予想もしない来訪者
明日も治癒リスト者の元を訪問する予定のあたしは、宮殿に戻ると体力温存と決めて部屋で過ごしていた。
モカ達三人には今日はもう出掛けないから休むように言って各自の部屋に下がってもらった。彼らの部屋はいつでも駆け付けられるようにと同じ階にある。
リンドバーグはこの宮殿の警備兵専用詰め所に下がった。詰め所もこの宮殿内の一画にあるから何かあればすぐに駆け付けられる。宮殿には練兵にも使える運動場が隣接していて、生真面目な彼は毎朝早く起きてそこで鍛練しているそうよ……とはモカが教えてくれた事。彼女も共に朝鍛練しているみたい。ふふっ、二人の距離は確実に縮まっているわね。
話を戻すと、あたしは長椅子に寛いで司書長が薦めてくれた魔竜に関する書物をパラパラしながら、セオ様達は大丈夫かと少し心配になっていた。だってルウルウの帰りが遅い。何か面倒な展開になっているのかもしれない。
「誰かに様子を見てくるように頼んだ方がいいのかも」
イザーク辺りに頼もうかと本を閉じて長椅子から腰を浮かせたまさにそんな時、ノックの音が聞こえた。
「アリエル~、いるか~?」
あらいいタイミング、まさにルウルウじゃない。
目元に青たんなんて作っていたらどうしようって半ば本気で心配しながら「はいはーい居ますよ~」って急いで扉を開ける。
「お帰りルウルウ」
「……ただいま」
扉前に立つルウルウは見たところどこも怪我をしている様子はなかったからホッとした。ただどうしてか酷くぶすくれている。
「そんな顔して、セオ様と喧嘩してきたの?」
喧嘩と言っても口喧嘩ね。とりあえず中へと招いて長椅子に座らせる。彼の部屋もすぐ隣にあるんだけど、就寝時間以外はほとんどこっちの部屋に来ているのよね。
横に座って尋ねれば、ルウルウは心外だって顔になった。
「前にアリエルと王宮で喧嘩はしないと約束したから、たとえ相手がセオドア・ヘンドリックスでも喧嘩はしないぞ。……あんなの低レベル過ぎて喧嘩とは言わないしな」
え、そうだっけ、うん、そうだった。確か王宮を壊さないってのもその約束には含まれていたわね。面目なくも今の今まですっかり忘れていたわ。ルウルウごめんちゃい。
更に話を聞くと気分を害するやり取りにはなったみたいだけど内容は教えてくれなかった。くすん、やっぱり反抗期~?
あと、帰りが遅かったのは空を飛ばずにきちんと歩いてきたからなんだって。王宮庭園からここまでは結構歩くのに何て偉いのルウルウってば! あたしなんて途中から馬車を使ったってのに。
感激していると、不意に彼は落ち込んだみたいな顔になった。
「アリエル、人前で飛んで迷惑掛けて悪かった。食事から戻ってみたら姿がなくて、通り掛かったメイドに聞いたらあいつと庭園デートに行ったって言われて、面白くなかったのだ。僕のせいで良くない噂を立てられているのに本当に軽率だった、ごめん!」
庭園での強気の態度とは違って、今のルウルウは背中を丸めて反省している。まあね、めっちゃ目立っていたものね。たぶんさっきはセオ様がいたから彼の前では非を認めたくなかったのね。ライバルみたいに思っているようだし、ふふっ一丁前に男の子なんだから……とそう思う反面二人には仲良くしてほしいと思っているんだけど、中々そう上手くはいかないわね。
「ルウルウが約束を守ろうとしてくれて嬉しいわ。さっきみたいなのは良くないけど、あたしはあなたの存在をずっと隠すつもりはないの。あなたを怖くない害のないドラゴンって説明すれば、きっとわかってもらえると思うから」
「なら、怒ってないか?」
「ええ」
「なら、明日も一緒に仕事に付いて行ってもいいか?」
実はルウルウはあたしの王宮外での治癒仕事にも同行している。最初留守番してもらう予定だったけど置いて行かれるのは不満だったみたいで、こっそり付いて来ようとしたからそれならってわけよ。この半月魔物だとは誰にも気付かれていない。
聖女仕事中ルウルウはモカ、メイ、イザークと過ごしているのもあって周囲はルウルウを教会で世話している子だと思うみたい。その対極にある魔物の一親分だなんて誰も思い付きもしないんだろう。
今日だってこの子の姿を見た人は多くはないだろうから王宮外でも正体はバレないだろう。それに先々を考えてこのキュートさを一人でも多くに売り込んでおいて損はない。
訪問先で見た目天使なルウルウはチヤホヤされている。お利口さんねって可愛がられているのよ。彼の方もそこをわかっていて敢えて上手く立ち回っている節があるし、セオ様だけじゃなくこの子も中々食えないわって染々感じた。前にセオ様も言っていたように見た目通りじゃないのよねこれが。
……そうは言ってもやっぱりきゃわゆいけど~~!
