密会は喫茶店で
「三人にお願いがあるんだけど」
馬車の中、モカ、メイ、イザークの三人は何でしょうとこっちを向く。
「さっき正門にいた一家を人目に付かないように、個室のある喫茶店かレストランに案内してほしいの。話をしたいから」
あたしの頼みに三人は予想通り困惑した。躊躇う色も見えたのは規則違反と考えたからだろう。聖女や王宮の規則を現在習得中のルウルウもこの規則はもう知っているのか心配そうな目で見上げてくる。
「皆も気付いているとは思うけど、彼らはあたしの家族なの。無理を言っているのはわかっているわ。だけどどうかお願いっ」
思ったよりも返答までの沈黙が長引いて胸にじわじわと焦りが広がる。
勝手過ぎるって軽蔑した? そうよね、やっぱり三人は聖職者として規則を蔑ろにできないだろうからそれも仕方ない。
かくなる上は非難必至で自分で動こうと覚悟を決めた時だった。
「ちょっと馬車を止めて」
メイが連絡小窓から御者の男性に指示をして、馬車はゆっくり速度を落とす。
「私が聖女様のご家族の皆さんをお連れするから、モカとイザーク先輩は聖女様を宜しく。聖女様、ちょうど良い店があるんですよ。教会傍のええーと確か名前はー……」
「ああ、賢者の頬杖ですね?」
「そうそれ! さすがは密会密談なんて日常茶飯事の泣き虫腐れ腹黒イザークぱいせん!」
「メイどさくさで人の秘密まで暴露しないで下さいよおぉ~っ」
あらま、イザークぱいせん……。
「聖女様、ご家族は賢者の頬杖と言う喫茶店にご案内するので。あそこは普段から騒がしく賑わってる分他者を気にしない人間が多くて、ホーント密談や密会には持ってこいの穴場なんですよ……って、聖女様聞いてます?」
「あっ、それはいいわね、是非そこでお願い」
あっさりしているからうっかり放心しかけたわ。でもそんな穴場があったなんて知らなかった。聖職者なのにそこを知っているメイに驚きよ。イザークにも。
あたしとしても良い情報をゲットだわ。よもや教会の近所にそんな怪しい店があったなんてね。お忍び歩きしてそこそこ王都を知っているつもりだったけど、灯台もと暗し。
「本音を言えば、規則破りだって反対されると思っていたわ」
あたしの苦笑にメイはやや困った風情で頬を掻く。
「必ずしも大枠での規則が個々のケースに合致しているとは思いません。聖女様を育んだご家族ならきっと善良でしょうし」
「メ、メイったら……!」
思わず感動しちゃった。モカとイザークもうんうんと頷いている。
ううっ、こいつらってばよっ……!
「それに聖女様はここで駄目と言ってもお一人でやらかしそうで放っておけませんって。二人も同じ意見だと思いますよ」
見れば二人も頷いている。はあ、伊達に一年も一緒にいないわね。あたしをよくわかっている。
「それじゃ二人とも、聖女様を宜しく頼むよ。あとドラゴンも」
ルウルウを宜しくって意味なのかルウルウにもあたしを宜しくって意味なのか微妙にわかりにくい言葉を残し、メイは馬車が停まるやさっさと降りて門の方へと走っていった。
「さてと、それでは聖女様、急遽教会に用事ができたとでも理由を作って馬車を引き返させましょう。同行の護衛兵達は教会に待機させておけば問題はないでしょう。そうしてこっそり抜け出してご家族と会われてから何食わぬ顔で戻りましょう」
「わお、モカったら策士ね」
「アリエルの家族なら僕の家族も同然だ、同席していいかアリエル?」
「いいけど、正体がバレたり目立つような真似をしたら駄目よ?」
「うむ、わかってるぞ」
イザークも乗ってくれたし、あたしは人に恵まれてる。ルウルウは竜だけど。
セオ様は聞こえる距離にはいないと思う。国王の宮殿は正門から遠いもの。勝手をして悪いとは思うけど相談しようにもそんな時間はないからこの際仕方がないわ。
……と、無理やりそういう事にしてあたしは思い付き計画を実行に移した。
御者に教会へと向かうように言って馬車は来た道を引き返す。
幸い護衛兵達には聖女が教会に一時帰宅するのを怪しまれたりはせずすんなりいった。裏から教会を抜け出す途中に顔を合わせた教会職員には、急ぎ必要な物を取りに来たと長話にならないように挨拶だけをして立ち去った。変に思われていないといい。
