一難去ってまた一どころじゃない難
あたしは灼熱ブレスの逆光の中、目の前に突如降ってきた小さな影を見つめた。熱風に金糸のような髪が煽られ激しく乱れる。
「アリエル今のうちに安全な所に逃げろ!」
炎に炙られる小さくも勇敢な背中は、こっちを振り返らずに両足を踏ん張って高い声を張り上げる。
ルウルウ……!
あぁ、やっぱり彼は敵じゃなかった。
今夜の舞踏会に出るために用意した正装は所々が無惨にも裂けたり焦げたりしている。
彼の肩越しに見える頬は少し見ない間に酷くコケていて、いつものふくふくちゃんがどこかにお留守。一体何があったの?
あたしがもたもたとしていたせいでルウルウの目には焦りの色が過ぎったけど、いつの間にか人間重り達を剥がしたセオ様からあたしがバックハグされたのを見て幾らかホッとしたようだった。
セオ様はあたしを抱き寄せたまま正面に魔法剣を構えて盾代わりにして低く囁いてくる。
「本気で心臓が止まるかと思った。アリエル、私を殺す気か?」
キィヤァアアアーッッ腰砕けーっっ。むしろこっちがメロキュン死するっ。
「落ち着け」
そんにゃのできるわけにゃいーっ。
『――ガアアアッ』
その間にもルウルウの放った炎魔法が、何と竜の灼熱咆哮を丸ごと押し返して更には敵竜の全身を焼いた。魔法にも相性があるけど、同じ系統の魔法には純粋に実力差が表れる。あれを相殺してお釣りまで食らわせるなんてルウルウって本当に強いのね。
大反撃を食らった黒焦げ竜はプスプスプスと黒煙を上げながら背中から大地にズズーンと沈んだ。衝撃でかはっと血反吐を散らす。とうとう戦闘不能に陥ったみたい。
ルウルウは肩を上下させて荒い息をしていたかと思えば、パッとこっちを振り返る。
「アリエル! どこも痛くしてないか!?」
「ないわ。ルウルウやセオ様や皆のおかげでね。助けてくれてどうもありがとう」
「なら良かったのだ……。そこのセオドアとか言う奴も僕不在の間アリエルを護った事だけは評価してやる」
「塵にも劣る評価など要るか。逆に、アリエルの盾となって敵を撃退した事だけは褒めてやる。やればできる子だなー」
「ガキんちょ扱いするな!」
ふんっと鼻を鳴らすも、戦闘はまだ終わっていないからか再びルウルウは同胞へと向き直った。セオ様はルウルウに討伐を任せるつもりみたいね。
「人のテレポート陣を横取りするとは卑怯極まりない奴だな。そこの不遜男といい勝負だ。全く、余計な労力を要したぞ。お前みたいなのは、仮に僕がいなかったとしてもキング失格だ」
『ぐっ……』
同族の彼らの間にどんな経緯があったのかはわからない。ただ討伐は時間の問題だ。ボロボロの瀕死の姿は憐れを誘うけど、同情なんてしない。……しないわ。
ボロボロなのはルウルウだって同じだし……ってそうよルウルウ!
よく見れば見た目より重そうな怪我を沢山負っている。道理で服がビリビリなわけだわ。
今夜この子が消えてから今まで何があったのか、問わずともわかる。最初の攻撃以降敵を王宮から遠ざけてくれたのは彼で、どこに消えていたのかは知らないけどこんなになるまで戦ってくれていた。
その理由の一つには、あたしのためも入っているんだわ。
「もう見逃してやる理由はない。敗者よ、覚悟はいいか?」
『……っ』
動けない敵竜は、すぐそこに迫る自らの終焉と無力を思い知り悔しそうに唸る。
苦もなくルウルウはとどめを刺すだろう。
本当なら彼の護るべき民だった者を。
魔物なのに人間のあたしに肩入れして、人間側に立ったも同然にして。
同胞へと一歩踏み出す様を見て、唐突に思った。
これでいいのかって。
ただ傍観するのかって。
この先あたしは彼の長いだろう竜生には一緒にいてあげられない。竜族からすれば瞬きにも似たほんの短い時間に接するあたしのために同胞殺しなんてして、一族との仲が拗れてしまえば取り返しがつかない。
ルウルウに関わる事だからこそ、無責任でいたくない。
あたしは動かなくちゃならないわ。
この子はセオ様とは別の部分でもうあたしの大事な存在なんだから。
「ルウルウ待って、あたしが始末を着ける! 体力的にも一番ピンピンしているのはあたしだし、あれくらい弱っていれば如何にドラゴンでも弱小魔物と同じく、聖女の奇跡であの世行きよ!」
