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王宮正門前の再会

 時間はやや遡る。


「お願いします! どうか!」

「駄目だ駄目だ。何度頼み込まれても無理だ」

「ならせめて伝言だけでもどうかお願いします! 聖女様にビリー・ベルが会いたがっていると伝えては頂けないでしょうか!」

「門番様どうかどうかお願いします!」


 王宮の正門前には男性門番二人と中年の男女と彼らの子供三人の姿があった。

 アリエルの父親ビリー・ベルと母親ケニー・ベルと弟妹達だ。一家五人は列車や乗り合い馬車を何度も乗り継いで遠路遥々王都へとやってきた。今は教会ではなく何故か王宮にいると言うアリエルに会うために。


 彼女が国王セオドア・ヘンドリックスの婚約者になったとある日青天の霹靂と聞き及び、聞いた翌日にはもう皆で旅支度を整えて出発した次第だった。


 アリエル本人も嫌がらなかったのもあり、良い暮らしもできるだろうからと心情的に聖女になるのは泣く泣く受け入れても、婚約や結婚となれば話は別だ。聖女はいくら家族との縁は切れるとされていても気持ちの面では大事な娘なのは変わらない。


 忘却魔法や記憶操作魔法が掛けられているわけではないのだ。そのような魔法は高難度が故に使える者は極めて少ない上、倫理的な問題があるので過去の王が使用禁止として久しい。


 ビリーとケニーは、娘はセオドアに無理強いされているのではないかと懸念していた。

 巡行で村に立ち寄った際の彼は上の息子を救ってくれ、真面目そうだがそのようなタイプには見えなかった。しかしそう見えただけで人間わからないものだ。

 だからこそ一度アリエルに直接会って様子を確かめたかったのだ。娘の誤魔化しや嘘くらいはわかる。杞憂ならそれでいい。つまりアリエルがセオドアを慕っているなら安心して帰るだけだ。


 ただ、会う以前のところで大きく躓いてしまっていた。

 門番はやれやれと首を横に振った。


「お主達のように聖女様に会いたがる者は後を絶たない。だが聖女様は一庶民がおいそれと会えるお方ではない。それに許可証のない者を王宮には入れられない規則なのだ。破ればこちらの首が飛ぶ。手紙や伝言も受けるなと上から言われているんでな。すまんな、お引き取り願おう」

「そんな……っ。許可申請をしましたが身内、いえ元身内は却下されてしまうようで、今日ここまで直接来たのはだからなのです!」


 元身内。

 さすがの門番達もその意味するところを悟り何とも言えない苦い顔になる。同情の色もあった。応対してくれている方ではない門番も同様の顔付きだ。

 聖女は正式に聖女となった時点でそれまでの(しがらみ)――家族、友人らとの関係を断たれる。どんなに仲が良くてもだ。


「すまんな、何度も言うが規則なんだ。ああそうだ、教会に当たってみては?」


 幸い、平民だからと見下して無下に脅かしたりしない辺りしっかりとした公正さと職務意識を持っているようだ。こんな男が門番なら王宮も真っ当かもしれないとビリーは少し安堵する。

 そうは言っても落胆は大きい。実は教会からも無理だと門前払いされていたのだ。

 子供達も不安そうにしている。大好きな姉に会えると期待していただけにがっかりもしている。待ち伏せするわけにも行かず打つ手がない。


 ビリーが一家の主としてさてどうしようと途方に暮れた時だ、石畳を叩く複数の蹄の音と共に騎兵達と一台の綺麗な白馬車が近付いてきた。門番の片方が慌てて開門レバーを操作し始める。顔パスならぬ馬車パスだ。誰が乗っているのかビリーは純粋に気になって見上げた。


 目の前を通り過ぎる時、中の相手と目が合って彼は大きく驚いた。





 当初、正門に差し掛かった馬車窓からは、あたしと同じ銀髪の男性とその家族と思われる後ろ姿が見えていた。

 全員が地方から出てきたのか、上下の分かれた素朴なチェニック風の服を着ている。田舎の平民服のスタンダードね。男性用がズボンで女性用はスカート。加えて女性はスカーフを、子供達は帽子を被っていた。