メイは約束通り家族を賢者の頬杖へと連れて行き、個室を取ってそこで家族を待たせてくれていた。メイに劣らずイザークも心得たもので、喫茶店に入るなりカウンター奥で皿を拭いていた店員に近付くと何事かを囁いて、メイ達の待つ個室へとその店員があたし達を案内してくれた。
そんなわけで無事に再会の運びとなった。
世間様への後ろめたさは無いとは言えない。でも一生後悔したくなかった。前世も含め家族はあたしの宝物だったから何もせずに放っておくなんて結局は無理なの。
痛感する。あたしはどうしたって無私の人にはなれない。
煩悩だらけでなくてもこれじゃあ聖女失格ね。
家族は素性を隠すためにフードを深く被ったあたし達が個室に入ると警戒したみたいだけど、フードを外した途端、飛び付くようにしてあたしを囲んだ。
「アリエル! 元気そうで良かった……っ!」
「心配していたのよ、アリエル」
「姉ちゃん!」
「「アリエルお姉ちゃん~!」」
「う、うん、ひしゃしぶりゅいぃ~」
ぐいぐいぎゅむむと皆から潰されて上手く喋れない。
「本来はもう父と娘として会えないのはわかっていたんだが、近況を耳にしてどうにも居ても立ってもいられず来てしまったんだ。こそこそさせてしまって済まない」
「お母さんもごめんなさいだわ、アリエル。もしも大きく知れればあなたが困るのに……。ただ、婚約だなんて本当に大丈夫なの? それにきちんと食べてるの?」
両親はあたしが無理強いされていないかを本気で案じてくれていた。それ故なんだろうけど母親は皆の前で恥ずかしげもなく服の上から触って確かめてくると、片手を口に当ててまじまじとこっちを見つめた。
「アリエルったら、お腹回り少し太った? あ、まさか妊し……」
憶測で下手な事は言えないと母親が濁した途端にピクリと父親が何故か肩を揺らした。
「そうか、いきなりの婚約の裏にはデキ婚――」
「清く正しいお付き合いだから安心してっっ!!」
全くもうっ、何を言うかと思えば。
モカ、メイ、イザークは被ったフードの下で目を丸くしていたわ。当然の反応よね。
「はっ、はっ、はじめまして!!」
同行者で唯一異なる反応を見せたのは、ルウルウ。
彼は何故だかいつにないとても緊張した面持ちで背筋を伸ばして家族を真っ直ぐ見つめた。
ふふっ可愛いけど何だろう、まるで結婚前に恋人の両親に挨拶しにきた人みたい。前世の夫がまさにこんな具合だったわね。
ルウルウは尚もガチガチに硬い動きであたしに抱き付く家族達の真ん前までくる。
「アリエルにはお世話になってます! ルウルウです!」
え、誰……?
母親が不思議そうにした。
「アリエル、この礼儀正しい子は?」
あはは、こっちが聞きたい。本当にどうしたのかしらルウルウってば?
あたしは一旦家族から離れるとルウルウの背中に手をやって紹介の体を取る。
「この子はあたしがお世話している子なの」
黄金竜だとは言わない。きっとびっくり仰天して卒倒すると思うもの。もっともっと地固めをしてからでなくちゃ……と、そう考えていたものの、席に付いて軽食を注文して待つ間父親はルウルウをちらちら見ていた。
お世話しているって嘘は言っていないけど、隠し事があるのは気付いたに違いない。鋭い。母親もそこはわかっていたのかもしれないわ。何気なく父親へと話し掛け落ち着かせていた。
――コンコンコン、とノック音が聞こえたのはそんな時。
「早いわね、もうできたのかしら」
てっきり注文の品を運んできたんだとあたしはそう思った。他の皆も同じく思ったのか、扉口で見張りも兼ねていたイザークが扉を開ける。
「――っ!?」
開かれた扉の向こう、狭い木床の廊下に一人佇んでいた人物にイザークが息を呑み、続いてあたしも瞠目する。
相手はフードを被っていたけど、目を凝らさなくてもあたしにはよくわかる。
「アリエル」
その人のいつになく引き締められた声に、あたしの胸にはある種の不安が広がった。
「セオ様……」
そこに立つのは、紛れもく国王セオドア・ヘンドリックスその人だった。