「いいわよ~付いて来ても~~」
「のわあああ!?」
急にふくふくほっぺを揉み揉みし出したあたしを彼はびっくりした目で見つめるばかりだった。ふふふ反抗期でも構わないわー。
ところで、セオ様が連れ出しを何も言ってこないのはあたしがきっちり責任を持って監督すれば問題ないって、そう理解して良いのよね。
思った通り、翌日以降もルウルウを同行させたけどトラブルはなかった。噂の王宮竜がどんな姿をしているかまでははっきりとは広まっていないからね。
ただ、相変わらず聖女の資質部分では微かな疑いは向けられていた。いつものように聖女の奇跡を施せばこれまでと同じくすぐに杞憂だったと消えるけどね。
そんな感じで割と平和に日々は過ぎていき、婚約式も兼ねた王宮舞踏会前日になった。
たとえ大イベントの前日だろうとあたしは聖女の仕事に奔走していて、だからルウルウとモカ、メイ、イザークと共に王宮外へと出ていた。
リンドバーグはあくまでも王宮内での護衛だから外までは付いて来ない。外では他の兵士が五人か六人付けられてぞろぞろと移動するから正直ちょっと多いなーって鬱陶しく思っていたりもする。どうせなら外でもリンドバーグ一人だけを付けてくれればモカ達もいるし十分なのに。
モカは少し残念がっていたっけ。だけどそこはほら会えない時間が二人の絆を強くするって言うじゃない。まあまだ正式なお付き合いもしていないようだけど、頑張れ恋する乙女!
明日からの舞踏会に合わせて、遠方からの招待客達は前以て王都入りしていたり王宮内の迎賓館へとやってくる。
故に、本日の王宮正門または中央ゲートと呼ばれるそこの門番達はいつもよりも開閉作業に忙しく、忙しいと人間ついついピリピリしてしまうもの。
とは言え、正門を通る相手は王宮入場許可証を持参しているだろうから、チェックはスムーズに行われていると思う。
だから、門前で門番に足止めされるなんて光景はそうそうない。
そもそも王宮に入る許可は明日の王宮舞踏会の招待状のように事前に王宮側から送られるか、王宮外に設置されている役所なりに事前に申請書類を提出して審査を受けて通らないと得られない。貴族や商人でもそこは例外はないみたい。
だから、余程の田舎者でもない限りは許可証なしに行って門番と揉めたりしない。
だけどこの日に限っては違ったの。
「あらどうしたのかしら。珍しく門の所で揉めているみたい」
聖女仕事を終えて王宮へと戻る馬車の中、まだ距離はあるものの馬車窓から見えた正門の様子にあたしは車内の皆と顔を見合わせた。
段々と馬車が正門へと近付いていくと、やがて門番の一人がこっちに気付いて慌てたように開門準備に取り掛かる。
門番達は王宮所属の馬車は見た目で判別できるそう。あたし達の馬車の場合は前後を騎乗した護衛兵達が囲んでいるからよりわかりやすいと思う。朝も通ったし聖女の馬車だとすぐに悟ったに違いない。
門が開けられ、あたしは安全速度へと落とした馬車の中から何やら揉めていた集団へと目を向けた。
大きな荷物を持った彼らも動きを止め佇んで馬車窓を見上げ、うち一人と目が合った。
えっ……。
「――お父さん!?」
思わず素っ頓狂な声を上げていた。