 あたしも聖女になる前まではあんな風な服を着ていた。法衣やドレスと違って動き易いし、前世の服に近いから今だって着たいくらいよ。でも聖女だから衣服もそれっぽくってわけで着られないのよね。くすん。


 男性は背格好が父親に似ているとは思ったけど、まさか王都にいるわけがないと別人と無意識に決め付けていたし、ちょうど何かの陰になったり顔の見えない角度だったりと、近付くまで誰だか本当にわからなかった。


 門番の絶妙なタイミングのおかげで馬車は停車せず低速ではあるけどゆっくりと門横を進んでいく。


 馬車窓越しに銀髪の男性と目が合った。


 あたしは硬直したまま、その人――父親から目を離せないでいた。


 向こうも驚いたようにこっちを見上げている。

 その口元が何かを言おうと僅かに震えたのを認めた瞬間、あたしは拒絶するように咄嗟に顔を背けていた。自らの行動を自覚したのは動いてしまった直後で、視界の端に傷付いたような様子の父親の姿が見て取れた。他の家族の姿も。罪悪感にズキンと酷く深く胸が痛む。


 馬車は確実にまた速度を上げて敷地内側へと進んでいく。


「ア……、――アリエルッ、アリエル!」


 後ろで父親が叫んだのが聞こえて、母親や兄弟達も馬車にあたしが乗っているってわかったんだろう、皆であたしを呼ぶ声が聞こえてくる。

 堪らなかった。ずっとずっと会いたかったから。でも会えなかったから。厄介事に巻き込みたくなくて個人的には会わないつもりだったのに……。


 でも、大きな怪我をしたら王都と違って良く効く薬がないからどうしようとか、弟妹達は喧嘩をして両親を困らせていないかなんかも含め、考え出したらポンポンと案じ事が浮かんできて本音を言えばすぐにでも顔を見に行きたかった。

 心の片隅ではいつも心配だった。どうしたって、肩書きが何になろうとも、彼らは今もあたしの大事な大事な大事な家族なの。

 本当は今すぐ馬車を止めて家族の所に駆け寄りたい。抱き締め合って近況を語り合いたい。


 だけど、できない。


 膝の上の両手を握り締めて堪えた。馬車内の皆はあたしと彼らの関係に気付いただろうけど何も言わずにいてくれる。空気を読んだのか、横にくっ付いて座っていたルウルウでさえ。


 聖女は聖女になった時点で良くも悪くも一切の過去を清算される。


 家族との縁は断ち切られる。


 過去に何度と聖女の親族が親族という立場を悪用して多額の横領や権力の濫用を行った事例があったので、今のようになったと習った。ぶっちゃけたったの今でもあたしにはそんな過去人の悪行なんて関係ないわって思う。両親がそんな非常識人に成り下がるわけないもの。でも世間は二人の善良さを知らない。私情を挟んだと悪く言われるのはあたしより家族の方だろう。


 如何に事実上は血の繋がった家族とは言えこの規則に違反すれば罪にだって問われかねない。


 あたしはぎゅっと唇を噛んだ。

 家族はあたしに会いにここに来た。彼らだってあたしが聖女になる時に説明を受けたはずで、悪くすれば捕まるリスクを知っている。故郷から途中でテレポートして王都までやってきたあたしと違って、乗り合い馬車や列車を延々乗り継いでの長旅だって決して易しくはなかったはずよ。

 だから、ここまでした何事かの余程重要な用件があるに違いない。


「おい待て入るなっ、駄目だと言ったはずだっ!」


 追いかけて来ようとしたらしく、いつもは冷静沈着で真面目そうな門番の制止声が明らかに険しい。このままじゃ大ごとになるかもしれない。ハラハラして窓に張り付いて何とか後方を覗いたら、幸い門番達に押し止められて不法侵入とは至らなかったみたい。


 でも、この先無茶をしてもし拘束されたら……?


 背筋が震えた。

 その時あたしはきっと見過ごせない。誰に咎め立てされても最悪罰せられても。

 たとえセオ様に迷惑をかけるとしても。


 気付けば既に正門は後方遥か彼方。門扉は既に閉ざされもう誰の姿も見えなかった。

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