とあたしを掴んだり乗せたりしたくせに?」

「そんな理由、じゃない! アリエルが痛いのは嫌だ」


 この子は自分よりもあたしの心配をしてくれている。やっぱり優しい子ね。


「それに、次のキングのために僕がいなくなれば、アリエルには危害を加えないと約束した」

「ちょっと何よそれはっ」


 お馬鹿さんルウルウ。お人好しルウルウ。どうしてどうしてどうしてこんなに良い子なのっ。魔物だなんて思えない。激可愛いだけでも正義なのにっ。ねぇそのサラふわの頭吸っていい?

 だけど、大きく間違ってるわ。


「ルウルウ、もう一度言うけど、本性に戻って回復に集中しなさい。いいわね?」

「で、できない」

「考えてもみなさい。あなたが死んでも約束を守ってくれる保証はないのよ」

「なっ……」


 素直で真っ直ぐ過ぎてそんな事を思い付きもしなかったのか、彼は言葉に詰まったけど、慎重に考えればその手の欺きもあり得るんだって悟ってか、どうなんだと問うように古参竜を見据えた。

 たぶん無意識に同胞を信じていたのね。疑わないといけない境遇に彼を置いたのはあたしとの繋がりだから心苦しいけど。

 古参竜はふっと笑ったような吐息を立てた。


「そこは敬愛するキングとの約束事ですので違えは致しません……が、あなた様は未だ生きておられますし、現状ではその約束を守る義務も強制力もございません」

「何だとっ!」


 怒るルウルウとは反対に古参竜の方はしれっとしている。まぁそうよねって頷いたあたしだったけど、条件を満たさない以上あたしも変わらず、もしかすると次の瞬間にも命を狙われかねないと気付いて肝が冷えた。

 しかもその理解で間違っていなかったのか、頬に風を感じて見上げると、古参竜を筆頭に竜御一行様は何と地上に降りてくるじゃない。

 ウソウソウソ今度は魔法じゃなく体当たりをかましてくるつもりー!?

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