聖女は殺生をしないわけじゃない。護るべき者達のために戦う聖女だって過去にはいた。剣を扱うには素養のないあたしはジャンヌ・ダルクのような戦女神にはなれない。だけどあたしはあたしのやり方でやるときゃやるわ。
「「駄目だアリエル!」」
こんな時は息ピッタリな王様コンビよね。
敵竜は今度こそ虫の息で脅威じゃないのに二人共心配性なんだから。
「僕がやるから無理するな!」
「そうだ、ドラゴンの事はドラゴン同士で決着させるのがベストだろう。わざわざそなたがやる必要はない。おい、さっさと終わらせろ」
「言われなくても! ホントにムカつく奴だな! アリエルは僕が同胞殺しになるのを気にしたんだろ? ひひっその優しさには感謝だぞ」
「ルウルウ……! だけどっ」
「よせ、そなたも疲れているだろうにっ」
セオ様はあたしが息巻いて敵に突撃しかねないって懸念からか、回す腕に力を入れた。うぅっ愛の鎖が辛い~っ。
ルウルウはちゃんとあたしの気持ちを察していて笑顔をくれた。
こんな風にあたしを思いやってくれるのに自分の怪我には頓着していないのがまた……ぎゅってしてあげたくなる。
せめて、この子の治癒ができたらいいのに。
どうして聖女の力は魔物に害なんだろう。
魔物も人も魔法を使う。その魔力の質は異なるようなのに発生する事象には差がなかったりするのはどうして?
アプローチは違うけど結果は同じなら、治癒魔法も魔物にだって同じ効果があっても良さそうなのに。
そうできないのかな、あたしの力は。
この世界は一見見事に理が整っているようで、その実歪で不合理で不格好な面もある。
「アリエル」
セオ様が内面に没頭しそうだったあたしを察して意識を引き戻してくれた。その声には懸念の響きがある。
ルウルウ限定とは言え聖女が魔物治癒なんて危うい考え、もし表立てば聖女への信頼が一気に揺らぐもの、彼が不安視するのも当然か。
その敵竜もルウルウみたいだったら、何かが違っていたかしら? ……ううん、今更だわ。
『く、は……何故そのような、顔を……おかしな、聖女だ』
相変わらず竜の言葉はわからないけど、困惑は伝わってきた。
『――――ハ、ハハハ、ハハ!! だが、今更何も変わらない!』
敵は纏わり付く感情を一掃するかのように一際高く鳴いた。ううん、痛快に笑った。哄笑とも言える様子で。
『俺様が、何の策もなく、ここにやってきたと? 今夜のうちに、戻らなかった際には、一族の猛者が総出でここにやってくるだろう。一月か一年か、いつ現れるかは俺様にも不明だが、精々破滅の訪れを日々恐れ慄きながら待つが良い!』
ルウルウがギリリと歯噛みした。
「アリエル、ごめん。だけどな、アリエルだけは護るぞ」
「ルウルウ?」
ルウルウは苦い顔付きで俯いた。
おそらくは何かまずい事が起きようとしているんだわ。
「ルウルウ……隠している事を白状なーさーいー」
腕を伸ばしてふくふく五割減のほっぺを挟んでぐりぐりしてやる。
「ひゃわわはわわひゃいーっ」
「推察するに、一族総出でこいつを亡き者にしようとするとか、そんな感じの内容だろうな」
セオ様が彼の見解をくれる。ほっぺから手を離さないままにルウルウを見れば、気まずげ~な目をした。なるほどっ、まさにそれなのね。自分のせいで今日以上に王都がヤバくなるかもしれないなんて、あたしが聞いたら激オコだろうからね。ええ、勿論激オコよ。
だって、つまりは他にも黄金竜がやってくるってわけで……。
「たっ大変じゃないのっ、そうなら早く手を――」
打たないとって言おうとして、口が止まった。
どうしてなのか――――寒くもないのにざわりと肌が粟立ったせいで。
これは現象未然の聖女の超感覚。
反射的に敵に目を向けた。
あたしに釣られて二人や周囲も同じ方を向く。
無数の魔法陣が現れたのはそれとほぼ同時。
暫しあたしは自分の目が信じられなかった。皆も大きく息を呑んでいる。
だって魔法陣は全てがテレポート用だった。
それら魔法陣が全て消えた頃、庭園の上空には数多の黄金竜達が翼を上下に大きく広げ浮かんでいて、あたし達を睨み見下ろしていた。




